恋する乙女の顔
わたしと同じ「救いの神子」であるアルズヴェールはこう言った。
今の状況はまるで、「洗脳みたいな雰囲気」だと。
「『洗脳』……か。やっぱり男の子の発想だね」
心変わりを「洗脳」とか、言ってしまうのは。
そう言えば、昔、彼女から「別の好きな人がいると」告げられた同級生が、「アイツに洗脳された! 」とか叫んでいた。
そんなことを教室のど真ん中で言ってしまうから、心変わりされるんじゃないか? と言うのが周りの正直な感想だったけど、当の元彼女さんにその心変わりの理由を聞いたわけではないので、それがあっているかどうかは……、それこそ神のみぞ知るというやつだろう。
「何だ? 女子的には『運命の相手』とか、『ビビビッと来ました』とかの方が表現として良かったか? それとも神様繋がりで、『ロマンスの神……』」
「ストップ!」
いろいろ不味い発言はそこまでだ。
しかも、実は幾つだ? この男。
実は、二十歳ってかなりサバを読んでいませんか?
わたしはそれ以上言わせないように、彼の顔……、いや、口に右手を押し付けてそれ以上の言葉を塞いだ。
すると……、アルズヴェールは驚いた表情を見せ、その直後、その瞳だけでも分かるほどの美少女スマイルをわたしに見せた後……。
「うぎゃっ!?」
思わず、わたしは叫んで、彼の口を封じていた右手を振り払った。
アルズヴェールがなんとわたしの右手を舐めたのだ。
「な、なんてことを……」
「ハルナがいきなり、オレの口を塞ぐからだろ? これぐらいの反撃はさせろ」
「消毒、消毒は……」
だが、ここは魔法で本が護られている書物庫。
そんな都合の良いモノは存在しない。
せいぜい、埃が積もった時、掃うためのハタキがあるぐらいだった。
「……なかなか酷い扱いだな。ばい菌かよ、オレの舌は」
「人間の唾液には99パーセントの水分と1パーセントほどの細菌があるって知らないの!?」
「なんか、どこかの偉人の名言みたいだな」
アルズヴェールは呑気なことを言う。
「唾液には抗菌作用もあるんだが……。それに、こんなのでいちいち消毒していたら、唾液交換なんてできないぞ」
「誰がするか、そんなこと!」
そんな状態、考えただけでもおぞましい。
どんな状況でそんなことをするのか?
「本当に彼氏がいたこと、ねえんだな……」
「ほっといて!」
わたしに彼氏がいたとかいないとかこの際、どうでもよい話だ。
「ヒカルは? あなたも赤羽様から迫られているのでしょう? どう? 嬉しい?」
「男が男に迫られて嬉しいことがあるか、ボケ」
「ボケって……」
かなり酷い言い草だ。
「お前が女に迫られて嬉しいか? って話だと思う」
「嬉しくはないな~。同性から好意を持たれることって悪くはないけどね」
異性からの「可愛い」は社交辞令や下心満載って感じだけど、同性の「可愛い」は、ちゃんと褒められている気がする。
まあ、皮肉や煽りが入っていることもあるだろうけど。
「そう言うことだよ。オレは男色の趣味はない」
「一年前のキャナリダなら喜びそうだよね」
「止めれ、ゾッとする。どんなに可愛くても、『男の娘』など認めん。オレは女の方が良い」
それでも、実際、すっごい可愛い男の子がいて、女装していたら、知らずに目をひかれるとは思うのだけど、そこは黙っていた。
この状況でそんな仮定の話をしても、無意味だろうから。
「で、その赤羽様はどんな方なの?」
「ジエルブ様は、かなりの自信家。あの様子だと女に振られたこともないんだろうな。オレから拒否されると思っていないのか、グイグイ迫って来やがる」
本当に嫌なのだろう。
アルズヴェールは、自分の身体を両手で抱き込むようにして、不満を露わにした。
「神様だからね」
基本的に「すくみこ! 」の神様たちもそんなところはあった。
神様だから偉い。
人間は黙って従え、拒否は許さん! ……みたいに。
その点においては、製作者たちが神様に何かされたことがあるのだろうか? と思うほど分かりやすい部分だった。
「それは、分かってる。この世界の神様は『気まぐれに人間たちにちょっかいを出して振り回す存在』らしいからな」
「……それは原作の言葉?」
「そんな所だ。原作の主人公たちは、割と神様に弄ばれていたからな。それも気の毒なぐらいに」
「主人公たちは酷い目に遭うの?」
まあ、漫画の主人公が困難を乗り越えて……、というのはある意味お約束でもあるのだけど……。
「生まれる前から『呪い』という名のストーキングをされるという設定がある」
アルズヴェールの口から出てきたのは、思ったより酷い設定だった。
「神様からのストーキング。それは逃げられないね」
それだけ聞くと、なんとなくラスボス臭がするね。
決め台詞は「知らなかったのか? 神からは逃げられない」?
なんとなく年配の神様が言いそうな台詞だと思う。
「主人公は捕まるの?」
「捕まると言うか……。あれはどうだろう? 捕まったのはある意味、あの神の方だったのかもな」
「? ? ? 」
どこか遠い瞳をして言うアルズヴェール。
この辺りは原作を読むしかないのだろう。
そんなことを考えていたわたしは、変な顔をしていたのだと思う。
それに気付いたアルズヴェールは……。
「それだけ、原作の『ラシアレス』が魅力的だったと言うことだよ」
と、優しく微笑んだ。
その微笑みがいつも以上に、柔らかで……、この人はどれだけ原作の「ラシアレス」が好きなのか、分かってしまった気がする。
わたしは「ラシアレス」の皮を被っているだけで、中身は全く別の紛い物だ。
この「すくみこ! 」世界ではドジっ娘だった「ラシアレス」の元となったと思われる原作の「ラシアレス」。
その少女がどれだけ、可愛らしい少女だったのかは分からないけれど、わたしとは全く違う存在なのだろうとは思う。
「ヒカルは本当に『ラシアレス』が好きなんだね」
思わず独り言のようにそう口にしていた。
その途端、一瞬、アルズヴェールの動きが固まり、みるみるうちに紅くなった。
「ひ、ヒカル?」
その変貌に思わず名を呼ぶ。
「それを当人の顔したお前が言うことかよ」
本人顔を赤らめた自覚はあるのだろう。
その顔を右腕で隠しながら、そう言った。
「あ、ごめん」
確かに中身は違っても、この外見は「ラシアレス」だ。
それでは、確かに気まずい気分になるのは当然だろう。
「わたしの配慮が足りなかった」
素直に謝罪する。
今のは、どう考えてもわたしが悪いから。
でも……、あんな言葉一つで、彼があそこまで分かりやすく表情を変えてしまうとも思っていなかった。
先ほどまで何気なく考えていた「恋する乙女」は、わたしの目の前にもいたのだ。
いや、中身は男だから……「恋する青年」?
「良いよ、謝らなくて」
そう言っても、その顔は今も紅い。
まるで小学生が描くリンゴのようだ。
見事なまでの赤一色。
それも「すくみこ! 」の「主人公(その1)」である「アルズヴェール」の「恋する乙女」顔だ。
もしも、これが本当に「すくみこ! 」のゲーム内だったら、これだけでCGとして記録されるほどのものだろう。
乙女ゲームでも喜ぶ人は多かったと思う。
だが、残念ながら今はゲーム中ではない。
だから、わたしの心の中にそっと保存しておくことにしよう。
それにしても……、「すくみこ! 」内でも攻略対象の神様たち相手に、ここまで顔を真っ赤にしたアルズヴェールはなかった気がする。
つまり、これは「すくみこ! 」の「アルズヴェール」の表情ではなく、その中身である「ヒカル」の表情ということなのではないだろうか?
どうやら、彼は軽い言動の割に、照れ屋な面もあったらしい。
そんな表情をさせてしまったわたしが言うのもなんだけど、どうせなら、そっちの方こそ見てたかったなと思ってしまった。
でも、何故、美少女であるアルズヴェールの表情を見て、そんなことを思ったのか?
その時のわたしにはまだ分からなかったのだ。
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