第五話 俺の名前
あぁ痛い。
ここは攫われた娘の家、赤の雀亭。
ベッドで寝るのなんて生まれて初めてだな。
その代償がこの怪我なら二度とベッドで寝れなくていいが。
あの後、高台に登るとパルキアはすぐ発見出来た。その時のパルキアの顔は恐らく一生忘れまい。
だが、それからずっと、
「兄さんはやっぱりすごいよ!あの大男の一撃を食らって女の子一人担いで逃げて来ちゃうんだもん!」
「うるさい。」
帰って来てからずっとこの有様だ。
やれ、あの動きがすごかった。
やれ、あの発想はなんなんだ。
悪い気はしないが、些かしんどい。
それよりも、
「もう、『兄さん』って呼ぶ必要はねぇぞ」
そう言うと、パルキアは真面目な顔で一呼吸置いた。
「いや……兄さんに名前が無いからこれでいいんだよ。それに、あの時兄さんに『弟』って言われた時、びっくりしたけどその後それ以上にしっくりきたんだ」
遠い目をして何かを思いながら話している様に見える。
って、いやいや。
「何言ってんだお前。しっくりも何も俺はお前の兄貴じゃねぇだろ」
「いいや。兄さんは兄さんだよ!••••••だめ、かな?」
話の流れでテキトー言っただけなんだけどな。
だが、この様子を見るにコイツの家庭環境に難ありって、かんじか?
ま、知らない事をごちゃごちゃ考えてても仕方ねぇ。コイツがそうしたいのなら乗ってやるのもいいだろ。
だが、貴族の弟にスラムの兄貴か。
これもまた皮肉だな。
だが、悪くねぇ。
「好きにしろ」
「うんっ!これからもよろしくねっ!兄さん!」
真面目な顔からいつもの調子に戻るパルキア。
弟。家族、か。
胸の中で温かさと切なさが綯交ぜになる言葉だ。
自分でも上手く説明出来ないが、昔から変な夢を見るせいか、軽い言葉に思えない。
そんな事を考えていると、ふと部屋の扉が開いた。そこには助けた娘と後ろにその娘にそっくりな女が立っていた。
おそらく母親だろう。
「ほら、ミラ」
母親にせっつかれる様にミラが前に出る。
「あの、助けてくれてありがとう!怪我は大丈夫?」
「あぁ、もう治った」
痛えよ。
怪我の具合を確認したところ左半身は真っ青、腕に関しては真っ黒になっていた。
まぁでも、とても痛くて動かないだけだ。大したことはない。
「本当!?よかったぁ。ママ、エリエルさんいらないって」
「そんなわけないでしょう。気を遣ってくれてるのね?大丈夫よ。もうすぐ知り合いの医術師が来てくれるから」
「いじゅつし?」
なんだそれ。
「本当ですか!ありがとうございます。よかったね兄さん。どんな怪我でもすぐ治っちゃうよ」
「えぇ。私はお店の方でその知り合いを待ってるわね。それと改めてミラを助けてくれてありがとう。小さな勇者さん達。ミラ、後はお願いね」
そう言ってミラの母親は柔らかい笑みで、ミラを残し部屋を出ていってしまった。
「兄さん、医術師を知らないでしょ?」
パルキアがそう言ってジト目で睨んでくる。
「あぁ。でも怪我治してくれる奴なんだろ?」
「まぁ、そうだけど。あんまり常識知らずだとスラムの人ってバレちゃうよ」
小声でパルキアがそう助言した。
俺とパルキアは、あの後話をしてスラムにしばらく戻らない方がいいという結論に至った。
また戻ればあの馬鹿どもと対峙しなければならないのは面倒極まり無い。
よってほとぼりが冷めるまではここ、貴族街で身を隠すことにした。
その為、極力貴族の奴らと違和感なく溶け込まなくてはならない。
面倒だが、パルキアが鼻息荒く『僕に任せて!』と言うもんだから、流れに身を任すことにした。
そんなやりとりをしていると。
「どうして助けてくれたの?あたしはあなたの事を知らないのに」
ミラが顔を赤くして不思議そうに俺に聞いてくる。
「それは俺も気になるな。なんでだ?」
パルキアを目で示し、質問をパルキアに投げる。
「え、僕?!」
「そうだろ。お前が助けるっつって始まったんだからな」
そう言うとミラはパルキアをジッと見つめた。パルキアはその視線に気付くと顔を赤くさせて目を泳がせる。
「あ、うっ……いぁ、え、ぉ…………」
顔から蒸気が上がってる。
錯覚か?
もしくはなんかの呪文?
しばらくその状態が続き、俺は面白がり、ミラは不思議がりながらもパルキアの答えを真面目に待ち続けた。
「う……や、そぁ」
「おい。パルキア」
いよいよ堪らなくなり、突っ込んでしまった。
するとパルキアはビクッと身体を震わせ俺の方に身体を向けて。
「いやっ、なんでもないよ!助けた理由か……」
パルキアは謎の挙動不審から立ち直りしばらく考えると。
「うーん……ミラちゃんが気を失っている時、兄さん僕に聞いたでしょ?『僕がどうしたいか言え』って。その時助けなきゃいけない理由よりも、ミラちゃんを助ける!って僕自身が決めた事をやり抜こうと思ったんだ。ミラちゃんをってよりも僕の、兄さんみたいにって言う気持ちで助けた。っていうのが答え、かな」
とてつもなく歯痒い内容だなおい。
だが、こいつの等身大の答えなんだろうな。俺の事がどう映って見えてるかは別として、成りたい自分に近づく為の言動であり行動であったという事。
「だ、そうだ」
そう言ってミラを見ると、あまりよく分かってないのだろう顔をした後、ニッコリと笑みを浮かべ。
「パルキアありがとう!」
と、返したのだった。
少し年下だと思われるミラからのフランクな感謝は俺でさえとても眩しく見えた。
そんな感謝を受けたパルキアは
「あ、う、うん」
ミラの目を見る事もせずに狼狽えて返事をするのだった。
「お兄さんも!……ん?お兄さんの名前はなんていうの?」
あ、めんどくさい。
「パルキア、俺の名前を知りたいって」
パルキアに振って様子をみよう。
「え、僕っ!?…………名前、は……おぉ、か……み」
「おおか?」
それだ。
少しある距離の兼ね合いもあり、パルキアの『み』だけが聞き取れなかったんだろう。
都合がいい。
「そう。オーカだ。お前もスッと答えろよ」
「え?」
「おおか……うん!オーカもありがと!」
少し苦しいが相手はガキだ。結果さえ分かれば問題ない。パルキアの奴はまだ理解していないが、それも問題ない。
こうしてこれから名乗る俺の名前が決まった。
狼で、オーカ、か。愚直だが悪くはない。
それにしても、痛ぇなぁ。
“いじゅつし”とやらはまだ来ねぇのか。
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