第三十二話 英雄の憂鬱
〝覚えてない、ねぇ〟
縁談が終わり、自室に戻ってしばらくすると、リーシャがそう言った。
「なにさ」
〝いやいや、流石は天然の人たらしだなぁ、ってね〟
「なにそれどういう事」
〝だから、自分でも気付かないうちに人をオトしてるから記憶にないんだよ。それが女の子だけじゃないっていうんだから始末に負えないんだ〟
「だから意味がわからないってば」
〝はいはい。もういいですよ〟
そう言ってリーシャは紅茶に口をつける。
なんか腹立つな。
それにしても全く思い出せない。
あの時、帝国に入った後、同年代の子と遊んだ記憶が無い。話をするなんてテイラーさんに悪い印象を与えても、いい印象なんて与えるわけない。
「あぁ!もう分かんない!」
〝でもパル君。あの娘と仲違いしたらまずいでしょ?それなら謝った方がいいかもしれないよ。あの娘、割とへこんでたみたいだから〟
「え」
〝パル君が覚えていないリアクションをした時から、あの娘の落胆ぶりは見てて愉快だったよ〟
後ろを向いて背中しか見えてなかったから全然気が付かなかった。
リーシャは人や物を目で見るだけじゃなく、オーラや気配で感じ取る。だから人の感情や機微に目敏く反応する。
てゆうか本当に性格の悪い蛇だな。
「でも今から謝りに行った方が迷惑じゃないかな?」
〝いや、あの娘は喜ぶよ間違いなく〟
「なんでそうい言い切れるのさ」
〝いや、行きたくないなら別にいいと思うよ。でも、その後たまたますぐに戦争とか起きても勝手にへこまないでね〟
「え」
〝パル君のことだから、そんな事があったら絶対『あぁ。僕のせいだ。あの時、僕が……』とか言い出すでしょ〟
「うぅ。でもぉ。迷惑にならないとも限らないし、でも、でも……どうしよ」
〝紅茶のおかわりいただきまーす〟
流石にリーシャは僕の事を分かってるんだな。
確かに万が一そうなった場合、まず間違いなく自分を責める。
責めるっていうか僕のせいだし。
今この時に謝りに行く選択をしてればそうはならなかったんだろうから。
「よしっ!やっぱり行こう!謝るだけだ!……で、でも謝ってどうするんだろ」
〝ズズ。あぁ。ロイヤルミルクティ最高〟
謝った後どうするんだろ。
そもそも向こうが謝ってほしいって決まったわけじゃない。もし、リーシャと僕の早とちりだったとしたら、めちゃくちゃ寒い結果になる。
どうしよう…………
行った方が本当にいいのか?
行かない方がいい気がしてきた…………
「いや、やっぱりやめよう。行かない。謝りに行って余計に空気悪くなったら堪らないもんな……でも、本当にその後戦争とか起きたら……」
〝そんなに、ウロウロして悩んだ挙句、まだ決まりきらないのかい〟
謝らない選択をするだけで戦争の責任を丸々負ってしまうこの状況って一体なんなの?
かと言って行くのも……
いや、でも……
だぁ!もう考えても仕方ないな!
「よし行こう!もう行く!考えてても仕方ない!そうだよね!行く!」
〝行こう。急ぐよ〟
「え、あ、うん。どうしたの急に」
〝時間ないからざっと説明すると、あの娘狙われてるね。しかも、またアイツだ〟
「な!」
〝行こう。パル君〟
そう言ってリーシャが僕の肩に乗る。
今は考えてる場合じゃない。
とにかく急ぐ。
「“ウィンドインテグレーション”」
風の中級魔法、ウィンドインテグレーション。風の高速移動魔法。
僕はリーシャがガディになった時から詠唱が不要になり、魔法名を呟くだけで魔法を行使できる様になった。
というのも僕が魔法のイメージをして、リーシャが細かい構築をしてくれるおかげなんだけどね。これはこれで慣れるまでかなり時間がかかった。
だけどやっといてよかった。
これなら五秒も掛からないでテイラーの元へ辿り着ける。
着いた。
扉を開けるとテイラーが驚愕の表情で僕を見ている。
よかった間に合った。
いや、まずい!
「う、そ。パルキア、様」
〝ダメだ!パル君!〟
気付けば体が動いていた。
まだ、ウィンドインテグレーションが掛かっている状態だったのが功を奏した。
まぁ、でもそんなこと考えてる場合でもないんだけどね。
身体がカッチコチに凍ってしまっている。
指一つ動かせないし呼吸も出来ない。何も聞こえない。でも、目は動く。意味はないけど。
この状態で僕が落ち着いていられる理由はただ一つ。
信頼している相棒がいるから。
高い所からガラスを硬い地面に叩きつけた様な音を上げるのと同時に、僕の身体に自由が取り戻る。
〝また、無茶するんだから〟
「ありがとう。リーシャ。テイラーさん、お怪我の方はありませんか?」
「あ、は、ぃ」
「よかった」
〝そんなことよりも〟
間に合って本当によかった。
もし間に合わなかったとしたら大変な事になっていた。下手をしたら人族の壊滅的戦争が起きてもおかしくなかった。
そんな事を考えていると、リーシャが魔法の発生源と思われる壁を調べ始めた。
〝ここだね。“ウィンドブレード”〟
そう言って壁を、部屋の扉程の大きさに風の刃でくり抜いた。
そこにいたのは勿論、魔法の術者。
「なんで、パロマ」
僕の侍女パロマだった。




