第五十二話 美しい舞台
雲一つない空には大きな太陽だけが、その存在感を主張している。だが、これから約一年後に騎士選抜が行われる練兵大広場には、もう一つの太陽が燦々と輝いていた。
もちろん実際は太陽の様なもの、ではある。だが、広場に立つパルキアから見れば本当に太陽に見える程、綺麗な球体の形をした炎であった。
もし、パルキアがその球体を見ていれば、そう思ったであろう。
〝はい、じゃあいくよ〜〟
「え、ちょっ避けるって、何を?」
目隠しをされたパルキアが慌てながらリーシャにそう聞くも、リーシャはそれに言葉で答える事はしなかった。
リーシャが作り上げた炎の球体“フレアビッグサン”は本来、その大きな球体を対象に向かってぶつける魔法である。
だが、リーシャのそれは違う。球体の炎を任意に少しづつ拡散させて対象に襲わせるというもの。そして一度、フレアビッグサンを作り上げてしまえば、初級魔法のファイヤーボールをサイズ、威力を自由に変え、撃ち続けることが出来る。更に、このオリジナル魔法は最初に作り上げた炎の球体がなくなる限界まで、タイムラグ無しで撃ち続けことが出来るという凶悪な仕様になっている。
そうしてリーシャが尻尾を軽く振ると、フレアビッグサンから大小様々な火球が炸裂した。それらの火球が向かうのは勿論。
「うぎゃー!!!」
パルキアは見えない火球から両手を上げてコミカルに逃げ回る。
見えはしないが、パルキアにはリーシャが何をしようとしているのか大方の見当がついていた。そしてそこへ突如感じた熱気に、確信を持ってがむしゃらに逃げ回っていた。
〝そんなんじゃダメだよ。何の為にこんなことやってると思ってんのさ〟
「そんなっ、事言われてもっ、熱っつ!」
〝もう。仕方ないなぁ〟
パルキアが右往左往しながら逃げ惑うも、たまに火の玉に擦り悲鳴を上げている。だが、リーシャはそんな事気に留めず、更に追い討ちの手を打つ。
鬼畜リーシャはフレアビッグサンの体積を半分使用してパルキアの周囲を火の海に変えたのだ。
「え、暑い、熱い!」
〝パル君!周りに逃げ場はもうないよ!マナを感じ取って避けないと、火傷じゃあ済まないねぇ〟
「いや!本当シャレになんないって!」
パルキアを中心に半径二メートルから向こうは火の海。暑いのではなく、本当に熱いのである。
〝そう思うのなら落ち着いてマナを感じるんだ。そうすればマナが教えてくれる。どこにどう動けばいいのかを。マナは敵にもなれば味方にもなる〟
リーシャが諭す様にパルキアに言う。そして、その言葉を受けたパルキアは、一つゆっくりと息を吐く。
マナを感じる。
周りの火の海から、空気、地面、リーシャ、フレアビッグサン、自分。どこにだってマナは存在する。
パルキアはもう既にそれを知っている。
リーシャはパルキアが落ち着いたのを見て火の玉を放った。容赦のないスピードの火の玉を。だが、リーシャに悪意など欠片もない。敬愛すべき主人、パルキアがこれを躱す事を知っている。だからこその情け容赦のない攻撃。
火の玉が迫る。
パルキアは動かない。
更に迫る。
パルキアはまだ動かない。自然体の立ち姿で、火の玉を待っている。
そして
火の玉がパルキアに接触する寸前。右肩を少し引いて、躱した。
最小限。
その場から動かず身を捩るだけの動作。まるで見えているかの様な対応。実際は見ていても避けられるかどうかという速度で向かってきた火の玉。
だが、マナが教えてくれるのだ。
こうしないと危ない。こうやって避けて。無論マナは言葉など発さない。だが、感じる。だから見えなくても避けられる。感じられるから避けられる。
それを見たリーシャは蛇の口角を上げて笑った。そして。
〝ここからが本番だよ〟
そう言って、太陽の様なフレアビッグサンから火の雨がパルキア目掛けて降り注いだ。
◇
〝はい、終わり。お疲れ様〟
「疲れた〜」
大広場の太陽がようやく一つだけになった時、リーシャがパルキアに終わりを告げた。それを受けてパルキアは目隠しを取ることもせず、仰向けに倒れ込んだ。
「いやぁ〜、すごい事をやっているね。うちの殿下は。陛下がご覧になったら、いろんな意味で卒倒するだろうね」
〝ん?君か〟
そう声をかけたのは、スクエラ丞相レイナード•プライム•エレクトリック。
彼は暇を見つけてはパルキアのところに様子を見に来ている。今日も忙しい丞相の仕事の合間を縫ってパルキアの様子を見に来た様だ。
「これはこれはリーシャ:ルミル殿。パロマに聞けばここにいると言われて見に来たんだが、これは一体なんなんだい?」
火の海の惨状を見てレイナードはリーシャにそう聞いた。レイナードは既にこの火の海の中にパルキアが居ることは察している様だ。
〝そうだね。いいところに来た。君にも手伝って貰おうかな〟
「え?」
レイナードがリーシャの言葉に呆けた声を出すと、そしてリーシャは地に降りて尻尾で地面を軽く叩いた。
すると、一瞬のうちに火の海が消え去り元の大広場の様相へと戻った。
〝パル君、立って。今日の仕上げをするよ〟
「え、まだやるの?…………ん?てゆうか、誰か、いるの?」
目隠しをした状態で立ち上がったパルキアにレイナードの姿は見えていない。だが、誰かいる事が分かったのは、パルキアが的確にマナを感じられているからだ。
〝ほう。上出来だね。そう。仕上げを手伝ってくれる人が態々来てくれたんだ〟
「え、僕かい?リーシャ殿、何をするっていうんだい?」
「レイさんか!」
パルキアはようやく届いたレイナードの声で誰だかを判別出来たようだ。
〝簡単だよ。君がパル君を攻撃するんだ〟
「「え」」
〝レイナード。君は初級魔法のみを使い好きにパル君を攻撃するんだ。パル君は目隠ししたまま躱し続ける。ただそれだけだよ〟
リーシャの言葉に二人とも困惑する。だが
〝パル君。これをクリアしたら、次の修行から君のアーティファクト“天杖グラフローレン”を使用した修行になる〟
「え!使ってもいいの!?」
〝これをクリア出来たら、ね〟
パルキアはGBFで手に入れたアーティファクトをリーシャに使用禁止にされていた。ガディが主人にそんな事を言うのはおかしい気もするだろうが、それだけ“天杖”の力は凄まじいという事であろう。
リーシャ曰く『神をも殴る力』を持っているのだから。
「レイさん!是非お願いします!アーティファクト使いたいんです!」
「参ったな。そんなつもりじゃなかったんだけど、まぁ、いいか。殿下の頼みだしね」
「やった!ありがとうございます!」
目隠しをしたままやりとりをして頭を下げるシュールなパルキアは、側から見れば酷く滑稽に映るだろう。だが、本人は至って真面目である。
そんな真面目なパルキアの願いをレイナードは快く引き受けたのだった。
〝じゃあ早速始めようか。僕も早く城に戻って紅茶を飲みたいしね〟
「だけど、殿下に怪我をさせたら事だなぁ」
〝ふっ。パル君に怪我を?させられるわけがないだろう。僕の主人をあまり舐めない方がいいよ、人間。それよりも、変な気を回して手を抜いたら許さないよ。それじゃあパル君の為にならないんだ〟
レイナードの優しさを持った言葉に、リーシャは一抹の怒気を見せる。
「そうだね。済まなかったよ。では、プラチナムランクの称号に恥じない姿をお見せしようか」
リーシャの言葉を受けて、普段は飄々としているレイナードの雰囲気が変わった。
そして
〝じゃあ始めるよ。パル君、いいね?〟
「うん!いつでもいいよ!」
「僕もいつでも」
〝では、始め!〟
リーシャの開始の合図に、レイナードは詠唱を始めた。普通の魔術師ならばそれだけ。だが、レイナードは詠唱をしながらパルキアに突っ込む。そして、パルキアの懐に入る直前に詠唱が完了する。
「“エアーナイフ”」
レイナードの右手に風で作られた半透明の短刀が現れ、パルキアに切りかかる。パルキアは、それを半身で避けてレイナードから三歩ほど距離を取る。
レイナードはエアーナイフの魔法名を発言後、更にまたなんらかの詠唱を即座に始めており、並行してパルキアに切りかかる。今度は連続して切りかかってくるも、パルキアはそれを片っ端から避ける。全てをスレスレのところで避けるが擦りもしない。
まるでパルキアが慕って止まない義理の兄、オーカの動きを彷彿させる様な、そんな動きであった。
しばらくそういったやりとりをしていると、長かったレイナードの新たな詠唱が完了した。
「“エレメントパーティ”」
レイナードは魔法名を発言するとパルキアへの攻撃をやめて立ち止まった。
そして、レイナードの周りに色とりどりの光の玉がいくつも現れる。
「殿下。本当にあなたは天才ですよ。そのお年でこのレベルのマナ感度。世辞やおべっかなんかではなく、ただただ感服します。それに苦手だったはずの体術にも、しっかりと取り組んだんでしょう。体運びを見ていれば分かります。だから、僕もちゃんと本気を出しますよ」
「嬉しいです。レイさんにそこまで言ってもらえるなんて。はい。よろしくお願いします!」
レイナードはパルキアの返答を聞いて、満足げに微笑む。そして、再び顔を引き締め直し、両手を前に出した。
すると一拍おいて、出した両手を振った。それと同時に、いや、レイナードの両手の動きに呼応して、光の玉が動き出す。
不規則に、素早く、色とりどりの光の玉が美しく。差し詰め、レイナードの指揮に踊る舞踏会の踊り子達の様である。
だが、この魔法を受ける者からすれば、そんな優雅なものではない。
全く動きの読めない、色とりどりの小さな光の玉。つまり、多属性の魔法の玉。当たれば、その属性のダメージを受けるということ。数が多く避けるのも至難。幾つも玉を受け続ければ、なんのダメージかも理解出来ないまま地に伏すこととなるだろう。
そんなエレメントパーティが視界の塞がれたパルキアを襲う。
だが、パルキアはそれすらも躱し続けた。
一つを屈んで避ける。次は右足を引いて、またその次は左足を上げて避ける。一つ一つの挙動は小さなものである。だが、全ての動きは流れの中の一つ。光の玉を躱す動きを無数の玉から要求され、先を読みながら、マナを感じながら、動きの調整をしている。
もし、この大広場に観客がいたのであれば、大した興行になっていただろう。
主演パルキア、指揮者レイナード、エキストラの魔法玉。そこにいるリーシャの目に映るのは、まさに美しい舞台のクライマックスの様であった。
そして突然舞台に幕が下りる。
レイナードが両手を下ろし、光の玉が消えた。
「ははっ。ここまで、僕のエレメントパーティが当たらないのは初めてだよ。もう、充分じゃないかな?リーシャ殿」
レイナードは楽しそうに、そして、悔しそうにそう嘯いた。
〝正直予想以上だよ。大満足さ。さすが僕のパル君だ〟
「え!じゃあ!」
〝うん。次からはまた次の段階。”天杖”の修行に入る〟
「ぃやったー!!!ありがとう!レイさん!」
「いやいや。僕もすごい良いものが見れたからよかったよ」
こうしてこの日の修行を終え、パルキアは城へ帰っていった。“天杖グラフローレン”の取り扱いという次の目標を新たに得て。
パルキアは強くなっていく。元々ある才に努力を重ねて。オーカと違い躓く事も少ないながら、皇戦で多忙の中着実に。
優しい皇になる為に。そして、自分の思いを貫き通せるように。




