第五十四話 未曾有の悪夢
激しい音を立てて両者がぶつかり合う。
その瞬間を天が見計ったかの様に空が黒に染まった。
しばらく、お互いの拳は硬い物体が擦れ合う様な音を立てて拮抗する。
そして遂に、オーカがバーベルの惰力に耐えきれず吹き飛んだ。一軒の建物を丸々貫通させて、ようやくオーカが地に寝転ぶ。
「思ったより早かったですねぇ」
と、バーベルが空を見上げて呟いやいた瞬間。
鼓膜を叩く様な爆発音と共に皇城の天頂部が吹き飛んだ。すると空が蓋を開けたかの様に一瞬にして晴れた。
「やれやれ。これだからあの方々は好きになれないのですよ。もう少し見てみたかったのですが、これも運命なのですかねぇ。オーカさん、どうか生き残ってみてください」
そう残し、踵を返したバーベルの右腕はヒビが入り欠損していた。それを一瞥したバーベルは、満足そうに歪んだ笑みを浮かべ、その場から掻き消えた。
◇
同刻
皇城内天頂部
「クヒヒヒ。これで、あの軟弱皇も終わりだ。ワシの時代が、始まるっ!!貴様らっ!暴れる場は用意してやった!精々ワシの時代の狼煙を派手に上げてくれ!」
「「はっ!」」
スクエラ大臣イディオに召喚された魔族の二人は跪いた。
空が暗くなったのは、魔国から魔族を転移召喚させた為のものだった。
イディオの不穏な計画。
それはこの日、この時をもって実行された。魔族と通じてスクエラ皇国を落とし、イディオがスクエラを手中に治める。その為に、長年計画を練り水面下で行動していた。
傀儡としてガルシアを表立たせる為に生まれた時から懐かせた。
イディオ派閥を貴族内に作り、事を起こした後の政治動力の確保。
自らの軍事力強化の為に身銭を切ってスクエラ兵強化カリキュラムを立案。
挙げればキリが無い程に、イディオはこの日の為に生きてきた。
「ペンドラよ」
九本の触腕にそれぞれ眼が付き、顔面に大きな一つ眼を持つ細身の魔族が、もう一人の魔族へ声をかけた。そして一つの目の付いた触腕を天井へ掲げる。すると、不可視の波動が発生し、天井を塵に変えた。
「えぇ。たっぷりと楽しませていただきますわ。行きなさい、私のかわいい下僕ちゃん達ぃ」
ペンドラと呼ばれた女魔族は、百足の様な尾に蜂の様な羽を生やし、蒼白な肌をしている。ペンドラの号令と共に、魔法陣が鈍く輝き、大小種類様々な虫の魔物が総数千を超える大群となり、穴の開いた天井から街へ降りかかった。
◇
同刻
皇城内地下書物庫
大量の本や文献が積み上げられた机に一人の少年が突っ伏していた。
〝パル君。もう二日も徹夜してるじゃないかぁ。僕はもう限界だよぉ。ふぁあ……〟
突っ伏した少年の頭の上で、欠伸をしながら小さな白い蛇がそう漏らした。
「リーシャはしっかりと寝てるでしょ。でも、流石に僕も疲れたかなぁ〜、っと」
伸びをしながらパルキアは答えた。
〝パル君が頑張っているのに僕が寝ているわけないじゃないかぁ。そんな失礼な、ん?……パル君〟
「なんだ、この感じ。人、じゃない」
〝魔族だね〟
「なっ!」
マナをしっかりと感知出来るようになったパルキアは、転移してきた二人の魔族を認識していた。
そこにいる黒幕も。
ただ、魔族と出会ったことのないパルキアには人族じゃない事しか分からなかったが、リーシャの返答に衝撃を覚えた。
そして突如、耳を痛める程の爆発音と共に激震が走った。
〝とっても嫌な感じだ。魔族畜生め。パル君、大量の魔物が城下に撒かれたよ。どうする?〟
「…………」
高度な魔力感知にてリーシャは見ていなくても、見ている以上に状況を正しく把握していた。
問われたパルキアは思案する。
落ち着いて状況を頭の中で整理しながら、自らの最適行動を模索する。
「城下に行こう。中にはたくさんの兵士と騎士が居るし、まだ選抜試験で副団長達も城内にいる筈。それに魔族とは言えど数は二体。それなら時間をかければ対処も難しくないはず。城下に降りて、魔物を駆逐する」
そう言って、パルキアは立ち上がる。すると、リーシャはパルキアの頭からテーブルへ降りた。
〝待った。今、魔族がまっすぐ王室に向っている。そこに何故かアリア姫もいるよ〟
「な、なんで王室にアリアが!?……王室へ向かう!」
〝御意に〟
◇◆◇◆◇◆
シカクには正しく厄災が降り注いでいた。
常時、結界の張られた王都シカクの住民には魔物災害とは無縁の生活を、建国以来四百年送っていた。だがそんな折、突如として千数百体の魔虫が町を蹂躙するのだ。建物は悉くが破壊され、人々は逃げ惑いパニックになっていた。
「怖いか?痛いか?辛いのか?ウフフ。人種底辺の人族よ!絶望を私に捧げなさいっ!!」
町に降りたペンドラが愉快そうに魔虫の蹂躙劇を眺めていた。
◇
皇城最頂部
「こ、これ程とは。流石は魔法の始祖たる魔族と言ったところか、ゲイズよ」
脂汗を浮かべながらイディオは引きつった笑みを浮かべていた。
「我も動きます」
ゲイズと呼ばれた目玉だらけの魔族が最頂部の部屋を後にする。
「ワシもそろそろ身を隠さねばなるまいな」
ひとりごちに邪悪な笑みを浮かべて、イディオもその場から闇へ消えた。
◇
皇城内
魔虫
虫の特性を持ちつつ簡易の魔法や、個体によっては固有スキルを保持する魔物。まずアースで魔虫に出会うことはない。それだけ人族にとって関わることがない魔物である。
例え選りすぐられたスクエラ兵士と言えど、容易に対処出来るものではない。
更に言えば、“魔国ヨミ”特有の魔物はアースにいる魔物とは一線を画す。ヨミの魔物は弱くてもスクエラで判別すれば上級の魔物に位置する。
ヨミでは魔虫は下級だが、アースではスクエラ兵士小隊で駆除に挑む、上級魔物と同等に区分される。騎士でもない限り一般兵一人一人では全く太刀打ち出来るものではない。
「な、なんだこいつら!」
「落ち着けっ!先ずは隊列を組んで」
「む、無理だ!虫嫌いだもん!」
「おい!今の誰だ!?」
パニック。
スクエラ兵士も城下の一般人と大差のない反応。突飛の出来事に全く対応出来ておらず、後手後手の状況となっていた。
そこを救ったのが。
「ここもか!“アイスバッシュ”」
その場にいた魔虫十数匹を一度に氷漬けにしたのは皇室へ向かっていたパルキアだった。
「皆さん!我々が民を助けるんです!一度
上官の指示を仰ぎ、城下の民を守ってください!」
パルキアは地下書庫を出てから皇室へ向かう道中、同じように度々出会った魔虫を駆除しながら兵士を鼓舞してまわっていた。
「おぉ!パルキア殿下!」
「流石だ!我々も続くぞ!」
「もう、虫なんて怖くないぞ!」
「とにかく騎士様の元へ向かい指示を仰ごう!」
◇
皇居室
そこにはジャルジア皇を始め、女皇と皇女をスクエラ副騎士長リヒトと以下リヒトの部下二十名が囲み守っていた。
「よもやここまで早く動いてくるとは」
「陛下、ご安心を。我等金糸雀騎士団、何があろうとも御身らに指一本触れさせません!」
ジャルジアの憂いにリヒトが強く宣言する。
金糸雀騎士団
スクエラ皇国に三つある騎士団の一つ。リヒトが騎士団長を務める、皇直轄の騎士団である。
「分かっておる。だがダルイスの姿が見えんのが気がかりだ。あやつは今何をしてる。何よりもアリアを優先せよと、きつく言っておったのに」
「ダルイスももうじき来ましょう。ですが万事このリヒトにお任せ頂けますれば」
「無論、主の力は信頼しておるとも」
そう言ったジャルジアの顔は優れなかった。その時、皇居室の扉が勢いよく開かれた。
「報告します!皇城内はパニックを起こしたものの、今では隊列を組み城内の魔虫を駆除しております!更に城下へ降り国民を案内誘導しつつ街の魔虫を殲滅にかかっている模様!更に!メリートリス様からの情報によりますれば!来襲した魔族は二体!一体は城下へ降り、もう一体はまだ城内に潜伏している様です!そして、手引きした者は……イディオ・アルフォルティヌ大臣との事です」
伝令兵士の報告に一同の顔色が濁る。
「やはり、あやつが」
ジャルジアは眉間に深い皺を作り忌々しげに呟いた。
この時、物陰に隠れて透明化しているある人物がいた。震えながらこっそりと。だが、まだその存在に誰も気付いていない。




