第二十一話 祖父の温もり
「その時、パルキア殿下はガディを顕現なされ、お主らの窮地を救ったというわけじゃよ」
「すげぇな。それで?なんで俺はアイツらともう会えないんだ?」
俺は俺が気を失った後の説明をジジィが知る限り聞いた。
パルキアがガディを出して、俺達以外を全部凍らせたって言う冗談みたいな話なんかよりも、その答えが聞きたかった。
「パルキア殿下はくどいようだが皇子じゃ。こうなった以上、外に出すわけにいかん事くらい分かるじゃろ?」
「暗殺、か」
「うむ。正直そんなこと関係なく勝手に外出なんぞ本来出来んはずなんじゃがな」
表向きには暗殺などの危険からパルを守る為に外出させないという事にする。
だが実際は
「それを指示した黒幕がアイツの本当の兄貴でも、か?」
「あぁ。そうじゃ。俄かに今でも信じられんが、ラチュという輩が本当にそう言ったのじゃな?」
「あぁ。嘘を言っている感じもしなかった。悪意はたっぷり含んでいたがな」
あの感じは嘘じゃねぇ。あそこで薄っぺらい嘘を持って来るほどラチュは間抜けでもねぇし、アレは事実だ。少なくともラチュはそう思ってる。
「そうであれば、余計にパルキア殿下を外出させたくあるまい」
「じゃあどうしろっつうんだよ!このまま黙ってパルキアを見殺しにすんのか!?」
「落ち着け。そうならぬよう儂も最善は尽くす。それに、パルキア殿下には心強いガディが居られる」
その為にジジィが動いてしまったら今までの四年間の任務はどうなる。ボケた演技まで晒して。全部台無しじゃねぇか。
それを口に出せずにいる俺はクソ野郎だ。出来るのであれば俺がアイツを守ってやりたい。だが、実際には力不足も甚だしい。偉そうに護身術なんて教えてた俺を殺してやりたくなる程に。
「パルは大丈夫なんだな」
「あぁ。任せておきなさい」
情けねぇ。
何も出来ない自分がこうまで情けないなんて。
「ミラは?」
「うむ。親御さんがな、お主とパルキアにはもう二度と会わせないと。お主らと出会わなければこんな危険な目にはそう何度も合わなかったと」
「はっ。そうかよ。それにしてもパルキア殿下に随分な言い方だな」
初めてミラと会った時の事件も俺達がいたから起きたってか?
クソが。
だが、あの時まともに説明しなかったのは俺達なんだ。仕方ないといえば仕方ねぇのか。
「無論、皇族はパルキア殿下の身元を隠しておる。ついでに主の身元も隠してくれとるがの」
「そうか」
なんにせよもうこれで俺はアイツらと会うことが出来なくなったわけだ。
失うのって簡単だな。いつかジジィも居なくなんのかな。
所詮俺はどこに行っても“孤狼の疫病神”ってか?
「大丈夫か?オーカ」
「悪りぃが、一人にしてくれねぇか?」
「……分かった。もうじき夕飯じゃ。後で粥を持ってこよう」
俺はジジィに応えず、天井を見上げた。ジジィは何も言わず静かに扉から出て行った。
さて、これからどうする。
アイツらとはもう会えない。これは割り切って理解した方がいいのか。簡単に出来るもんではないが忘れてやった方がアイツらの為なのかもしれない。
……そうだ。外に出よう。シカク、ひいてはスクエラの外にでも。そうすればジジィにこれ以上迷惑をかけることもない。
特にどこに行くと決める必要もないが、この前パルキアに聞いた迷宮都市ってところをとりあえずの目指そう。
あそこは実力至上主義っていう、身分も生まれも関係なく、強く賢い奴が金を持てる、俺にとって願っても無い所だ。
だが、今すぐに出るのはこの身体じゃ無理そうだ。だからあと二日三日大人しくして外に出るか。それくらいあれば俺なら問題なく動けるだろ。
ここを出たら今までの出会いの全てを忘れよう。……そして一人でまた生きていく。その方が楽だ。
もう繋がりなんかいらない。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
あれから一週間俺は部屋から一歩も出ていない。思った以上に身体の中がぐちゃぐちゃになってたらしい。昨日ようやく歩けるようになった。それから今日一日様子を見た。
体調は完璧。とまではいかないが痛みを我慢すればある程度動けるようになった。
これで、ここともおさらばだ。
クソ変態メイドとも、もう会うことはないだろう。会いたくもねぇが。
ジジィには結局世話になりっぱなしだったな。
いい奴だった。俺が出会った大人の中で誰よりも。孫とまた会えるといいな。今だけは俺も願っておいてやる。
シカクを出たら綺麗、さっぱり全て忘れよう。
今までの事も、パルキアも、ミラも。
その晩、俺はドラゴリア邸を自室の窓から出発した。ベッドを綺麗にして、静かに掃除をして、俺がいた痕跡の一切を消した。
街をわき目も振らず歩いた。貴族街と平民街の境にある関所まで。
俺は一人ならここを誰にも見られずに通る事が出来る。
ここを出たらシカク外に出る門だが、あれは誰にも見られずに突破することは不可能。いつでも厳重に監視されている。
だから、久々に使う北西の防壁にある隠し穴。
見えた。穴の目印の木が見えた時にあることに気づいた。
なんで俺走ってんだ?自分でも気付かぬ間に痛む身体に鞭を打って走っていた。
別に何かから逃げてるわけでもないのにバカバカしい。変な癖でもついちまってたのかな。
そう思い目印の木の根元に辿り着いた時
「お主も懲りんのぉ」
背後から声を掛けられた。とてもよく知る声音と口調で。驚いて振り向けず黙り込んだ。
「つい最近痛い目を見たばかりじゃろうて」
優しく温かい嗄れた老人の声。こんな俺を心から心配してくれる唯一の大人。
「悪戯が見つかった童が驚いて声も出ぬか?こりゃ仕置が必要かの」
「なんでこんな所にいるんだよ」
つい口をついて振り向かずにそう聞いてしまった
「ほっほっほ。何を馬鹿な事を聞く。儂のいつもの日課じゃろうて」
「嘘つくな!こんなとこいつも歩かねぇだろ!」
第一もう既にそんな演技する必要も無いだろう。
「別に儂が何処を歩こうが構うまい。それでお主は何故ここにおる?」
「もう、あんたには関係ない」
「戯け!関係ない事なかろうが!」
初めてジジィの荒ぶった言葉を聞いた。どんな顔をして言ってるのかは分からない。後ろを振り向けない俺には。
「小僧。当ててやろうか?逃げたいんじゃろ?殿下とミラを取り上げられて拗ねてしまったんじゃろ?それでまた一人になろうとしておるんじゃ。最初から一人であるならば失うものは無いからのう」
はっ。ここまで図星を突かれると何も言えなくなる。これが老人の経験値かよ。だが、俺の論理に間違いはない。最初から持たなければ失わない。それなら何も持たない方がいい。
「オーカよ、悲しい事をするでない。残された儂らはどうしたらいい。ここを出て行ったと知ったら殿下は?ミラちゃんは?さぞ悲しまれるじゃろうな」
は?
言ってる意味がよく分からず俺はここで初めて振り向いた。
「何を言ってんだ?もう会えないと言ったのはアンタだろ」
「お主いつかの晩に言うたじゃろ。パルキア
を絶対に失いたくない、と。その割に諦めるのが早くないかの?」
「うるせぇよ。所詮、俺は孤狼の疫病神だ」
「やはりまだ餓鬼じゃのう」
「あ?」
「拗ねてる暇なんぞないじゃろ!今お主がやるべき事とは何か自身で考えてみろ!」
やるべき事、だと。
「自分の何が至らなかった?何のせいで今お主は拗ねておる?そしてそれを加味して、今お主が取る最善手はなんじゃ?」
俺は負けた。
故に失った。
パルキアとミラ。
何で負けた?
弱かったかからだ。
あの時ラチュ達相手に俺一人で苦もなく片付ける事が出来たのであれば、アイツらを失うことはなかった。
俺が取る最善手。
強くならなければならない。
誰も失わないように。
守れるように。
パルキアとミラを。
そして、パルキアとミラが大切にしているものも守れるように。
そして、強くなってアイツらに謝るんだ。弱くて悪かったと。守れなくてごめんなって。でも、もうお前らに危ない思いはさせないくらいの力を得たと。
胸張って言ってやるんだ。
お前らを失いたくないって。
「守る為の力を手に入れてやる。パルが守りてぇこの国も、ミラの守りてぇ家族も全部守り抜いて。ジジィ、アンタすら守れるくらいの力を手に入れてやる。だから手を貸してくれ…………ゼル爺ちゃん」
「……見事」
ジジィは短く俺の答えを肯定してくれた。
拗ねてジジィに当たりすぎたと思って言った爺ちゃん発言は、自分でもびっくりするくらい顔を熱くさせた。
だが、悪い気はしない。実際、本当の爺ちゃんみたいなもんだからな。
ジジィも照れてんのか、後ろを向いて
「都合のいい時ばかり爺ちゃん呼ばわりか、小僧め。帰るぞ」
そう言って見えたゼルの頬には、一筋の雫が走っていた。




