第五十三話 何を齎す
騎士選抜試験始まって以来異例の面接中合格をもらったオーカ。彼は皇城を出て足早にシカクの街を歩いていた。本人は否定するとは思うが、一刻も早くゼルバトスとラナに合格の報告をしたいのだろう。
昼前という時間帯という事もあり、街はかなり賑わっている。
喧しく声を張り上げる商人。それに逞しく交渉する客。昼前からいちゃつくカップル。周りを気にせず遊び回る子供。
そんな周りの行き交う人達をかき分けて、オーカは一人家路を急ぐ。
だが、しばらく歩き、今オーカのいる通りを真っ直ぐ行けばゼルバトス邸というところで、何故かオーカは横道に逸れた。
そのまま裏路地を抜けて、少しずつ人目の少ない方へ歩いていく。そしてついに、完全に人気の無い所まで来るとオーカは立ち止まった。
そして、何をするでもなく静かに目を閉じて仁王立ちしている。まるで、何かを待っているかの様に。
少しの間そうしていると一文字に結んでいた口を突然開いた。
「俺も暇じゃねぇんだ。用があるなら早くしろ」
何も無く、誰もいないところでオーカはそう言った。すると
「クフフフフ。流石ですねぇ」
どこからともなくオーカの言葉に返答があった。
「うるせぇ。二次試験以降姿を見なかったがテメェは一体なんなんだ」
「貴方も私を気にしてくれますか。嬉しいですねぇ」
「いちいち気持ち悪りぃな。出てこいよ。バーベル、つったか?」
「クフフフフ」
オーカの呼び掛けに気味の悪い笑い声と共に、バーベルは姿を現した。まるで水面から顔を出す様に地面から。
「何から何まで気持ち悪りぃな」
「クフフ。しかし、よく気が付きましたねぇ」
「あんな気持ち悪りぃ粘ついた視線、気付かねぇ方がどうかしてる」
「おや、そうでしたか。これは失礼しました。クフフフフ」
「で?」
馴れ合うつもりはない。
そう態度で示す様にオーカは極短く要件を問う。
「えぇ。幾つかお伺いしたい事がありましてねぇ」
「…………」
やはりオーカは冷たく口を閉ざし、目で先を促す。
「クフフ。では空気を察して率直に聞きましょうか」
「早くしろ。暇じゃねぇんだ」
「貴方、この世界の人間ではありませんね?」
「…………」
オーカからすれば、まさかの質問。
何故?
どの様に?
何をきっかけでそう思われた?
オーカは衝撃の質問に一瞬戸惑い、そんな疑問が頭を埋め尽くすも、すぐさま冷静に状況を整理する。
『この世界の人間ではない』
オーカは既に自分が異世界人である事を、理解はしていないが自覚をしている。
度々見る不思議な夢、自分の持つアーティファクト、マナに嫌われている理由。
オーカはゼルバトスに相談して自分が異世界人である事を認識しだしていた。
「クフフフフ!やはりそうですか!素晴らしい!」
「何を訳の分からねぇ事言ってんだ?」
「警戒しなくても結構です」
今更惚けても無駄の様だ。オーカの一瞬の戸惑いをバーベルはしっかりと見逃さなかった。
故に聞く。
「何故そう思う?」
「理由は三つ。一つは貴方の持つ莫大な魔力量です。魔力纒身を行っていましたが、あのパワーは貴方の歳では普通じゃありませんでした。二つ目は、そんな魔力量を持っているにも関わらず何故か使わない魔法。これは、貴方が実力を隠しているとも考えられました。ですが、確信したのは三つ目。ガディの不在ですよ。人族でガディを使わずに戦闘をするなど考えられません。それらを統合すると、そうとしか考えられなかったのですよ」
オーカは思う。
こんな事で異世界人だと思われたのであれば、三次試験の面接で突かれなかったのは不自然だと。そう考えると面接官達にはない異世界人の知識をバーベルが持っている、ということになる。
更に言えばバーベルもガディを使った節はなかった。となれば
「お前、何者だ?」
必然の質問。
バーベルの知識。ガディを使わない人族。もしかしたら、バーベルもオーカと同じように。
「クフフ。私に興味を持っていただけるとは嬉しい限りです。ですが、今は貴方。貴方のことがもっと知りたい」
「気持ち悪りぃ。言っただろ。俺は暇じゃねぇって。じゃあな」
そう言ってオーカは踵を返す。
「分かりました。では、後一つだけ」
バーベルがそう言うと、オーカは立ち止まった。普段のオーカなら無視して歩みを止める事はない。だが、実際オーカも気になっているのだ。自分の事、バーベルの事が。
「クフフ。貴方は“勇者”ですか?」
「は?」
「ん?」
「勇者、ってなんだ?」
「…………」
ここへきて突然のバーベルの“勇者”という発言に、その場が一時固まる。
「ク、クフフフフ!なんと。勇者を知らないと?クフフ。であれば貴方はこの世界に何を齎す者なのでしょうねぇ」
「いや、知らねぇよ」
「面白い。理由も分からず、この世界に放り出された貴方が今後何を成すのか」
「知らねぇっつうの」
そう言ってオーカはまた歩き出す。
すると、突如バーベルの濃密な殺気と共に魔圧がオーカを包み込んだ。その瞬間、オーカは大きくバーベルから距離を取り、臨戦態勢をとる。
「私の生涯で、こんなにも大きな楽しみと出会えたのは初めてなんですよ。なのでねぇ、試させて下さい。教えてください。オーカ・ドラゴリアさん!」
「クソが」
驚異的な速度でバーベルがオーカに飛びかかる。オーカもその速度に反応、対応してバーベルをいなし、カウンターの右拳を顔面に振り下ろす。バーベルの顔を確実に捉えたはずのその拳は空を切った。
当たると思っていた攻撃が謎に空ぶった為にオーカは一瞬体勢を崩し、バーベルがそこを見逃さず蹴りを浴びせた。それでもしっかりオーカは左腕で防ぐが、空中にいた為にその場から吹き飛ばされた。
「今、お前何をした?」
「クフフ。今の蹴りにも反応しますか。流石ですねぇ」
オーカが今聞いたのは、捉えたはずの顔面への右拳が空振りに終わった事。だが、本当は聞いたオーカには分かっていた。
バーベルの顔面が透過した事が。
それでも、理解が出来なかった為に聞いたのだ。
「地味だが、大分めんどくせぇな」
「そんな悠長な事言ってる場合ですか?試すとは言いましたが、勢い余って死なないでくださいねぇ」
「馬鹿が。死ぬのは――」
オーカは言葉をそこで一度区切ると、両腕を少し開く。そして、スーツの袖から、黒い靄の様な何かが両拳に伸びて包み込んだ。
一瞬で靄が消え両拳には三つの棘を拵えた”メリケンサック”がはめられていた。まるで、どこぞの変態侍女のガントレットを彷彿させる様な見栄えのメリケンである。
「――テメェだ」
そう言って今度はオーカがバーベルへ躍りかかる。バーベルもそれを見て嬉しそうに口元を三日月の様にして笑みをこぼし、オーカを迎え撃つ為に跳んだ。
お互いに拳を振り上げる。凄まじいスピード。オーカは魔力纒身40%の全力。バーベルのスピードもオーカのそれとほぼ五分五分。
そして、拳同士がぶつかる。
刹那。
辺りを闇が染め上げた。




