闇の中で
世界の全てが闇に呑まれた日。
その日は、人の世にとって大きな転換期となる。
滅亡へ近づいていた人類は救われる。
どこからともなく現れた7人の「聖なる神子」たちによって……。
これは気が遠くなるほど古の物語。
既に起きてしまった過去の出来事は、決して、やり直すことなどできはしない。
だが……、「運命の女神は勇者に味方する」。
勇者とは、強い心を持つ人間。
最後の最後まで諦めなかった者だけが、あり得ないことをあり得る形に。
そんな奇跡を手にすることを許される。
****
「呼んだか? ハルナ」
それはいつものように涼し気に。
まるで世間話をするかのような気楽さで。
わたしは、そこにいるはずのない声を聞いた。
「ヒカ……、いえ、アルズヴェール!?」
思わず「ヒカル」と言いかけて、この場ではまずいと思って、慌てて言い直す。
真っ暗で、何も見えないけど、声がした方から、身動ぎするような気配があった。
『アルズヴェール……? 火の大陸の神子が、何故、ここに……?』
自分のすぐ上で、ズィード様の訝し気な声がする。
そこで、わたしはあることに気付く。
ちょっと待て?
この状況っていろいろまずくないか?
恐らく、わたしの服はズィード様の手によって、それなりに開けている。
幸い、まだギリギリのとこで止まっているけど、それでも、こんな状態は彼にだけは見られたくない。
今はまだ暗闇の中にいるし、不思議なことに、目が慣れる様子もない。
だけど……、この闇がいつまで続くかも分からないのだ。
だが、そんなわたしの葛藤をよそに……。
「逢瀬の最中、ご無礼いたします」
アルズヴェールが礼をとる気配がした。
恐らくは、いつものように余裕の笑みを浮かべたままで。
『本当だな。貴女が『火の神子』でなければ、許されないところだ。ジエルブはどうした? 貴女の相手だっただろう?』
邪魔されたことに対しての怒りはないのかズィード様の声に感情は込められていなかった。
だが、その内容にゾッとする。
アルズヴェールの相手って……、それは……。
「ご安心ください、ズィード様」
アルズヴェールの笑う気配がする。
「わたくしの方はもう、済みましたから」
その言葉の意味は……。
「い……」
その言葉の意味は……?
「い……、や……」
その言葉の意味は!!
ああ、だけど……、言葉にならない。
怖くて、それ以上、確かめることもできない。
『そうか……。貴女たちは務めを果たしたか』
「はい。ですが……、そこのラシアレスはまだ心の準備ができていないように見受けられます。そして、そのようにお心の通わない状態では、人間と神の間に子は為せません」
アルズヴェールはわたしが知らない知識を口にする。
それは……、原作設定……、なのだろうか?
「ズィード様……、申し訳ございませんが、今回はお慈悲を。ラシアレスはわたくしを含めた神子の中でも、一番、幼く、純粋な存在。せめて……、彼女が20歳になるまでお待ちください」
アルズヴェールは……、何も言えないわたしに替わって懇願する。
ああ、そうか……。
この時点で、誕生日が来ていないのは、3月生まれの「ラシアレス」と1月生まれの「リアンズ」だけ。
そして……、「ラシアレス」が一番遅いのだ。
『今日でなければ意味がない』
「子を生せなければ、ラシアレスが無駄に痛い思いをするだけです。今日までにラシアレスの心を解きほぐせなかったのですから……、そこは諦めてください」
無情にもアルズヴェールは神様に対して、そんな正論をきっぱりと言い切った。
暗闇で何も見えないとはいえ、第三者の気配がするような場所で、先ほどの続きをできるほどズィード様の神経は太くなかったようで、わたしにかかっていた圧力がなくなる。
「ズィ、ズィード……、様……?」
『我が無体を許せ、ラシアレス』
許せと言われても……、どう答えて良いのか分からない。
怖かった。
本当に怖かったのだ。
まだ痛みを与えられてはいなかったけど……、それでも、怖いという感情だけはこの身体と心に刻み込まれて……、消えようとはしなかった。
『確かに貴女の意思は無視する形になったが……、それでも……、今日、必要なことだったのだ』
恐らく、その言葉は間違っていないのだろう。
こんな不思議な日をわざわざ狙ったのだ。
そこに意味はあったと思う。
そして……、2人の会話から……、「ラシアレス」は、神子の務めとやらを果たせなかったことは間違いない。
でも、せめて、事前に伝えてくれていれば……、何か違ったとは思う。
わたしも……、ちゃんと覚悟を決めて……、いや、無理。怖い。
先ほどまでの恐怖が背中からゾワゾワと蘇り、それだけでも、あれ以上の行為は難しいと思った。
「何故……、今日でなければ、ならなかったのでしょうか?」
震えた手で、目元に溢れていた涙をぬぐい取り、乱れた衣服を整えつつ、なんとかそう口にすることが精いっぱいだった。
ズィード様は息を呑む気配をさせた後……、ポツリと小さな声で、その問いに答える。
『闇陽の日に神と交わった人類は、多くの子宝に恵まれる。そのためには仕方がないことだった』
……それだけ?
神子たちが、その神の力をその身に宿すとか、そんな不思議現象が起きるわけではなくて?
多くの子宝に恵まれる……、子沢山になるというそんなもののために……、わたしは、あんな怖い思いをさせられたの!?
しかも、その場合、産むのってわたしですよね?
たくさん、産めよ、増やせよ、と?
いや、確かに、「救いのみこ」の最終的な目的は、人類の繁栄だったけど、それって、自らが腹を痛めて産めと?
そんな乙女チックな感情よりも、結果を優先するような「乙女ゲーム」が認められるか!?
暴動が起きるわ!!
わたしは、叫ぶのをよく我慢したと思う。
相手が神様だから……、そして、わたしが曲がりなりにも神子と言う立場にあるから……、なんとか堪えるしかなかった。
ああ、会社に対してクレームをつける時、呆れるほど感情的になる人の気持ちは、今なら、理解できる気がする。
本当に怒り狂えば……、落ち着いた議論なんてできる気がしない。
『ラシアレス……』
「はい……」
『三月だ』
「はい?」
『貴女の生誕の儀までは待とう。その時に、神子の務めを果たしてくれ』
どうやら、まだ諦めてはくれないらしい。
そして、神子としての「仕事」を全面に押し出した。
これでは、拒否がしにくい。
だけど、たった三か月程度で、この感情がなんとかなるものだろうか?
わたしには自信が持てなかった。
だが、相手は神様だ。
そんな人の感情など簡単に無視できる。
『それとも、やはりこのまま、行うか? 火の神子の前でも、私は気にしない』
そんなとんでもないことを言われた。
「いえ!! 三か月……、いや、三月後でお願いします!!」
このまま、アルズヴェールの前で続きをされるよりはずっとマシだ。
見えてなくても、気配とか、声とかは分かるだろう。
この方って妙に真面目なところがあるから、一度、決めたら、絶対に突き進むに決まっている。
『分かった』
そう言って……、部屋から出て行く気配がした。
わたしは……、そのまま、その場に座り込む。
「た……、助かった……?」
思わずそんな本音が零れ落ちた。
「ハルナ!? 大丈夫か? あのムッツリ野郎にどこまでされた!?」
「どこまでって……」
どこかぼんやりとする思考。
わたしはあの神様から、どこまでのことをされたっけ?
正直、よく思い出せない。
途中から……、わたしは彼の名を呼ぶことしか考えられなくなっていた。
彼の名を呼び続けなければ、その名に縋りつかなければ、耐えられないほど……。
「……ヒカルは?」
不意に……、先ほどの会話が蘇る。
「オレのことなんてどうでも良い!」
「良くない! だって……」
あの会話が本当なら……。
「オレは男だ。だから……、こんなこと、大した問題じゃねえ」
その言葉は痛ましいほどの肯定だった。
「それよりも……」
ふわりと……、わたしは何か、温かくて柔らかいものに包み込まれる。
「ハルナだけでも無事で……、本当に良かった」
消え入りそうな小さな声で、わたしを抱き締めながら彼はそう言ってくれたのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




