第四十二話 修行から二年
※三人称表記です
「やっとだ。これで我々も動くことが出来る。あの阿呆を丸め込むのに時間がかかったが、大魔王様も御納得頂けるだろう。ズィンブロッシュ。抜かるなよ」
「御意」
「相変わらず愛想がないはねぇ。久しぶりの他大陸での仕事よ?嬉しくはないのかしら?」
ある仄暗い場所での密談。
姿は見えず怪しげな会話だけが聞こえる。
ズィンブロッシュと呼ばれた者は、問いかけた女に言葉を返す事なく気配が消えた。
「無視、されたわね」
「得体の掴めぬ男だが、大魔王様から受けた仕事だけは、きっちりこなしてくる。だがもし、妙な事をすれば殺すだけだ」
「その時は是非アタシに」
「構わんが、我の指示なく動くなよ」
「モチロン。アタシだって殺されたくないもの」
女の言葉を最後にその場から全ての気配が消えた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
スクエラ練兵大広場
広さ約5ヘクタールを誇る円形の広場。周りには10万人以上を収容可能な客席が設けてあり、兵の闘技大会や、行軍演習等の観覧の為、自由に民間が出入りすることが出来る。
そんな広場に1094名の腕に覚えがある猛者達が集まっていた。
五年に一度のスクエラ騎士選抜の為である。
スクエラ兵は一般兵士、騎士見習い、騎士と階級が分かれている。
スクエラ皇国の騎士は五年に一度の、この選抜と騎士隊副隊長以上のスカウトで増兵される。
若しくは、一般兵士から実績を積み、騎士見習いになり、更に実績を積んで騎士になるという厳しい方法しかない。
その為、この選抜にはスクエラの現役一般兵士や騎士見習いも、こぞって参加する。
そうして、騎士になる為の条件を難しくする事によって、国内の謀反勢力の入隊を減らすことが出来る。
そして、このスクエラ騎士選抜は全三次の選抜試験があり、今まさに一次選抜が始まろうとしていた。
《あー、バトルロワイヤル》
突如、広場全体にそんな気怠そうな声が響いた。
「「「「……………………」」」」
広場に数秒の沈黙が流れて、更に
《ダルだ。バトルロワイヤルしろ》
「「「「……………………?」」」」
《えー、大変失礼いたしました。彼は今回の騎士選抜委員長のダルイス騎士副長です。私は補佐のメリートリスです。今回の騎士選抜は公募者が、かなりの数がいるのと委員長の、『弱い奴はいらない』という意見で第一次選抜はバトルロワイヤルとなりました。ガディ、アーティファクト、武器、なんでもあり。ただ極力殺しはやめましょう。あまりにも酷い殺し方や、あからさまな殺しをした人は失格です。終わるタイミングはこちらで勝手に止めるのでそれまでやっててください。今から一分後スタートします。以上です》
また突如、快活とした女性の声で概要が説明されたが、かなりふわついている試験内容であった。
だがこれは、わざと拙いルールの下、公募者の自主性や、モラル等の評価を見る為のものとなる。
広場の公募者がざわめく中、少数の実力者はそれを理解して大人しく、或いは距離を取り、また或いは標的を定めていた。
そして
《はじめっ‼︎》
短くスタートが告げられた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
大広場観客席特設テント内
椅子に腰かけた三人の人物が中空に浮かぶ四つの水玉を眺めていた。水玉には広場内の映像が映し出されている。
「ダルさん流石にいい加減にしてくださいよ!これだって仕事ですよ!あんなアナウンス、私くらいしか分かる人いないじゃないですか!」
見た目は二十代前半くらいだろうか、綺麗なエメラルドグリーンの髪を腰まで伸ばした、色白の顔を紅潮させた女性が、憤りを隠さず凄んでいる。
「自己紹介と内容話した」
燃える様な赤髪で顔面全てを覆っている大柄な男が不躾に応えた。腰には十本の剣を携え、くすんだ黄金色の鎧を着ている。だが不思議と剣だけはしっかりと手入れが行き届いているだけに、他が余計にみすぼらしく見えてしまう。
「自己紹介だって私が言わなきゃしなかったでしょ!それにあれで自己紹介って分かるのだって私しかいませんよ!」
やはり女性は怒りが収まらないのか、肩をいからせながら怒鳴りつける。その間、豊満な双丘がビキニアーマーの装備のお陰も相まって、これでもかという程暴れまわっていた。
「メリーさん落ち着いて。この様な事は予想できたでしょう。そんな眉間にシワを寄せていると美しいお顔が台無しですよ」
そうやってメリーを諌めるのは、でっぷりと肥やした腹に低い身長、そして頭は禿げ上がっている男。騎士ではなく赤いブリーチズに黄色のマントという目立つ格好をした貴族である。
そして女性は先程ダルイスに代わってアナウンスをしたメリーと呼ばれる女性のようだ。
「そうですね」
メリーは短く不機嫌そうに答え、水玉に視線を落とした。
広場内では激烈な戦闘があちこちで行われていた。皆、魔法はもちろん、ガディも使っている為、とても派手な戦いが繰り広げられている。
公募者の格好も様々で、騎士の様な鎧を纏う者、冒険者ルックの者、神父の格好をした者など多種多様であった。
そんな中一際目立つ、この世界では珍しい服装に身を包んだものがいた。
黒い細身の長ズボンに、黒いネクタイをした白いシャツに黒いジャケット。靴は黒革の紐靴を履いている。
この“ライフ”という世界には珍しい、いや全く無い、所謂スーツ姿だ。
そのスーツ姿の黒髪黒眼の男は、戦い方も周りとは一線を画すものであった。
周りで、ガディだ魔法だと派手に戦ってる中、彼は真逆で言うならば地味。
言い換えればスマートとも言える戦い方。
何より身体一貫で、ガディや魔法を駆使して襲い掛かってくる敵を蹴散らしていた。
それもただの一撃で。
更に言うならば、彼は自ら攻撃を仕掛ける事はなかった。
あくまで向かってくる敵。
自らに敵意を向ける人間。
それらを全て一撃で倒していった。
或いは拳で、或いは蹴りで、また或いは文字通り頭を使って。たまに飛んでくる魔法すら彼の拳一つで何故か掻き消える有様。
そんな異様な出来事に、他の公募者が徒党を組んで彼を取り囲む事が徐々に増えたが、それすら意に介さず捩じ伏せる。
それが、今のオーカ・ドラゴリアである。
修行から二年。彼は満を持してスクエラ騎士選抜に臨んだのだ。自らの目的の為に。
二年の修行は彼のストレスとフラストレーションを溜めに溜めた。それらを一気にここで発散するかの如く、無表情ながら楽しそうに殴り倒していた。
そんな時
《そこまで!》
また突然アナウンスが流れた。
1000人を越す人間が僅か十五分程で85名にまで減っていた。
そして、気付けばオーカは一人で全体の20%程の人間を倒していた。
そんな状況の広場を見ていた特設テント内は少しざわついていた。
「予想以上に、早かったですね」
メリーが驚きを隠せずに呟いた。
「これはすごい、な」
貴族の男も同様に驚いて言葉が出てこない様だ。
「ガディを使わずにこの選抜に残る人間がいるなんて。それも、二人も」
「うむ。それにあの黒髪のおかしな格好をした奴は、魔法すら使わなんだぞ」
「ダルさん。ギラン殿が知ったら飛んで喜びそうですね」
「面白い」
ダルイスが短くそう言って一次選抜は締めくくられた。




