第一話 必然な偶然
木漏れ日に身体を晒しながら、転がる屍の剥ぎ取りを黙々と続ける。毎日毎日その日の飯を食う為休まずに。
だが今日はいつもと違った。
「やっぱりすごいや。僕の好きな絵本の勇者様みたいだよ。沢山の魔物と一人で戦って傷一つ作らないなんて!僕もそんな風になれるかな?」
一人で静かに、言い換えれば孤独が当たり前だった俺は作業中に一人喋り続けるパルキアに辟易していた。
「君はいいね。強いし、自由だし、やるべき事をきちんとやっている」
帰路に着くとパルキアは先ほどとは打って変わって神妙に語り始めた。度々思うがこいつは何か俺の事を勘違いしている節がある。面倒だから下手に訂正はしないが。
「僕なんてダメダメだ。やらなきゃいけない事から逃げてばかりで、やりたい事なんてないし、友達だって一人もいない。だから今日はすごく楽しかったんだ」
恐らく、というより確実に貴族の子である筈だが友達一人いないのか。ここまで砕けて話せる奴なのに、何か著しい欠点でも抱えているのか。
だが、正直悪い思いは俺もしていなかったのも事実だな。ここまで人に関わられたのは初めてだったからか、鬱陶しいが不思議な気持ちだ。
「良かったな」
「だからそろそろ名前を教えて欲しいなぁ」
しつこいな。
「俺に名前がないのは本当だ。周りには“孤狼の疫病神”なんて呼ばれてはいるけどな。自分の名前は知らねぇんだ。気付いたら親なんていなかったからな」
俺がそう言うと、パルキアはキョトンとした顔で俺を見た。
まぁ、この年で俺に親がいないことの意味が分からないんだろ。
俺も知らないが、今考えてみれば殺されたか捨てられたかの二択だな。
「ころー?」
そっちかよ。
「孤独な狼って意味だろうな」
「なんか、かっこいいね!じゃあ君も友達がいないの?」
かっこいい、か。
「あぁ」
「じゃあ僕が初めての友達だね!僕も君が初めての友達だ!」
友達、か。
俺には分不相応なものな気がしてならねぇな。屈託無ぇ満面の笑み浮かべやがって。
断るに断れねぇじゃねぇか。
俺たちはそのまましばらく歩き続け、魔物との接敵を二回程こなしたあたりで皇都に着いた。
「これからどうするの?」
穴をくぐり皇都内に入ったところで、パルキアが俺の顔を覗き込んで聞いてくる。
俺は腰袋を叩き
「こいつを換金しに行く」
そう言うとパルキアは目を輝かせ
「ギルド!?やっぱり冒険者なんだね?!」
やはりこいつは色々な勘違いをしている。
このまま接し続けるのであれば、このまま放っておいた方がいいのだろう。
だが、ここまで無垢にくっついてきたコイツには極力偽りたくはないな。
「ちげーよ。俺はスラムの生まれだから冒険者にはなれねーんだ。だから冒険者にこれを売りに行くんだ」
スラム生まれの人間には戸籍がない。よって冒険者に登録することすら出来ないのである。
それを聞いたパルキアは途端に俯いて
「スラム、の生まれなんだ」
まぁ、そうなるだろうな。親にスラムの奴には近づくなと言われててもなんら不思議は無い。
「あぁ」
そう短く返すとパルキアは。
「やっぱり……君はすごいや」
「は?」
パルキアの意外な返答で俺は呆けた声を出してしまう。
「スラムの民は失うものが無い。だから努力をしない。平民、貴族、位や立場が高くなる者ほど失わないように努力をする。でも、革命を起こすのはいつだって何も持たない人間」
「なんだそれ」
「前にお父様に聞いたんだ!君さ!君の様な人が革命を起こすって事だよ!」
「……あ、そう」
思ってた返答とあまりにもかけ離れたものだったから、また呆けた返事をしてしまう。
とりあえずコイツは変わった奴って事にしておこう。
……まぁ、悪い気はしないが。
「それで、その冒険者さんはどこいるの?」
コイツ俺に付いてこようとしてるな。
「いや、そいつの所には俺一人で行く」
「どうして?」
やっぱり。
冒険者には冒険者のルールがある。
その中に、依頼を受けて別の冒険者にその依頼をこなさせる事を禁じるものがある。
だから俺がやってる事は本来ギルドからすればアウト。そんな事をさせる冒険者はロクな奴ではなく、事実クソ野郎共だ。
そんな奴等の前にパルキアを連れて行くのはトラブルが起きる気しかしない。
だから敢えて冷たく突き放すか。
「お前が来ると俺の商売の邪魔なんだよ」
これも実際本当。
そもそもガキの俺を使ってるのも”孤浪の疫病神”って言う実態を知っているから。だが、言ってしまえばただのガキなのも事実。そこにパルキアを連れて行けば見方も悪い方へと大分変わってしまう。
「僕が弱いから?」
「ま、そうゆう事だ」
「そっか」
短くそう返すとパルキアは目に見えて落ち込み俯いてしまった。
「また今度付き合えよ。俺も少し楽しかったしな」
そう言うと、また花の咲いた様な笑顔を見せ
「うん!じゃあまた明日!」
あ、明日なんだ。
「また会えたらな」
そう言って別れ、俺は集めた魔物の討伐部位を換金する為スラムへと戻った。
そしてある古びた小屋の前で俺は立ち止まり二つノックをする。そうすると中からしゃがれた声で短く返事が聞こえる。
「入れ」
その返事のまま扉を開けるといつも通りのテーブルと椅子しかない屋内に入る。
その椅子に掛けているのは、毛皮のベストを素肌に着て長ズボンにブーツを履いたモヒカン男。俺から見ても三流冒険者の出で立ちと思わせる雰囲気があった。
「よぉ、孤浪。毎日毎日ご苦労なこった。どうだ今日の調子は?」
ご機嫌な様子で挨拶をしてくるこいつはラチュ。俺が毎度取引している二人組の冒険者の片割れである。
コイツらはスラムの生まれだが裏ルートから平民の戸籍を入手して冒険者になった奴らだ。
いずれ、俺にもそのルートを紹介すると言っていたが、果たしてどうなのやら。
俺は返事をせずに一杯になった腰袋をテーブルの上に置きラチュが受け取る。
「相変わらずおめぇは無口で気味が悪りぃなぁ。おっ、今日も大漁じゃねぇか。」
ラチュが中身を確認して、自分の腰袋から数枚の銅貨をテーブルに放る。
「今日はこんなもんだな。また明日も頼むぜ。孤浪君よぉ」
俺はラチュの言葉に答えず、テーブルの銅貨を拾い、小屋を出ようとすると外から扉が開けられ男が入ってくる。
「あ?孤浪のガキも居たのか。つくづく今日はガキに気分を害される日だ」
そう言って脇に抱えた少女を、椅子に座るラチュの前に投げた。
「おいおいジトぉ。なんでガキ攫ってきてんだ?」
「こいつを拾ってよ」
ジトはそう言って金色の髪飾りを見せる。
「金になりそうだと思って、売りに行こうと思ったらこのガキに絡まれてな。あまりにもしつけぇから寝かして連れてきたんだ」
「バカか!連れてくる意味がねぇだろーが!」
「いや、このガキ“赤の雀亭”の一人娘だ。あの店は流行ってるからな。かなりの身代金になるぞ」
“赤の雀亭”
美味い、安い、早い。この三拍子でとても人気のある評判のいい食堂。その為、平民街にあった店を貴族街へと異例の移店を成したというシカクきっての有名店だ。
そしてたまたま出会った、そこの一人娘を攫ってきた、と。
ま、俺には知ったこっちゃねぇな。面倒ごとに巻き込まれる前に退散だ。
ジトとラチュのやり取りの最中に出口へ向かうと、襟首を強引に掴まれ後方へ派手にぶっ飛ぶ。
「どこ行くんだ?お前もこの話聞いたんなら途中で逃すわけにいかねぇだろ?なぁ。ラチュ」
「そりゃそうだ。だがこれからどうすんだよ」
クソが。
完全に巻き込まれた。このままこのバカ共に付き合い続けたら確実にロクなことにならねぇ。ここはとりあえずこの場から脱出だな。
「俺はお前らが何をしても誰に何を言うことはねぇ。これから俺は用がある。帰らせてもらうぞ」
立ち上がりジトにそう伝えると
「ダメだ。このまま帰すくらいなら殺す。疑わしきは殺せ。ってやつだ」
無茶苦茶だな。
コイツらとの付き合いもこれまでか。また別の仕事を探さなきゃならねぇな。
そう決めて、無理やりこの場から逃げ出す算段を考えていると、突然また扉が開いた。
「そ、そ、そそにょ子をか、返してくだしゃい!」
その場の全員が扉へ目を向ける。
そこにいたのは、さっきまで俺と一緒に居たパルキアだった。