神子は闇に堕とされる
R15系な話となります。
苦手な方は、ご注意ください。
その時……、世界は闇に呑まれた。
―――― やっぱり……、皆既日食……?
わたしは、風の大陸の神官から聞いていたことがある。
この世界では、千年に一度、完全な闇に閉ざされてしまう日がある……、と。
そして、その周期は恐らく近い……とも言っていた。
その周期がピッタリ千年周期と明確な記録が残っていたわけではないし、その時期に多少のずれはあるだろう。
今と昔の暦が同じとされている保障もないのだ。
だけど……、おかしい。
皆既日食……、文字通り、完全に太陽が隠れてもここまで真っ暗になるはずがない……と思う。
太陽のコロナとかなんとか言うものがあって……、光そのものの遮断はできなかった気がするのだが、その知識も学生時代に習った程度のうろ覚えの状態だ。
ああ、もっと天文学を勉強しておくべきだった。
皆既日食についての知識なんて、そこまで深く必要としていなかったのだ。
『闇に閉ざされたことに……、驚きはないのだな』
すぐ傍からズィード様の声が聞こえた。
多分、上に乗られているのだとは思うけど……、重さはない。
神様って……、まさか、体重がないのか?
でも、手も足も動かせない。
『貴女は強く、賢く、何よりも愛らしい』
暗闇の中、囁かれる言葉は酷く甘いが……、それでもトキメキはない。
寧ろ、怖いだけだ。
これから先、何をされるか。
その経験はないが、その恐ろしさは、知識と本能で知っているから。
『だが……、そんな貴女に、応えてもらえないのは残念だな』
応えられるわけがない!!
「す、好きな人がいます」
声が震える。
『それは聞いた。だが……、他の男に奪われた後でも、その気持ちは残ると思うか?』
そんなの、分からない。
自信もない。
これまで、そんな経験もないから。
だけど……。
「わたしは、あなたを許せない気持ちはずっと残るでしょう」
そう言って、尚も、抵抗を試みた。
やはり、動かせない。
この「身体」は武闘派ではない。
だから、筋力もなかった。
いや、「すくみこ! 」には、戦闘する要素が全くなかったから、武闘派な「みこ」はいなかったけど……。
だけど、諦めるものか!!
諦めたら、そこで、「自分」を見捨てたことになる。
例え、傷を広げる結果になっても、わたしはあきらめない。
だって……、自分で自分を護らなきゃ……、誰が護ってくれると言うのか?
ずっと「宮本陽菜」はそうやって、生きてきたのだ。
『本当に強いな』
だが、止めてくれる気はないらしい。
いきなり、乱暴な手段に出るわけではなく、ゆっくりと優しく丁寧に扱われていることは分かるけど……、どうしても、その行為を受け入れる気にはなれなかった。
唇を重ねられても、あちこち優しく触れられても、そこに感動もなければ、快楽もない。
だから、わたしは無心で、逃げようと試みるだけだった。
―――― こんな行為のどこが良い!?
ちっとも良くない。
雑誌も世間も嘘つきだ。
こんな行為よりも、あの人と話している方がずっと幸せで、ずっと心が揺らされる。
だけど……、嫌だって思う。
だって、このまま、この人に抱かれた後、どんな顔して、彼に会えば良い?
絶対、今までのようにはいられないだろう。
わたしはそこまで強くない。
平気な顔して、何事もなかったかのように会えるはずがないのだ。
そうなれば……、友人関係にヒビが入ることは避けられない。
もう友人ですらいられなくなる。
「イヤだっ!!」
わたしは身を捩りながら叫ぶ。
それが無意味な行動だと分かっていても。
目からは大粒の涙が零れ始めたが、それでも相手は止めてはくれないだろう。
相手から、受け入れられることが当然の神様は、「神子」のことを思いやりはしない。
相手が泣こうが喚こうが、その本懐を遂げることだろう。
だって……、わたしは「ラシアレス」なのだ。
今日、この日のためだけに、生み出され、生かされてきた……、世界を救うための「救いの神子」でしかない。
魂が拒絶したぐらいでは、この「計画」は揺らがない。
神と交わることで、そこに宿る生命たちは、今、存在する人類を遥かに凌駕する存在になるだろう。
それが分かっていたら……、神の提案を人類は受け入れることになる。
いや、元より、神からの申し出を拒絶することなど、ただの人間の身で、できるはずもなかった。
どれだけ時を経ても、「人類」は、世界を守護する神々に弓を引けない。
それが、この世界の理なのだから。
そんな情報が……、頭の中に……、現れた。
これは……、もしかして、身体の記憶なのだろうか?
『そんなにも嫌か?』
そんな問いかけに答えることも、もうできない。
いい年して、みっともないほど、泣きじゃくっている自分がいる。
想うのはたった一人。
欲しいのもたった一人。
「――カルっ!!」
たった一人の……、大好きな……、いや、愛しい人の名前を呼ぶ。
彼以外、いらない。
彼以外、欲しくない。
だから……。
「ヒカルっ!!」
決して、届くことのない想い。
届くことのない叫び。
それでも、それだけで、心は折れない。
怖さもない。
どんなに無様でも、みっともなくても、わたしが欲しいのは彼だけなのだ。
『……ヒカル?』
ふとズィード様が手を止めた。
わたしはそれでも、彼の名を呼び続ける。
『貴女は……、「アルズヴェール」が好きだと思っていた』
……ああ、うん。
それは間違ってない。
だけど、わたしは、「彼女」が好きなのではなく、「彼」が好きなのだ。
「わたしがっ、好き……、なのは……、彼女ではなく、彼で……す」
だが、「彼」が「彼女」だから、出会ったのも事実。
『そうか……』
ふと圧力が緩んだ気がした。
そのことに少し、ホッと息を吐く。
だが……、甘い。
わたしは解放されたわけではなかった。
好きな人がいたぐらいで、「計画」が崩れるはずもなく……。
『貴女が異性を愛せるのなら、何も問題はない』
そう言って、闇の中、ズィード様の動きが変わった。
それまでは気遣うような優しく緩やかな動きだったが、分かりやすくわたしの感覚を揺さぶるものに変化していく。
「イヤだっ!! ヒカルっ!!」
こんな感覚は知らない!
怖い!!
だが、相手は、わたしの変化に気付き、弄ぶかのような動きを止めようとはしない。
だけど、心だけは……、彼を想う気持ちまでは奪わせない!!
涙はずっと止まらなかった。
なんで、こんなにもわたしは「女」なのだ。
そのことが……、酷く悲しかった。
元の世界だって、そうだった。
「女」ってだけで、見下される。
同じ仕事をしても、「女」と言うだけで、評価されない。
同じ説明をしても、「女」だというだけで、まともに話を聞いてももらえない。
それなのに、ただ、その後ろに、何も言わずに「男」が立っただけで、それらは呆れるぐらい一瞬で、手のひらを返されてしまうと言うのに!
ああ、思い出した。
わたしは、「女」であることが嫌だったのだ。
学生時代はそれなりに「女子」していた。
こんな「乙女ゲーム」と呼ばれるものにも手を出して、心をときめかす自分にも満足していた。
今よりもずっと、おしゃれにも興味を示したり、たまに買う服に心を躍らせたり……と、楽しんでいたのだ。
でも……、社会に出た後。
嫌というほど、「男女」の壁を感じる場面が多すぎたのだ。
だから、特別、着飾ることもせず、最低限の身だしなみを整える程度に留めていた。
さらに、世間一般でよく騒がれるような女性らしい趣味からもできるだけ離れていたのだ。
だけど、現実はこんなにも「女」でしかなかった。
こんな暴力にも似た行為に、まともな抵抗もできず、「男」の名前を叫ぶくらいのことしかできない。
それでも……。
「ヒカルっ!!」
誰よりも、好きな人の名前を呼ぶ。
あの人が……、応えてくれることはないと知っていても……。
だけど……。
「呼んだか? ハルナ」
暗闇の中、聞こえるはずのない声を。
応えてくれるはずのない声を。
わたしは、聞いたのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




