第三十七話 怪我の功名
「死にましたか?」
身体に力がまるで入らねぇ。
自分でも信じられない量の血を流しすぎてる。
身体中小さい穴が空きまくって、なんで生きてんのか自分でも不思議なくらいだ。
でも、まだ死ねねぇんだよ。
だが、言葉を返すことさえ出来ねぇ。
立たねぇと。今立ち上がらないとマジでやべぇ。
動け動け動け動け動け。
ふざけんな俺。立てよこの野郎。
「まだギリギリ生きてるみたいですね。それでも、いよいよ気力だけで、どうにかなるレベルの傷ではなくなった、という事ですか」
うるせぇ。
耳だけはしっかりと聞こえやがる。
体が動かねぇわ、血を流しすぎて目は霞むわ、感覚もそろそろなくなってきやがった。
このまま寝てるわけにはいかない。
パルは今、頑張ってクソ兄貴と戦ってんだろうな。だけど、アイツ気持ち悪りぃくらい優しいからな。ちゃんとシメるとこシメてやらねぇと、またハメられちまわねぇかな。
ミラは元気してっかな。アイツは無駄に明るいけど、人一倍周りに気を使う奴だから疲れてねぇかな。あ、アイツのサンドイッチまた食いてぇな。
って、なんで俺は今、こんなやべぇ状況なのにそんなこと考えてんだ。
クソ。
思考すら覚束なくなってきやがった。
「口ではなんと言っていても所詮、毛も生え揃ってない童貞ですか。スラム上がりの貴方が騎士になる?後の皇となる皇子を支える為に?貴方みたいな小汚い毛ジラミの様な存在が?ふっ。滑稽すぎて笑えますね」
あ?
「安心なさい。その皇子も貴方の様なクラミジアと、兄弟ごっこをするほど矮小な童貞ならば、皇になどなれないでしょうからね」
ラナが口を閉じた瞬間、何かが切れた音が確かに聞こえた。
ぶっ殺してやる。
体力でも気力でも立てねぇなら、俺にはまだ使っていない力があんだろ。
死ぬ気でコイツだけはぶん殴ってやる。
身体中から”魔力”が溢れ、傷という傷を自分の魔力で蹂躙していくのを感じる。
今まで痛みとゆう感覚も消え失せていたが、馬鹿みてぇに体中の痛みが復活しやがった。
だが、関係ねぇ。
ゆっくりと地面に手をつき、膝を立て、体を持ち上げる。立ち上がり、ラナのツラを睨み付けると、目は霞んだままで表情が分からねぇ。だが、さぞムカつくツラしてんだろうな。
血を流しすぎたせいか頭は異常なほどにクレバーで、その傷だらけな体のおかげで均等な魔力を身体中に纏えた。
“魔力纒身”
今まで全く進展しなかったジジィの魔力訓練第三段階の完成形。
出力は体感で20%程か。
血が沸騰しているかの如く、傷口から溢れ出してたものの、魔力纒身によって体中に魔力を纏う事により止血出来た。
怪我の功名ってやつか。
どこまでもふざけた状況だなおい。
血が止められたにしても、今まで流した血液が戻ってくることはねぇ。
いつ身体にまた限界がくるかも分からねぇ。
となりゃ、さっさとぶっ殺すに限る。
取る行動は一つ。
突貫
強く、とにかく強く地面を踏みしめ、弾丸の如く飛び出した。
蹴り出した足元の地面は抉れて、飛び出した後の視界は幾何学的な線と化している。
いつもなら、そんないきなりの突飛したスピード、パワーに脳がついていけるはずがない。
だが、俺はそれに対応出来た。
理由ははっきりしている。
要因としては二つ。
一つは、やはり血の流しすぎ。その為、脳みそが必要最低限の情報以外を完全にシャットアウトしているんだろうな。
二つ目は、ただの憤怒。ラナの行き過ぎた挑発にキレていただけ。だが、決してラナに怒ったわけではない。自分に対してだ。
そんなふざけた事を言わせた自分に、はらわたが煮えくりかえり蒸発させる程ムカついた。
しかし、こんなめちゃくちゃな速さで動いてるはずなのに、こんな思考が出来る余裕がある。
なんでかは分かんねぇが、この感覚は絶対に忘れちゃいけない。
だが、とにかく必ず一発キメる。
それだけの明確かつ明瞭な目的に、身体が最適解の行動に移した。
直線的にラナの懐へ入り腹部へ渾身の一撃を見舞いにいく。
「なっ」
急激な俺の変化にラナは一瞬硬直させやがった。にしても流石か、すぐさま迎撃態勢を整えやがる。
だがな。それはフェイクだ。
何度も俺の癖で出ては、再三ラナに注意を受けていたスラム時代必殺の形。今までは中途半端なフェイクで、ラナ曰く、武術を嗜むものであれば、見え透きすぎて、カウンターを確定でもらうと指摘されていたもの。
だが、これは少し違ぇぞ。
今の俺のスピード、そして約20%の魔力纒身で、纏った魔力が圧力となり、お前からすれば暴風に感じるだろ。
この強烈な勢いの突貫で、一瞬反応の遅れたラナの体制を崩すことが出来た。
更に腹部へ右拳で撃ち抜くフェイントを入れて背後へ回り全く予期せぬ後頭部に右足を、振り抜いた。
蹴り飛ばした感覚すら感じない程のクリーンヒットだ馬鹿野郎。
馬鹿みてぇな勢いで吹き飛んだラナは二度のバウンドの末、壁に背中から貼り付けられる格好になった。
ざまぁみやがれ…………
って、おいおいマジかよ。
ガラガラと音を立てて、めり込んだ壁から出て服の埃を払いながら歩いてきやがる。
だが……なんだ?殺気をもう感じない。
ラナは立ち止まり、息を一つ吐くとエボルシオンを解いた。
そして
「チッ、不覚にも毛も生え揃ってない童貞相手に濡れてしまいましたか」
ラナのその言葉を最後に、目の前が真っ白になった。




