第五十一話 目を閉じて
時は再び遡り、オーカがラナに嬲られている頃。パルキアもまた、多忙な皇戦の合間を縫って修行を行なっていた。
〝そんなんじゃマナは応えてくれないよ〟
「そんなこと言ったって、僕にはまだマナがなんなのかよく分からないんだ」
パルキアは皇城内にある緑豊かな広い中庭で座禅を組み、何やら集中しているようだ。リーシャがそんなパルキアの頭に乗って注意している。
〝いいかい。もう一度説明するよ?マナとは自然に魔素が集まり出来たもの。魔素とは万物の素で、火であり、水であり、地であり、風であり、何にでも成り得て、何物でもないもの。マナはそんな魔素が長い時を経て、意思を持った集合体の事を指すのさ。そのマナは、通常人には見えないけど、そこら中に存在してるんだ〟
「それはもう分かってるんだよ。でも、見えないマナをどうやって感じとるのさ」
パルキアはそう言いながら座禅を解いて、頭の上に乗るリーシャを地に下ろした。
〝分かってないよ。言ったでしょ?マナにも意思があるんだって。見えないからって感じようともしない人には、マナだって応えたくはならないのさ〟
「僕だってリーシャの言う通りマナを感じようとはしてるけど、全然分からないんだ」
〝優しい皇様を目指す君なら簡単な筈なんだけどね〟
「え?どういうこと?」
リーシャの言葉に、パルキアは困惑する。
〝少し話を変えようか。パル君、君は“ガディ”についてどこまで知ってる?〟
「え、え~と。まず人間が成人するまでに必ず契約するパートナーって事。それと強さに応じて【スピリッツ】【フェアリー】【フォース】【ソーサリオン】【エクセリオン】の5クラスに別れている事。そして、ガディが司る属性の魔法を扱いやすくなったり、アーティファクトと融合する“エボルシオン”やごく一部の達人が使える自身と融合する“ユニゾン”により飛躍的に戦闘能力をあげることが出来る。あと、必ず固有能力とか特殊な力を持っていることかな」
〝さすがパル君、博識だね。じゃあ問題です。ガディは生物学的に言うと何に当てはまるでしょうか?〟
「え?」
〝人?妖精?魔物?〟
リーシャは尻尾を器用に使い、ポットを掴み小さなカップに紅茶を淹れながらパルキアに問いかける。
〝残り10秒〟
「ちょ、待ってよ!え~と……」
〝残り5秒〟
「ん〜妖精かなぁ」
〝残念。僕たちは“マナ”なんだよ〟
紅茶を飲みながらリーシャが答えを出した。
「え、マナ?でもさっきマナは通常、人には見えないって……」
〝そう、普通はね。でもマナの中にも強い個体がいたりするんだ。そういうマナは僕達と同様に知性も高いし、人にも見ることが出来る。ガディの中にも力が弱い個体のスピリッツクラスなんかは知性も低いしハッキリとした姿をしてないでしょ?〟
「でも、自然にいるマナは僕達人間に認識出来ないのが普通なのに、ガディの中に僕達が認識出来ないものはいないよね?」
〝いいところに気付いたね。それは、生まれ方の違いにあるんだ〟
パルキアの脳内はクエスチョンマークで埋め尽くされている。
〝僕達ガディは生まれ方が二通りあるんだ。一つは“既に力を付けて意思のあるマナが召喚される”もう一つは“新しいマナが生み出される”か。ちなみに僕は前者になるね。さっきも話したけどそこまでマナが力を付けるってことはほぼ無くて、大半のガディは後者に当たる〟
「マナって人為的に生み出すことが出来るの?」
〝いや、ほぼ不可能だよ。唯一可能って言えるのが――〟
リーシャはわざと言葉を区切り紅茶に口をつける。
「GBF」
〝その通り。まずあの場所自体が魔素が濃くてマナがとても多いんだ。そこで契約者の気持ちや思いに応えたマナ達と大気中の魔素と契約者の魔力、それらを融合させ契約者専用の新しいマナを生み出す。それが、あの儀式の正体なんだ〟
「そうだったんだ……」
〝他にも、ガディがいない人限定とか色々条件はあるみたいだけど、何故かは僕も知らない。でも、GBFで新しく生成されるガディより、自然召喚のガディの方が強いケースが多いんだよ〟
「なるほど。生まれたてのマナよりも、長い間生きてきたマナの方が強いのは当たり前だね」
〝そう。あと他にも、契約者の能力が影響してガディの力にリミッターがかかることとか話したいことはあるけど、とりあえず今は置いとこう。これで僕達ガディとマナが同じ存在なのは分かってくれたかな〟
「うん。理解したよ」
パルキアはリーシャの口から次々に出てくる新しい事実に驚きつつも、しっかりと知識を頭に入れ込んでいく。
〝じゃあ、パル君がマナを感じられない理由も分かってくれたよね〟
「え?」
〝え?〟
「……分からないんだけど。何で今の話からそれに繋がるの?」
リーシャは蛇のシュールな深いため息を吐き、呆れたような顔をする。
〝……ねぇパル君、君は僕が思う以上にポンコツだったのかな?もう一度確認するね。マナって何?〟
「魔素が集まり意思を持った物」
〝ひどいなぁ。君は僕を物扱いするのかい?〟
「!!!」
〝分かってくれたみたいだね。魔法で一番大事なのはイメージなんだ。何をしたいか?何を起こすのか?鮮明で強い思いが大事なんだ。ただ機械的に考えるのではなく。心から思い描くことが〟
リーシャの言葉を受けて、パルキアは得心がいったような表情を浮かべ脳内を整理している。
「マナは生きている。感情と意思を持ち、人や動物と同じ様に」
〝そう。それを踏まえて、改めてマナを感じてみるといい。心優しく綺麗なパル君なら、そうは時間もかからない筈だ〟
そうして、パルキアは目蓋を閉じる。
心を落ち着かせて、そこら中にいるというマナを感じる為に時間を忘れて。
少しずつ、少しずつ。
自分の座る芝生、地面から。辺りに植えられた木々から。呼吸をする空気中から。
何時間そうやって目を閉じて瞑想していただろうか。
既にパルキアの感覚には、しっかりとマナを感じる事が出来るようになっていた。言葉にならないマナ達の声が、色とりどりのマナ達の姿が、生き生きと動き回る元気なマナ達が。
パルキアは目を閉じて微笑む。
やっとマナを感じられた喜びからくる笑みではなく、自分に群がる楽しそうなマナ達を感じてパルキア自身も楽しくなっていた。
〝ふぁ〜あ。パル君、もういい加減帰ろうよ〟
「あ、うん。えっ、暗っ」
眠そうなリーシャに不意に声を掛けられ、目を開けたパルキアは辺りがもう暗くなってる事に驚いていた。
〝時間を忘れるにも程があると思うなぁ〟
「ごめんねリーシャ。部屋に戻ろう」
そう言ってパルキアは立ち上がり、リーシャに手を差し伸べて肩に乗せる。
〝ふぁ〜。でも、これでマナの事は理解できたよね〟
「うん。こんなにも辺りにありふれているマナを感じられなかった事が、逆に不思議に思えるくらい」
〝上出来だね。マナを感じることが出来れば魔法効率が飛躍的に上がるだろうし、僕との連携も高い基準で出来る様になる。まぁ、最低でもエボルシオンくらいは出来る様になってもらうからね〟
「うん!頑張るよ!」
〝じゃあ、とりあえず部屋に戻ってロイヤルミルクティーだね〟
「じゃあ、の意味がよく分かんないけど、今日はいつもより美味しく作れるようにするよ」
〝いい心がけだね〟
こうしてパルキアは魔法を扱う上で一段階上のステップに上がった。少し偉そうでシュールな先生の元、少しづつ、でも着実に強くなっている。
目つきと口の悪い兄の背を追いかけて。




