第三十六話 本気の殺気
地獄かよ。
あのGBFから三ヶ月が経った。
俺が毎日修行しているこの地下は風が無く、ただただ茹だるような暑さだけが、この広い空間を満たしている。
俺は今、この暑さの中もがいていた。
「殺す気、か?」
「場合によってはそうなりますね」
おいおい。どういう事だ。
毎日毎日毎日毎日……
クソエロメイドにぶちのめされては、卑猥に罵倒され、青タンと心の傷を負い続けている。
ゼルとの魔法訓練は三段階ある内の最終段階までいったものの、なんら戦闘に活かせるものはなく、モチベーションは限りなく低かった。
控えめに言って完全に煮詰まっていた。
そこへ来て今日。
「穏やかじゃねぇな。めんどくさくなっちまったか?」
「そうですね。毎度、下手で自己満な愛撫をされては、こちらとしてもたまりませんから。さっさとイカせてあげますよ」
自嘲げにそう言った俺を、ラナは冷たく切って捨てるように言った。
今日はスタートからおかしかった。
ラナの機嫌がやけに悪いのか、打ち込みに容赦が無かった。
いつもなら、しばらく俺の攻撃を躱しながら一通り動きを見て、その後一撃入れて注意していた。
だが、今日は俺の動きを見るわけでもなく攻撃してくる。しかも急所を狙って。
「ここまで言わせて来ないのなら、本当に死にますよ?」
ラナがそう呟くと、ラナの姿がブレて消えた。
と、思った矢先、身を低く屈めたラナが既に目の前にいた。
「くっ」
俺の腹を目掛けて飛んできた右拳を左手で払い、距離を置く。
だが、すかさずラナは突っ込んでくる。
「くそったれ」
このままじゃマジでやられちまう。
体勢を低くして両腕を顔と体の前に構える。
まずは一撃防いで、ラナの動きを一瞬でも止める。
「ぐっ」
どんな馬鹿力だよおい。
インパクトの瞬間に両腕を弾かれた。
だが、止めた。
まだラナが俺を殴った体勢でいるうちに、前蹴りをラナの腹部にいれた。
「だからぬるいと言ってるのです」
「なっ」
ラナの攻撃を受け止めた瞬間の前蹴りだからか、威力が弱かった。そのままラナに足を掴まれ投げ飛ばされる。
「貴方、もうダメですね。このまま続けても何も変わらないでしょう」
「ふ、ざけんな」
立ち上がり呼吸を整えながらラナを睨みつける。
「それはこちらのセリフです。貴方を見ているとイライラするんですよ」
「はっ、そんな短気じゃジジィもしんどいだろうな」
「貴様がゼルバトス様を語るんじゃない!アクス!」
〝は、はい〟
ジジィを引き合いに出した途端ラナがキレた。そして、アクスと呼ばれた背中に夥しい数の棘を持った小動物のガディが顕現した。
「すぐに精子に戻して上げますよ。アクス、”エボルシオン”」
〝は、はい〟
エボルシオンだと?
いつの間にか、ラナの両手に装着された無骨なガントレットに、アクスが光の粒子となり吸い込まれる。直後、ラナの両手が強く発光する。
光が収まると無骨な黒いガントレットは、緑色の鈍い輝きを放つ、肘まで覆う刺々しいガントレットに変わった。
エボルシオン
ガディとの信頼度を高め、研鑽を積み重ねると自身の持つアーティファクトにガディを宿すことが出来る。
エボルシオンをすると、ガディの固有能力を受け継いだアーティファクトとなり、性能が爆発的に上がる。だったか。
そのエボルシオンはガディとアーティファクトを持つ人族みんなが出来るわけでは無く、一握りの選ばれた人族にしか出来ないってジジィが言ってたな。
コイツ、クソエロメイドの癖にどんだけ強ぇんだよ。
「もう我慢の限界です。さっさとイカせて上げますよ。童貞野郎」
マジで殺る気だ。
本物の殺気を放ち、構えるラナを見て全身の毛穴から汗が噴き出した。
その時、考える前に体が動いた。
動き始めて気付いた。
これはダメだ、と。
流れるように、体が覚えている動きを自然に実行している。
突撃、敵の目の前でフェイント、背後に回り、殺る。
この動きは俺の癖の様なもので、追い込まれたり、がむしゃらになると出てしまう動き。ラナには今まで何十回、何百回も止められているのだが、本物の殺気に当てられ、つい出てしまった。
今まではこれでよかった。
この動きについてこれるやつなんかいなかったからだ。
だが
「しつこい」
エロメイドは振り返ながら俺の姿を見る事もなく右腕を背後に振った。
「んぐっ」
ドンピシャ。
タイミング、当てる場所、全てが適切だった。
俺は棘まみれのラナの右腕に右脇腹を打たれ、また吹っ飛んだ。
強烈。
まるで、鬼の持つ金棒のフルスイングを食らったかの様な衝撃。
右脇腹は無数の小穴から血が絶えず流れ出てくる。
「一発で、この、ダメージかよ。さすがに何発もくらえねぇな」
「意思ある針」
俺が立ち上がった瞬間、俺との距離が離れているのにもかかわらず、エロメイドが腕を振るった。
すると、無数の棘の弾丸が俺に押し寄せる。
なんとか横っ飛びで棘の弾丸を躱すと、そこに待ち受けていたようにエロメイドが構えていた。
「一発二発でお終いでは、私のような淑女は満足しませんよ。最期くらい私を悦ばせてみなさい」
「この、クソエロサイコが」
吹き飛ぶ。
一発目とは比較にならない衝撃。
上半身を蹂躙する、痛みと熱。血液も止めどなく流れやがる。
俺マジで死ぬ、のか。
いや
「ふざけんな。こんなところで死ねるかよ」
気合いと根性でなんとか立ち上がる。
アイツも今死ぬ気で頑張ってんだろ。兄貴の俺がこんなところでくたばってらんねぇ。
「まだ楽しめそうですね。最後の一滴まで搾り取ってアゲます」
「その前にお前をイカせてやるよ。クソエロサイコ」
「ヤってみなさい!童貞野郎!」
あれから十分くらい経ったか。
俺は自分で作った血溜まりの中で倒れていた。




