第六話 人生の岐路
暖かい光が体を撫で、患部を優しく包み込む。とても心地良く、みるみる痛みが引いていくのが分かる。
こりゃ気持ちいいな。クセになりそうだ。
クセになってもこんな怪我はもう御免だが。
「はい、完了。礼は要らないよ。ミラちゃんを助けてくれた大恩人なんだからね。しかしまぁ、こんな怪我でよくも平気な顔してたもんだよ。大人でも泣き喚くような痛みのはずなんだけどね」
と、治療してくれた医術師が言う。
膨よかな体つきをしているが、顔の皺は深く親しみやすい顔をしているこのババアがエリエルと呼ばれた医術師だ。
俺はババアに答えず、体の調子を確かめる。
左腕を挙げて、掌を開いて、閉じて、上体を捻り、立ち上がり跳ねてみる。
うん。驚くほど問題ない。先程までの激痛が嘘のようだ。
しかし多少のかゆみが左腕に残る。
無意識に左腕を右手で掻くと
「無口な子だねぇ。その痒みは今日一日で治るはずだよ。骨、神経、皮膚を直接治したもんだから、活性化された細胞がまだ騒いでるのさ」
ほっとけば勝手に治るわけだ。
今ここの部屋はババア医術師と二人きりだ。
ババア医術師をミラの母親が連れてきて、その時にパルキアとミラは階下へ連れてかれてしまった。
さて、治った事だしさっさと出ていくか。
と、考えていた時部屋の扉が勢いよく開いた。
「兄さん!終わった?!」
パルキアが血相を変えて部屋に入ってくる。
ババア医術師が代わりに「今終わったとこさね。」と、伝えると俺の元へ近づくなり耳元で
「今、事情聴取の為に騎士達が玄関まで来てるんだ。ここにいると、、うわっ、え!」
現状を理解した俺はパルキアの話を最後まで聞かずに、パルキアを担ぎ窓を開け放つ。
「舌噛むなよ」
と、一言だけ伝えパルキアの否応無しに二階の部屋から飛んだ。
要はここに、このままいると騎士達に根掘り葉掘り聞かれ俺の出自や、あの現場に俺がいた理由などを聞かれて面倒な事になる。
よって、時間もなさそうだしめんどくさかったので窓から飛んだ。
◇◆◇◆◇◆
「舌噛んだ〜」
10分程街中を走り目に入った人の多い公園に入り、一度様子を見る事にした。
パルキアが恨めしく喚いているが無視して話を始める。
「で、だ。これからどうする」
「ひどいなぁ。とりあえずその格好でこの辺りを出歩いてると不審がられるから着替えなきゃいけないね」
俺が今着ているのは、ボロの黒い短パンに、これまたボロのグレーのチュニック。上から更にボロッボロの茶色のローブを羽織っている。
それにあの件で血やら埃で汚れに磨きがかかってやがる。
「それもそうだが、金はねぇぞ」
「服は僕が持ってくるよ。僕とサイズもそんなに変わらないと思うから。でも家に帰ったら明日まで、また出られないから持ってこれるのは明日になっちゃうけど」
「それまで人目につかない所で、大人しくしてりゃいいんだろ」
「ごめんね」
「謝る事じゃねぇだろ」
しばらくはこの公園で大人しくしてるか。
パルキアと二人で公園の芝生に座り、周りを見渡すと日が落ちかけていて、気づけば人の姿も疎らになっていた。
親に手を引かれ帰っていく子供をなんとなく見ていると、
「兄さんは、もう一人じゃないよ」
「あ?なんだいきなり気持ち悪い」
「血は繋がってないけど弟の僕がいる。友達だってこれから沢山出来るし、大きくなったら家族だって出来るんだ」
「だからいきなりなんなんだっつの」
「僕には家族がいる。お父さんとお母さんと兄と妹。でもね。それでも寂しかったんだ。家庭の事情ってやつだからあんまりうまく言えないんだけど」
なるほど。
俺に自分の姿を重ねていたって事か。
寂しいなんて今まで塵芥ほども考えた事は無かったが、パルキアからすればひどく可哀想な奴に見えてるわけだ。
そんな俺と家庭の事情とやらで寂しさを、家族の愛情に飢えた自分を重ねた、と。
なんとなく言いたい事は分かったが、
「遠回しの嫌味かなんかか?」
なんかむず痒かったからおちゃらけて返す事にした。
「ち、違うよ!僕は兄さんの――」
「分かってる」
「――え?」
今までは塵芥ほども考えた事は無かったが、俺はコイツを失ったらきっと寂しいと感じるんだろう。
「お前が嫌な奴だって事は」
「だからっ!……え、兄さん、笑ってる」
言われて気づいたが、笑っていたらしい。こんな自然に笑みが溢れるのなんて久しぶりどころか記憶にすら無い。
故に恥ずい。
「うるせぇ」
「そうやって笑ってたら友達なんてすぐ出来ちゃうよ!」
「うるせぇ」
「ほらまた怖い顔する。そんなんじゃ友達出来ない、ぃだだだだっ!」
「うるせぇ」
あまりにもしつこいから治ったばかりの左手でこめかみを音が鳴るまで握ってやった。
「痛いなぁ」
「しつけぇからだ。ツレなんて勝手に出来るもんで作るもんじゃねぇだろ。知らねぇけど」
「そうなのかなぁ」
「ミラがオーカとパルの友達になるーっ!」
「「!?」」
背後から突然声を掛けられ、俺とパルキアは同時に振り向いた。
するとそこにはミラが満面の笑みで、座っている俺たちを見下ろしていた。
「なんで、お前がここにいんだ?」
不意に口をついて質問を投げた。
一応それなりの経験をして来たつもりの俺が、こんなガキにツケられている事に気付かないはずがない。
恐らくコイツは、
「オーカとパルが居なくなったから探しに来たの!」
やはり適当に走り回って、たまたま俺たちを見つけたって事か。
「え、ミ、ミラ……ちゃん」
「お前は、なんでまたどもってんだよ。」
いよいよコイツおかしいな。ミラがいる時だけ口元がバグりやがる。
いや、顔が赤くなり挙動もおかしい。
「お前、一目惚れってやつか?」
「ちがう!!違うんだよ。うぅ」
「どしたのー?」
パルキアが俺の方を向いて必死に否定するが、そうとしか思えない。
ミラはよく分かっていない様子でニコニコしながらパルキアの顔を覗き込んでいる。
すると俯いていたパルキアが俺の方に赤い顔を向ける。
「実は……僕、女の子が苦手なんだ」
「え?」
「同年代の女の子と話すと緊張して口と頭が回らなくなっちゃうんだ」
「あぁ……めんどくせぇな、お前」
パルキアの謎な弱点が発覚した。
ミラは、なおもよく分かっていないらしく「パルどうしたの?」と、少し心配そうな顔でパルキアの顔を覗き込む。そしてパルキアは顔を背ける。
え、何これめんどくせぇ。
「あぁ、もういい。お前らもう帰れ。ていうかミラはなんで俺たちのところに来たんだ?」
「えっと〜、なんでだっけ?」
俺たちを探しにした理由を忘れてしまったのか、ミラは少し考えると
「分かんない!でもオーカとパルと友達になるの!」
「あ、そう。じゃあ今日はもう帰れ」
これだからガキは嫌いだ。
まともに話す事も出来ねぇ。
だが、これもパルキアがもたらした変化なのか、嫌悪感は生まれない。
不思議なもんだ。
そうして、パルキアとミラを見送り俺は公園に残った。
暗くなり始めた空に向かい仰向けになって芝生に寝転がる。
今日は本当に色々あったな。
俺にとって人生の分岐点であった事は間違いない。
この俺が人助けをして、貴族街へ来て、感謝されて。
この俺に弟と友達ができちまった。
そして、
“孤浪の疫病神”
長い間使われたこの呼び名も卒業だな。
これから俺は”オーカ”という、ノリと流れでついたこの名前で生きていく。
全部パルキアのお陰だ。
弱虫で、すぐテンパるけど何事にも一生懸命な、芯の通った奴だと思う。
アイツとは何か縁がある。
そう思わせる何かを確かに感じた。
だから、アイツのやる事成す事を近くで見ていたい。そう強く思った。
明日からは一体どんな日々になるんだろうな。
◇◆◇◆◇◆
目を開けると、まだ空には綺麗な星空が広がっていた。
考え事をしながら横になっていたら、いつの間にか寝てしまっていた様だ。
身体を起こし、ふと隣に気配を感じた。
「なんだお前」
そこには白髭を長く伸ばした白髪の老人が胡座をかいて座り込んでいた。
「名を聞くやっこの名も知らず。しかりて一樹の陰一河の流れも他生の縁、だのぉ」
「は?」
「ほっほっほ」
変なジジイに絡まれたのであった。




