第三十三話 失敗の挽回
※パロマ視点
「ご健闘をお祈りしております」
「ありがとう」
少し引きつったお顔ではありますが、ご覚悟をお決めになられたのですね。
流石は殿下でございます。
ただ、パルキア殿下はこの縁談で首を縦に振ることはないでしょう。
それでも、『貴方とは結婚できません』では終わらせないでしょう。何かしら良い方向に事を導き、結果を出すのです。
パルキア殿下とは、そうゆうお方であると、私は強く信じております。
さて、私も自分の職務を全うしましょう。
殿下が縁談を戦っている間に、私は殿下の自室をお掃除してしまいます。
殿下のお部屋の扉を開けると、駄々をこねていたベッド以外は綺麗なままでした。
殿下のお部屋は基本的にいつも綺麗です。なので私の侍女としての仕事は限りなく少ない。ですが綺麗でも、それ以上に綺麗にする様に毎日同じように部屋の隅々まで掃除をします。
「さて、と……っ!」
「あの時はよくも、しくじってくれたな。パロマ」
「ガル、シア殿下っ」
いつの間にかベッドに腰を掛けるガルシア殿下。
一体何処から?
この部屋に入る扉は私のすぐ背後。窓からなど入って来たとしても、ベッドに腰掛けるまでに既に見つけているはず。
まるで、あたかも最初からベッドに腰掛けた体勢で私を見ていたかの様な。
「お前の失敗のせいで、俺がどんな気持ちになったか分かるか?」
知らない。
だけど、そんなものたかが知れている。皇から軽い叱咤を受けたくらいの事でしょう。
まぁ、今では死ぬはずだった弟の猛追にストレスが溜まっている事でしょうがね。
そんなことよりも
「まぁいい。俺がここに来たのは、こんな話をする為じゃない」
来た。
ガルシア殿下が態々自身でこのような場所に来る理由。
更には、用があるのはこの状況では間違いなく私。
要件を察することは難しくない。
「してパロマ。久しぶりの再会だというのに冷たくないか?」
何を今更。
「いえ、あまりにも驚いてしまい声にもならなかったのです。申し訳ありません」
「そうか。久しぶりと言えばパロマ。お前家族とは会えているのか?」
家族、ね。
私はガルシア殿下に病の母を救われ、その恩返しの為、皇城に召し抱えられた。
その時はガルシア殿下の為ならば何でもしようと奮起していた。侍女の職務は勿論、今までに経験の無い礼儀作法、戦闘訓練、暗殺訓練、精神訓練までやらされた。
私は訓練の最中いつしか感情を持たなくなった。否、感情を凍らされてしまった。
そしてガルシア殿下から仰せられた任務が、パルキア殿下の諜報。
そして、長い諜報の末暗殺をも命じられた。
だが、私はその暗殺をあろう事か失敗してしまった。
殺される、と思った。
だけど、ガルシア殿下からの接触はおろか、私への暗殺もなかった。
私は切り替えた。このまま諜報を続けろという意味だろうと。
そんな折にパルキア殿下のガディ、リーシャ様にあの日の晩の事を問い詰められた。
知っていたのだ。あの日スラムの人間を率いていたのが私という事を。
それこそ、死んだと思った。
でも、それでいいと思った。
パルキア殿下はとても良い子でした。いや、善き人です。人に優しくある為に、強くなろうとする善き人。
感情を凍りつかせてしまった私でさえ、心温まる瞬間を与えてくれるお人。
私はこの人に殺されるならばそれでいいと思ってしまった。
だが、殺されなかった。
それどころかパルキア殿下は私に聞いた。『パロマは、僕の事、嫌い、かな?』と。
とても不安そうなお顔で恐る恐るといった表情で。
その時、私の感情は一気に溶けた。溶けた氷は瞳から涙に変わって、止まる事なく流れ続けた。
そしてパルキア殿下は
『もし、まだ僕の侍女を続けられるのなら、僕はパロマにお願いしたい』
そう続けた。
殺そうとした私にこんな言葉をくれた。
私を、そんな悪い人じゃ無いと、お怒りになられたリーシャ様から庇って下さった。
その時、心に決めた。
私の皇はこのお方だと。
「だんまり、か。嫌われたもんだな俺も。お前の母を救ってやった事を忘れたのか?」
ガルシア殿下は確かに私の母を救って下さった。だが、その事実は私や母の為ではなく、従順な諜報人が欲しかっただけと、既に私は理解していた。
だが、そんな事を口には出来ない。
「いえ、ガルシア殿下には最上の感謝をしております。ただ、会話の意図が見えずなんと答えたものか、と」
「素直に答えれば良いのだ。俺とお前の仲だろう?」
何が、俺とお前の仲ですか。
「はい。ありがとうございます」
「つまらんな。では要件を話そう。パロマ、前回の失態を挽回しろ」
やはり。
「ガルシア殿下。お言葉をお返しして大変申し訳ありませんが、私はパルキア殿下を殺せません」
「勘違いするな。あの愚弟を殺すわけではない。そうした場合、誰が引き金かバレてしまう。お前が殺すのは他だ」
「他、ですか」
「リッツカール第四王女。テイラー・クウェート・リッツカールだ」
なるほど。
「縁談が終わった後、晩餐までの間、個室で休むだろう。その間に氷の魔法で殺せ」
氷の魔法。パルキア殿下のよく使われる魔法という事ですか。つまり、第四王女を氷の魔法で私に殺させて、パルキア殿下に罪を被せるつもりか。
だがそんな事をしては
「お言葉ですが、確かにテイラー様をその方法で殺せば、パルキア殿下の失脚を狙えると思います。ですが、確実にリッツカールとの戦争になります」
「だからなんだ?」
歪んだ、禍々しい表情でそう言い放ったガルシア殿下に私は一瞬気圧された。
なんて人だ。
絶対にこの人だけは皇にしてはいけない。
そもそも私はもうパルキア殿下を裏切るつもりはない。
「ガルシア殿下。私は今やパルキア殿下の侍女です。パルキア殿下を貶める事は出来ません」
例え、それによりガルシア殿下の反感を買い、殺されたとしても。
「これを見てみろ」
ガルシア殿下が人の頭ほどの大きさの水晶を私に向かって投げて来た。
掴み取り水晶を覗くと、そこには私の母親が映っていた。
「こ、これは」
「元気になってよかったなぁ。だが、いつまでも元気でいられる保証はないと思わないか?」
コイツっ‼︎‼︎‼︎
「なぁ、パロマ。ゆっくり考える時間はない。だが、俺の命令はこれで最後と約束してやる」
怒りで沸騰した私の視界は真っ赤に染まった。




