第七話 皇子と奇人
「つーかーれーたーっ」
僕は子供が十人寝てもまだ広さを残す大きなベッドに一人倒れ込み、枕に向かって叫んだ。
本当に疲れた。人生で一番疲れた。
こんな弱虫の僕が、あんなに怖い思いをしたのに勇気を出して人助けをしたんだ。
何も出来てなかった思う。
足を引っ張ったと思う。
でも確かに自分で“助ける”事を選択して、ミラちゃんを助ける事が出来たんだ。
それもこれも全て兄さんのおかげだ。
兄さんは無口な人だ。
スラム生まれスラム育ち。
家族や友達はいなくてずっと一人で生きてきた。
口と目付きは悪いけど頭がものすごく良い。
常識知らずだけど。
今日初めて出会ったばかりだから、まだ全然分からないけど、何か不思議な雰囲気を感じたんだ。
この人は僕にとっていなくてはならない人なんだって。
そんな事を考えていると突然扉をノックする音が聞こえた。返事をすると、
「パルキア殿下、お食事の支度が整っております。お持ち致しますか?」
扉が開き、恭しく頭を下げてそう言ったのはメイド服を着た小柄な侍女のパロマだった。
いつも思うけど彼女の目はいつも、どんよりしている気がする。
「みんなは大食堂に来てるの?」
「陛下は皇妃と共に御公務で皇都外へ出ております。ガルシア殿下は自室で食事を摂られるそうです」
「それなら僕もここで食べるよ」
「かしこまりました」
また恭しく頭を下げパロマは下がっていき、僕がそう言う事を見越していたのだろう、すぐに食事をワゴンに乗せて持ってきた。
そしてテキパキとテーブルに食事を並べ終え、ワゴンを引いて扉の前で立ち止まった。
「パルキア殿下、一つ宜しいでしょうか」
「ん、なんでしょうか?」
「パルキア殿下は王位継承戦をガルシア殿下と争われるおつもりはないのですか?」
“王位継承戦”
スクエラ皇国は代々男系男子継承制であり、皇候補同最優先順位の者が複数いた場合に王位継承戦と呼ばれる選挙が行われる。
つまり父様の直系子息、三人兄妹で長男のガルシア兄様と僕が皇候補同最優先順位にあたる。
でも僕は争いが嫌いだしガルシア兄様と戦うつもりはない。
ガルシア兄様は有能だし、長男だし国皇になる為にたくさんの努力をしてきた。
だからガルシア兄様の邪魔をしたくない。
そうすればきっとガルシア兄様とも仲良くなれるはずだから
「僕はガルシア兄様が皇位を継ぐべきだと思うから、争うつもりはないよ」
「そうですか。とても懸命な御判断だと随意致します」
「そうだよね!きっとその方がいいに決まってるんだ」
「それでは失礼します」
それできっと間違ってないはずなんだ。
でも、兄さんならどうするんだろう。
きっと僕なんか想像もできないような結果になるんだろうな。
だけど、この事は相談出来ない。
僕が皇子だと分かったら、きっと兄さんの事だから関わってくれなくなっちゃう。
面倒ごとが嫌いみたいだからなぁ。
そういえば兄さん今頃どうしてるんだろ。
悪いことしてなきゃいいけど。
◇◆◇◆◇◆
綺麗な月が夜の公園を照らし、そこに二つの影が伸びていた。
「ほっほっほ」
何だこのジジィ。
確かに俺は眠ってはいたが人の気配を近くで感じたら、今までの環境柄自然と目を覚ます。それなのに全く気付けなかった。
「いつからそこにいた」
「鶯は藪から棒のたか音哉、咲やり梅のとかる言の葉」
ダメだ。やっぱり話にならねぇ
だが見た所、害は無さそうだな。かといって警戒を解くこともないが、放置で問題ないだろう。
貴族ではあるが騎士ではないな。
それにそこまで高位の貴族ってわけでも無さそうだ。
付き人がいるわけでもない、服装も見たところ地味なグレーのローブで全身を覆っていて特徴という特徴はやたら長い白髭くらい。時折見える手先にも指輪や装飾品を付けているわけでも無い。
おそらく没落貴族かなんかのボケジジィだろう。
そう思い、あくまで警戒は解かずにその場でまた座り込み、月を見上げた。
「優游自適。喧騒忘却。月の明かりに袖触れ合うも稀有な縁よ」
爺さん特有の古い言い回し、か。
そんで、まともに口がきけねぇ病気かなんかなのか?
「月は綺麗だな」
「ほっほっほ。ふむ、月は龍の卵故に神秘。じゃが、陽炎、稲妻、水の月、とな。触れる事叶わぬ。故に変わらぬ美しさなんじゃ」
一応俺の言葉に反応して喋ってはいるが、何言ってんだかよく分かんねぇな。
でも、不思議とジジィの声は耳心地が良い。理解の出来ない言葉でも不快感は生まれない。
暫く、言葉を交わさず月を見上げゆったりとした時間を過ごした。
スラムの時では考えられない程穏やかな時間だ。喧騒も悲鳴も破壊音も聞こえない、静かな空間。いつまでもこんな日々を送れるとは俺も思ってはいない。だから少しでも満喫しよう。
平和ってやつを。
変なジジイは、まだ夜空で月と星が明るく主張しているうちにそっと立ち上がり「明日の月夜も綺麗かな」と一言置いて去っていった。




