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第十五話 狩りの意味

 真っ暗な狭い空間で小刻みに揺られながら、ジッとその時が来るのを待つこと二時間。


「今だっ」


 兄さんの合図で木箱から飛び出す。

 すると隣の大きな樽に入ってたミラちゃんも飛び出してきた。その表情は実に楽しそうだ。


 木箱と樽から飛び出した僕たちは、既に馬車の外で待つ兄さんの所まで一気に駆け出した。そのまま兄さん先導の元、森の茂みに身体を隠す。


「すごいドキドキしたけど上手くいったね」

「かくれんぼみたいで、すっごい楽しかった!」

「上手くいくのは当たり前だ。あの方法で何度も俺は外に出てんだからな」


 僕達は兄さんが提案した”行商人の荷物に紛れる作戦”を実行して、成功させていた。


「さて、こっからだな」

「ブラシープ!」

「そうだね。でもミラちゃん、ここにいる魔物はブラシープだけじゃないんだよ」


 シカク北部のこの森には確認されているだけで四種の魔物が存在する。だが主に出てくるのはゴブリンとブラシープという羊もどきのほぼ二種となる。


「そうは言っても、後はゴブリンくらいだろ」

「まぁそうなんだけど。ゴブリンを討伐するのって慣れないと、見てるだけでも気分のいいものではないよ」


 ゴブリンは最もポピュラーな魔物であり、冒険者の最初の試練だとも言われている。


 強さは大したことないのだが、人の子供のようなフォルムをしているから、討伐する時に躊躇してしまうらしい。


 誰だって人殺しはしたくないし、そんな疑似体験も御免だよ。


「そうか?ゴブリンも他の魔物も変わんねぇだろ?」

「兄さんはそうだろうけど、普通の人じゃそうはいかないんだよ。ましてや女の子なんだから」


 全く。

 兄さんはデリカシーのかけらもない。


「ミラは大丈夫だよ!料理する時ブラシープとかの血抜き手伝ったりしてるもん!」

「…………」

「じゃあ全く問題ねぇな」


 血抜きって、首を切り落として逆さ吊りにするアレだよね。アレを見てられるなら、確かに大丈夫そうだね。


 そうして、兄さんを先頭に森の中を進んでいくと、すぐに魔物が現れた。


「ハズレだな。」

「ゴブリン!!!気持ちわるーい!」


 数は4匹。と僕が思った間も無く、兄さんがゴブリンに向かっていくと、10秒もかからずに全滅させる。


 4匹とも綺麗に首を一裂きで絶命させられている。


「さ、次いくぞ」

「オーカかっこいい!パル見た!?」

「見たよ。本当に大丈夫そうだね」


 結構エゲツない狩り方だったと思うけど大丈夫みたいだ。

 兄さんは多分、わざと一番血が出る方法で殺したんだと思う。これを見ても大丈夫なら問題はない。


 でも、普通そう思っても本当にやるかね。さすが兄さんだよ。それを見てテンションが上がってるミラちゃんもミラちゃんだけど。


 そして、それからしばらくすると2匹のブラシープが現れた。


「来たね」

「オーカ!どーやんの!?」

「待ってろ」


 兄さんは先攻して、先ずは一匹のブラシープの首を刎ねた。


 さっきのゴブリンの時といい、つくづく思うが、兄さんの初動がいつも目で追えない。大概気付いたら、そこにいた兄さんが居なくなって、既に事を終わらせている。早すぎてどう動いているのか勉強にならない。


「ミラ」


 兄さんがミラちゃんを呼ぶと、持っていたナイフをミラちゃんの足元に投げ地面に刺す。


「俺が弱らせたらお前がトドメをさせ」

「うんっ!」


 兄さんの問いかけに、ミラちゃんは元気よく答えナイフを引き抜く。


 それを見た兄さんはブラシープの横っ腹を勢いよく振りかぶった右拳で撃ち抜いた。


「ミラ。いけるか?」

「うんっ」


 ブラシープは痛みに悶えているのか、口から体液を吐き散らかしながら立とうとするが、なかなか立てない。


 そんなブラシープにミラちゃんは右手にナイフを順手で握り込みゆっくり近づく。その表情はさっきとは打って変わって真剣そのもの。恐怖とやる気の鬩ぎ合った真面目な顔だ。


 そして立つに立てないブラシープの目の前まで来ると、


「ていっ!」


 気合いの入った可愛らしい声を上げ、目を瞑って振り下ろされたナイフはブラシープの首に見事直撃。ただ、女の子の力で首を切り落とせるわけもなく、刃が首に当たっているだけだった。


「ダメだな」


 兄さんがそう言ってブラシープに近づくと、左手でブラシープの頭部を掴み引き寄せる。そしてミラちゃんの右手をナイフごと兄さんが握ると、


「こうだ」


 ミラちゃんを見てそう言うと、そのまま一思いにブラシープの首を切り落とした。


「力が無いなら頭を使え。そうすりゃなんでもどうにかなる」

「……う、うん」

「ミラちゃん大丈夫?」


 兄さんは気付いてて敢えて言わないんだろう。


 ミラちゃんは怯えている。


 生を刈り取った事への罪悪感か背徳感か後悔か。

 具体的にミラちゃんがどう思っているかは分からないけど、明らかに精神的ダメージを負っている。


 もう引き返したほうがいい。


「大丈夫。もう一回だけやらせて」

「いやいや!もうやめておいたほうがいいよ。ブラシープも兄さんに手伝ってもらったとはいえミラちゃんが狩ったんだ。これ以上は――」

「分かった。でもミラ、少し休憩だ」

「――え、兄さん?」

「うん。ありがと。パルも、ありがと」


 そうして少し歩いて、開けた場所で少し休むことになった。


 木に背を預けてミラちゃんは座っている。だが、顔色が良くない気がする。


「なんであんな事を言ったのさ?無理をさせるだけじゃないか」

「俺はそうは思わない」


 少し離れたところで兄さんに話を切り出す。


「……いや、ダメだよ。明らかに怯えてるじゃないか、このままだとミラちゃんの心に傷が残っちゃうよ」


 兄さんだって見てたじゃないか。

 明らかに怯えてる。どんな考えがあるのかは分からないけど、今回は頷けない。


「兄さん、帰ろう。無理さ――」

「お前ならわかると思うけどな」

「――え?」

「この前のお前と同じだ」


 どういうこと?

 ますます分からない。


「……ミラが無理する理由だ。お前は俺が当たり前に出来る事を”すごい”と言ったよな?」


 いつかの夕方に、兄さんにボコボコにされた時か。


「うん」

「それは自分に出来ない事を、出来ることが羨ましい。欲を言えば自分も出来るようになりたいわけだ」


 その通りだ。


 兄さんには僕が欲しかったもの、やりたかった事が出来ていた。自分とそこまで年が変わらないにも関わらず。


 とても尊敬出来るし目標にもなった。出来ない僕自身に劣等感すら抱いていた。


「まだ気付かないか?じゃあ魔物を狩れる俺や勉強が出来るお前。ましてや戦い方を俺に教わり強くなろうとしているお前を見てミラはどう思う?」

「あっ……」

「そういうことだ」


 友達が自分より優れていて、更に先に進もうとしていたら。


 僕なら、劣等感を抱いて置いてかれると焦る。

 そして追い付こうと必死になると思う。まさかミラちゃんがそんな風に思っていたなんて。


 ても、


「でもミラちゃんは女の子だから」

「それで納得出来んのか?」


 しない、よね。

 そんなことで大切な友達に置いてかれる方が僕なら問題だ。


「じゃあ、それを否定し続けミラが俺達のいないところで隠れて行動したら?」

「そんなっ!?」

「……ん?」


 つい大きな声を出してしまった。ミラちゃんが此方を見ている。


「俺は自分の知らないうちにミラやお前が傷付くのは許せない。ま、俺の思い過ごしかもしれねぇがな。お前が言った通り、俺とお前が居ればミラに怪我なんて負わさねぇだろ?なら、やらせてみようぜ」


 兄さんはそう言って立ち上がり、ミラちゃんの方に歩いていく。

 僕もそんな風にミラちゃんを失ったら悔やみきれない。兄さんもミラちゃんも僕にとってかけがえのないものなんだから。


「パル!行くよー!」

「あっ!今行く!」


 また考え込んでたみたい。

 声をかけてきたミラちゃんは少しだけ顔色がマシになったのかな?



 ◆◇◆◇◆◇



 それからしばらく散策していると、ブラシープが一体茂みから出てきた。

 兄さんサクッとは先程と同じように弱らせる。


「ミラ、止めを刺せ」

「……うん」

「ミラちゃん」


 ミラちゃんはナイフを構えるが先程の出来事のせいか、竦んでナイフを持つ両手は震えている。


「メェェェェ!!!」


 手負いのブラシープが捨て身でミラちゃんに向かって突っ込んでいった。止めを刺すのを戸惑っている間に動けるようになったみたいだ。


「きゃ!」


 悲鳴と同時にブラシープは兄さんによって首を蹴り折られて絶命していた。


「ミラ、これが命のやり取りだ。少し躊躇するだけで自分が危険に晒される。それだけ魔物を狩るのは危険なんだよ」

「……だって、だっ……てぇ」


 ミラちゃんは既に座り込み泣いていた。相当怖かったと思う。僕もブラシープが突っ込んでいった時は胆が冷えた。


「怖さが分かったならそれでいい」

「でも、ミラ、このまま――」

「大丈夫。今は出来なくても。僕だって兄さん見たいに出来ないしね。少しずつ追い付こ?ミラちゃんだって僕らが出来ない事をしてるんだよ?」


 ミラちゃんが泣くのをやめて僕の顔をみていた。


「毎日、お弁当を作ってくれてるじゃないか」

「でも、あれは……」

「そうだね、ミラちゃんには普通の事だよね?でも僕らには料理なんか全く出来ないよ。毎日あんなに美味しいもの作ってこれるのはすごい事だよ」

「本当に?」

「うん!兄さんなんか、まともに買い物すら出来ないし」

「なっ、買い物くらいもう出来るわっ!」

「へぇ〜、つい昨日僕があれだけ言ったのに、あんなトラブル起こしておいて?」

「あ、あれは……チッ」

「……ふふ」


 気が付けばミラちゃんは笑っていた。


「パルありがと!一緒に頑張ろうね!」


 良かった。なんとかフォロー出来たみたいだ。


「なら帰ろうか」

「あぁー腹へった」

「私作る!」


「久しぶりだなぁ。孤浪よぉ」


 帰ろうとした矢先、茂みから声が聞こえた。

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