第五十八話 次は君
皇居室。
そこでは金糸雀の騎士達が死に、騎士団長が死に、皇妃が死に伏せていた。
母親の亡骸に組みつき泣きじゃくる幼気な少女。その少女を背に決死の表情の父。父の視線の先には異形の目玉だらけの魔族。
「き、貴様っ、」
「神子をこちらへ寄越せ」
「ふざけるな!アリアはワシの命に変えても守り抜くっ!トルテ!」
〝あいよ!〟
ジャルジアに呼び出されたマンタのガディが出現する。
だが、ジャルジアはこの時困惑していた。
何故、この魔族は自分を生かしたのか。あの時であれば容易に自分をも殺せたはず。
そんな絶望的な事実と今の状況に困惑させられながらも、ジャルジアは着用しているアーティファクト”グレイスオーマント”にエボルシオンした。
「貴様の陳腐な命一つで我から何が守れるのだ」
ジャルジアを包んだ光が収まると、ジャルジアが身に付けていたアーティファクトのマントが滝の様な流動的なマントに変貌していた。
「陳腐でも儂はこの国の皇であり、アリアの父!貴様が諦めるまで守り抜いてやる」
「人族は知能も低いのか」
「貴様に勝てぬ事くらい分かっておるわ。それでも守るのが皇であり父なのだ」
「そんな事を言っているのではない」
「何?」
ジャルジアは内心で安堵した。
このままこの魔族との話を長引かせれば、いずれダルイスが来る。
そうすれば、アリアを逃す事も可能になる、と。
「貴様は何故、今生きていられると思う?」
「ぬっ、」
「我らの取引相手がどうしてもお前だけは生かしておきたいらしくてな」
「なっ!」
安堵していたジャルジアはまた困惑する。イディオがジャルジアの命だけを助ける理由が全く分からないから。
「人族というのは醜いな。あのイディオとかいう阿呆は、貴様に皇となった自分を見せつけてから自らの手で殺したい。だから貴様だけは殺すなと言われている」
「なん、と」
「きゃっ!」
ジャルジアとゲイズが睨み合い、話しをしていると、ジャルジアの背後でアリアの悲鳴が発せられた。
咄嗟にジャルジアが振り返ると、いつの間にか現れたバーベルがアリアを捕らえていた。
「きさっ、ぐぁっ!」
アリアを取り返そうとジャルジアが動いた瞬間、ゲイズがジャルジアの背を撃った。
「まぁ、あの阿呆の話など我には関係ないがな」
背から撃たれたジャルジアはエボルシオンしたマントのお陰で即死は免れた。だが、ジャルジアの命の灯火は既に消えかかっている。
「あぁ、いやぁ。ぉ、お父、様。いゃぁ。誰、か、助けてっ」
悲痛の言葉。
バーベルに背後から捕らえられてるアリアの涙ながらの訴え。だが、誰にも届かない。
いや、一人。
まだ、誰にも悟られずに隠れている人物がその場にいる。その人物にはアリアの言葉が確かに聞こえた。アリアの涙を見ていた。
助けたい。
だが、震える体が言うことを聞かない。
そんな時。
英雄は現れる。
穴の開いた皇居室の扉に金髪金目の少年がいた。金糸雀騎士団が死に、母が死に、父も倒れ死にかけている。更にアリアは魔族と思しき悪意に捕まっている。一瞬で状況を把握したパルキアは一瞬歯噛みすると、腰から杖を抜いた。
「“サンダープリズン”」
ただの一言。
それだけで上級魔法を成立させ、ゲイズとバーベルをアリアごと雷の檻に閉じ込めた。
「ほぅ。これはなかなか」
「クフフ。若き賢者ですねぇ」
パルキアはすぐ様、まだ息のある父、ジャルジアの元へ跳ぶ。
「父さん!」
パルキアの見立てではジャルジアの身体に傷は無い。何をされて死にかけているのかが全くわからなかった。
パルキアがいくら博識とは言えど医療に関しては、完全に専門外である。
治療魔法や医術魔法は知識の上にこそ成り立つ芸当。魔法が使えても原因が分からないパルキアにはどうする事もできなかった。
「パルキア、か。済まなかった。お前には本当に辛い思いをさせてしまった」
「そんな事はいい!もう喋らないで下さい!今すぐ優秀な医療魔術師の所へ連れて行きます」
「もう間に合わん」
「そんな事っ!」
パルキアにも薄々分かっていた。この緊急時、宮廷在中の医療魔術師もどこにいるか分からない。剰え、見つけたとしてもジャルジアを持ち直す事はできないんじゃないかと。そう気付いた時、自然に涙が溢れた。
「お前は優しいなぁ。こんな儂にでも涙を流してくれる」
「何を、言って」
「儂はな。信じてもらえんかもしれんが。ガルもパルもアリアも皆等しく愛していた。だから皆が幸せになれる道を、儂が示めしてやりたかった」
「分かってましたよ」
パルキアは、ジャルジアの真意に気付いていた。
第一皇子のガルシアを皇にしなきゃならない理由も。
争い事の嫌いなパルキアを皇戦から遠ざけ、平和な他国の婿に送ろうとした意味も。
それが全て父の優しさであることに。
「どこで間違えたのかのぉ」
「間違えてなんかいません。僕もガルシア兄さんもアリアも皆、父さんに愛されていた事を知っていますよ」
「そうか」
「だから、生きて下さい。お願いだから。せめて、父さんは」
涙が止めどなく流れていた。
物心ついてから初めてパルキアは父とこんな話をした。こんな時に。
パルキアはそう思った時、悟ってしまった。
これが最期なんだと。
「そうだな。もう一度また、家族みんなで食卓を囲みたいのぉ」
そう言ったジャルジアの表情はとても優しい笑顔だった。パルキアの記憶にはない、とても優しい顔。
「父さん」
「お前達は生き、てくれ。愛し——」
「……父、さん?」
ジャルジアはついに言葉を最後まで言い切ることなく目の光を亡失させた。
愛息子パルキアの腕の中で、慈愛にあふれた表情で召されていったのである。
だが、そのパルキアの表情はジャルジアとは真逆の表情であった。
パルキアは力ない父を優しく地に寝かせ、立ち上がるが、まだ顔を上げず目の光を失った父を見ていた。
すると、ゲイズを捕らえている雷の檻だけが掻き消えた。
「ん?」
ゲイズが訝しみパルキアを見る。
途端に、驚異的な魔圧がパルキアの怒気と共にゲイズを襲った。
「な、」
人族ではあり得ない魔力量の魔圧。ゲイズはその信じられない現実に言葉を失う。
「そのまま喋らなくていい。君でしょ?父さんと母さんを殺したのは」
俯いたまま平坦な声でパルキアはそう言うと、改めてゲイズの方へ複雑な顔を向けた。
涙を流して悲しみ、眉間にシワを寄せて怒り、決意を固めた表情である。
「アリアを捕まえてる君はそのまま大人しくしてて」
パルキアがそう言い切った瞬間、ゲイズの身体中に無数の傷が吹き出される血と共に現れた。
その正体はパルキアの氷魔法”フローズンリッパーズ”
大気中の水分を氷に変え、その氷の形状を更に刃に変えて、対象者を切り刻む極級魔法。
それを無詠唱で行ったのだ。
「この人を戒めて殺したら、次は君の番だから」
生涯初めてパルキアがキレた。




