第四十一話 俺の名
第四十一話
「…………仙人」
異形。
黒龍のニーズとジジィが一体化した様な形。ラナのエボルシオンは、言うならば腕だけ。もっと言えば、アーティファクトにガディのアクスが宿った様なイメージだ。
つーかこのジジィ、アーティファクト持ってたか?
「左様。そして、この状態を“ユニゾン”と言う」
「“ユニゾン”……やっぱり“エボルシオン”とは違ぇのか」
「うむ。簡潔に言えば、エボルシオンとはアーティファクトにガディが力を貸したもの。ユニゾンとはガディの力を宿主のものにすることじゃな」
「じゃあ、ユニゾンを使える奴のことを“仙人”っつうのか?」
「少し違うが、概ねそうじゃな」
よく分からねぇが、なんとなくは理解した。
それより、さっきから汗が止まらねぇ。なんだこの感覚。ラナとの時の殺気に当てられた感じとは少し違うが、そんな感じ。
死が間近にいる様な、心臓を握られてる様な、得体の知れない感覚。
息が苦しい。
身体がしんどい。
ジジィの目を見ると逸らしたくなる。
今、一つだけ好きにしていいと言うならば、すぐにでもジジィから離れたい。
そんな事を考えてしまうくらい、頭がパニクってやがる。
「ほっほっほ。儂が怖いか?」
「あ?」
「恐怖、恐慌、畏怖。そんな感情がお主の細胞をざわめかせておるじゃろう?」
そうだ。
怖い。隠れたい。逃げ出したい。今すぐ泣き喚いて許しを乞いたい。ラナに縋って止めてもらいたい。みっともなくても、なんでもいいから、この状況から脱したい。
だが、それすら出来ない。
動けない。怖くて怖くてたまらないから。
「恥じることはない。むしろ誇れる程じゃ。普通なら既に失禁の一つでもして気を失っておるわ。それが今の儂の能力、“悪夢の狂詩曲”」
「能力、だと?」
「ユニゾンすると、人族でも固有能力を得る事が出来るんじゃ。ガディの能力をな」
怖い。
怖い。
怖い。
もう、やめてくれ。
本当に気を失いそうだ。
「どれ、そろそろ続きを始めようかの」
無理だ。
戦えるわけがない。こんな化け物相手にどうしろっつうんだよ。
俺の本能が、全力で身体を固めやがる。
「ゼルバトス様。それは流石に無茶かと」
「無茶じゃのう。じゃがの、オーカが志ざしておるものもまた無茶なんじゃ。その為の試練なんじゃよ」
歯が音を立てて震えてきた。涙が出てきた。呼吸がうまく出来ねぇ。目がチカチカしやがる。
「オーカ!!!お主の想いはそんなものかっ!殿下を誰よりも側で支えるのじゃろう?!ミラちゃんを守るのであろうが!?これからお主の前に現れる敵は、そんな生易しいものではないと知れっ!」
「う、るせぇ」
パルとミラは俺が守る。アイツらの夢も家族も大事なものも全部守る。
「ほぅ。声と涙は出るが手は出ぬか?今また殿下とミラちゃんを失うと思っても、まだ手は出ぬか!?」
パルとミラをまた失う?
冗談じゃねぇ。
「だまれ」
「黙っておっても、お主がそのままなら何も変わらん。また繰り返す。何故か?お主の心が弱いままだからじゃ!」
「うるせぇつってんだよ!クソッタレェ!!!」
目の前の奴は敵だ。パルとミラの敵。
つまり俺の敵。
俺から大事なものを奪おうとする敵。
敵。
でも、怖い。
目を閉じて深呼吸。
知るか。関係ねぇ。俺の感情なんてどうでもいい。敵は殺す。排除する。
もう、もう二度と失わねぇ。
駆け出した。だが、さっきと同じじゃまた止められる。
恐怖に打ち勝て。そして思考を巡らせろ。
大事なものを守る為。
ここで無理をして、今扱える限界の20%の魔力を超えるような事をしては失敗する。だから、工夫する。
駆け出して、俺の拳が届く射程圏内に入る直前、15%を右拳へ集めて、まだ届かない距離から振りかぶる。
そして、残りの5%の魔力を地面を蹴る蹴り足へ。踏み込む!
今までで一番の加速。その為に、踏み込む前から振りかぶった。
タイミングはバッチリだ馬鹿野郎!
「うむ。大したものじゃ」
俺の右拳がジジィの左頬を完璧に捉えた。
俺は勢いを殺しきれず、そのまま倒れ込んだ。
「よろしい。合格じゃ」
ジジィはそう言うとユニゾンを解いて、俺に手を差し出す。左頬は少しだけ赤くなっていた。
ただ、それだけ。
「吹っ飛ばして壁に2メートルくれぇ、めり込ますつもりで殴ったんだが」
そう言いながらジジィの手を取り、立ち上がる。ジジィの表情は、さっきと打って変わって、いつもの優しく柔らかいものだった。
「まだまだ甘いわ。儂を吹っ飛ばそうなぞ、儂の目の黒いうちは出来ぬと思え。ほっほっほ」
「バケモンが」
素直に凄いと思った。言葉を知らないだけかもしれないが、本当に凄いとしか言えない。
どんな修練を積み、どんな研鑽に励み、どんな修羅を潜れば、こんなバケモンになるんだ。ジジィにはそうしなければならなかった何かがあったんだろう。
だが、そんなバケモンでも足らなかったんだ。だから、俺に何かを託そうとしている。
俺はそれに応えたい。
出来ればジジィの目が黒いうちに。
「さて、約束の褒美じゃ。ラナ」
「はい」
そういや、そんな始まりだったな。
褒美か。どうせロクなもんじゃねぇだろうが、貰えるもんは貰っとく。
ジジィに呼ばれたラナは、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。
「これを」
「なんだ?これ」
「小僧。いや、我が息子よ。お主を、正式に儂の養子に入れる。と、言う書面よ」
息子?
養子?
「誰が?」
「お主じゃよ、オーカ。今よりお主の名は、オーカ•ドラゴリアじゃ」
…………は?
「貴方に本当の家族が出来たということです」
ラナがいつもでは考えられない程、優しい声音と表情で教えてくれた。
俺に、家族?
ジジィが、親父?
「そうじゃ。夢のない現実的な話をするのであれば、家名の無い者は騎士には成れんのじゃよ。じゃが、もう資格は手にした。後は本当にオーカ、お主次第じゃな」
騎士の、資格。
ジジィの、息子。
俺の名はオーカ•ドラゴリア。
ジジィの息子?
「マジか……」
「なんじゃその反応は!喜ぶところじゃろ!『ありがとうゼル爺ちゃん!大好き!』じゃろ!」
「貴様、ゼルバトス様の善意を無碍にするか。やっと皮の剥けたイチモツの穴を増やされたい様ですね」
老人が唾を飛ばして叫び狂うなよ。そんな奴が俺の親父かよ。そんでそこにいるメイドがこんな残念な奴って。つくづく俺は救われねぇな。
だが、悪くねぇ
「アリガトウゼルジイチャン。キライデハネェゾ。ツイデニ、ソコノエロクソサイコメイドモナ」
「「…………」」
一瞬だけ、時が止まったように、ジジィとラナの動きが固まった。
「お、っふ。ぬふふ。もう一回言ってくれんかの?今のは不意じゃったから脳内録音出来ておらんのじゃ。な?オーカ!もう一回じゃ!」
「ゼルバトス様。今の棒読みでよろしかったのですか?やはりこの童貞舐めています。舐めどころを間違っています」
まぁ、何はともあれ俺に家族か。
こんな変人達でも、大事にしてやるか。




