第四十話 黒の忿怒
「さて、試練じゃ」
「なんのだよ」
ラナに身体をぐちゃぐちゃにされてから三日後、ジジィは帰ってきた。
その時には、ほぼ体の傷は癒えてラナといつものように組手をしながら、体術指南を受けれるようになっていた。
医療魔術師に毎日来てもらっていたとはいえ、我ながら恐ろしい回復力だと思う。
今までもそうだったが、魔力のなんたるを少し理解できるようになってからは、益々傷の治りが早くなった気がする。
医療魔術師にも『本当に人族ですか?』と驚かれる程。
そんな日の晩、ラナを交えて魔力纒身を使える様になった事を伝えた翌日の今日。
「儂に一撃。入れる事が出来たら褒美をやろう。但し、入れられなければ罰を与える」
「なんで罰を受けなきゃならねぇんだよ」
「なんとなくじゃ!」
「めんどくせぇ」
要約すると、魔力纒身を駆使した戦い方を見てやろう、と。
んで、俺がジジィと本気で戦う事が出来ないと見ての、褒美と罰。ってとこか。
「褒美は入れてからのお楽しみじゃ。罰は、そうじゃのう……」
どんな罰かは見当つくがな。
「そうじゃ。儂を“ゼルじいちゃん”と今後、呼び続けなければならない。にしようかの。ほっほっほ」
ほらな。
「その罰は受けたくねぇから本気で行くぞ?」
「ほっほっほ。そうでなくては意味がないからのう」
「皮剥け童貞。あまりゼルバトス様をなめない事です。昔は、“黒の忿怒”と他国、更には他大陸にまで名を馳せた武人です。気を抜けば一瞬でイッてしまいますよ」
「か、皮剥け……確認したのかの?」
なんだその恥ずかしい名前は。
ジジィも引っかかるところはそこじゃねぇだろ。
「御託はいい。ジジィが只のジジィじゃねぇことくらい分かってる。目にもの見せてやる」
構える。左手を前に出し右足を少し引いただけの甘い構え。
この構えが一番自然体でしっくりくる。
「恐ろしい笑顔をしよるのぅ。では、最初に一つだけ忠告してやろう」
忠告?
「聞いといてやるよ」
「うむ。偽りなく殺す気で来なさい」
上等
心臓から血液を送り出すのに、魔力を混ぜ込むイメージ。そしてその魔力をどんどん濃くする。
そして、全身の毛穴から放出。
「ほぅ。これは、中々」
ここの空間を俺の魔力で満たすくらいの魔力量で20%くらい。今の俺が失敗せずに纏える最大魔力量。
その魔力を淀みなく身体に纏う。
“魔力纒身”
「おぉ。予想、以上の魔力じゃ」
「吐いた唾はもう飲めねぇぞ?ジジィ!」
足下から魔力を爆発させ、ジジィに突っ込む。
単純。
だけどこれが一番強ぇ。
この早さに、まだ俺も慣れきれてねぇが、ある程度感覚は掴んだ。魔力纒身20%の全力ならなんとか対応できる。
昨日一日ラナとの組手でそれは実証済み。そしてこの状態ならラナのエボルシオンとも、まだ勝てはしないが、いい勝負は出来る様にはなった。
それを、この初見で対応できる奴なんてそうそういねぇだろ。
喰らっとけ馬鹿野郎。
密度の高い魔圧を伴った俺が超絶なスピードでジジィに渾身の右拳を見舞う。
魔圧が衝撃波となり、拳より先にジジィの身体に叩きつけられ、衣服が暴風に煽られるように翻る。
そして拳がジジィの顔面に直撃する刹那。
「若いのぅ」
確かに聞こえた。
こんなスピードで突っ込んでる俺の耳に、確かに届いた一言。
コンマ1秒の世界で一瞬たじろいたが、そんな事で勢いは消えない。
そして拳が叩きつけられる。
ジジィの立てた人差し指に。
叩きつけた瞬間、魔圧の勢いがジジィの人差し指から爆散して消える。
「なっ」
2秒程俺の頭が真っ白になり、人差し指一本に拳が止められた状態で固まる。
すぐに切り替えて右拳を引きつつ、今度はベタ足のまま左拳をジジィの顔面へ。
すると、また人差し指に止められる。
「クソがっ!」
次はラグなく右足を蹴り出そうとした時、その時にはもう、俺の体は吹っ飛んでいた。
ジジィの動きが全く見えず、何をされたかも分からないまま吹っ飛ばされたから、受け身も取れずに地面に倒れる。
「な、にを」
起き上がりながらジジィを見ると人差し指をこちらに向けたまま止まっていた。
その途端、額の痛みとともに理解した。
「デコピン」
「うむ。強いな。元々の小僧のハイスペックな身体能力に莫大な魔力の“魔力纒身”まさに鬼に金棒。じゃが、それだけで勝負していくのはまだまだ青い」
俺の攻撃を指一本で止めて、俺の目に映らないほどの速さで俺の額にデコピンをかます。そしてその威力。
シラフでこんな真似が出来るわけねぇ。
ジジィも魔力纒身を使ってんのか。
だけど、俺のと全然違ぇ。
なんと言うか、静かだ。
俺の魔力纒身を暴風と例えるなら、ジジィのは凪。こんなに静かなのに、俺の拳を止めて、あんなに早く、そして強い。
「少しは何が違うか理解出来たかの?では更に、ニーズ」
〝御意〟
ジジィが名を呼ぶと、体長一メートル程の黒龍が出てきた。
俺が見るのは二度目になるが、今なら分かる。コイツはやべぇ。
「そして更に」
ジジィが両手を広げると、頭上に禍々しく蠢いているかの様な直径一メートル程の球体が出現した。
「体術、ガディ、魔法。この三点を持って人族は戦う。そして、それらを極めた人族をこう呼ぶ」
ジジィとニーズの身体が発光し、辺りを黒の光で塗り潰される。ラナがやってたエボルシオンてやつか。
いや、違う。
光が収まると、ラナのエボルシオンとは比較にならない威圧感が俺を襲った。
ジジィの身体が黒い痣の様なものに覆われて、背にはドラゴンの翼が、頭部には二本の角が生えている。
そしてよく見ると、目は右が黒、左が黄色のオッドアイになってやがる。
「“仙人”とな」




