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第十二話 公園から豪邸

 目が覚めた。


 今まで生きてきた中で一番よく眠れた。

 柔らかくフカフカな雲の様なベッドの上に身体を沈め、程よい硬さの枕に、とても軽く暖かい掛け布団。


 うん。控えめに言って快眠だ。


 昨日の晩、あのジジィとしばらく話した後、俺はここに居候することになった。


 うまく丸め込まれた感じはするが、まぁ構わない。あの時、俺は決めたんだ。


 ジジィとパルキアには裏切られても後悔も恨みもしないと。


 そう決めないと、この俺があんなわけの分かんねぇジジィの家にノコノコ来たりはしない。

 ……多少、わけは分かったが。


 ジジィの名はゼルバトス・ドラゴリア。

 この皇都シカクの伯爵でめちゃくちゃ位の高い奴だったらしい。


 何故、そんな奴がボケたふりをして俺に近づいたのか。

 それはある事情があり、常にジジィはボケ老人を演じているらしい。


 ボケ方がボケ老人のそれとはかなり違う事と、“ある事情”ってやつが気になるが、聞かないことにした。


 なんとなく、聞かない方がいい気がした。


 そんな事を考えていると扉が小気味いい音でノックされた。

 返事をせずにいると「失礼します」と扉の向こうで聞こえた後、扉がゆっくりと開いた。

 入ってきたのはジジィの侍女のラナという女だった。


 昨日紹介を受けたので知ってるが、綺麗な明るい茶髪をアップにまとめ、切れ長の大きな茶色い瞳、小さな口元には妖艶なホクロがついた、十八歳とは思えない程とても艶美な女だ。スタイルも良くメイド服から伸びる手足は長く、豊満な胸もしっかりと主張している。


 ただのクソエロメイドだ。


「おや、起きておられたのですね。お邪魔しました。出直します」


 と言って、俺と目が合っているのにも関わらず、すぐに扉から出て行こうとする。


「ちょっと待て。なんの邪魔だ?今目が覚めたところだが」

「あら、ノックをしたのにも関わらず返事がなかったので起こそうかと思いましたが、お一人で情事に耽っている様子でしたのでお邪魔かと」

「は?何言ってんだ?」

「ですから、朝ダチをそのままシゴいてらっしゃ「ちょっと黙れ」……なんでしょう?」


 これだ。

 昨日も初めてジジィに紹介された瞬間から、話す内容に必ずと言っていい程、ゲスい下ネタを放り込んできやがる。


 訂正しよう。こいつはクソ変態メイドだ。


「俺は今起きたところだ。改めて何の用だ」

「ですから今起きて、新鮮な朝採れキノコを握り込ん「おい!いい加減にしろ!朝っぱらからツッコむのがめんどくせぇんだよ」……はぁ、朝食の準備が整っておりますので階下へどうぞ」


 そう言ってラナは部屋から出て階下へ向かった様だ。

 朝からとても疲れる。


 俺もベッドから出て立ち上がり、後を追おうと寝起きの伸びをすると、立派なテントが出来上がっていた。


 クソが!


 その場で軽く跳ぶ等してイラつきながらも少し時間を掛けてテントを畳んだ。

 そして最高であったはずの寝起きから最低の気分のまま階下へ降り、ダイニングに入るとテーブルには朝食が綺麗に並べられ、ジジィが細長いテーブルの上座に既に座っていた。


「おはよう。座りなさい。よく眠れたかの」

「あぁ」


 そう言いながら俺は細長いテーブルの一番手前に用意された席に座った。


「そうか。それは良かったのぉ。さぁ頂こう。うちのラナの食事は美味いぞ」


 まるで一枚の絵の様な色とりどりの朝食が俺の腹を泣かせる。

 こんな芸術的な食事をあのクソ変態メイドが……やめておこう。


 目の前にある赤いスープから口を付けると、


 美味い。


 これはトマトなのか?この前に“銀の大鷲亭”で食べたやつと味が似ている。だが、あれよりも甘く、中に入った柔らかい様々な食材と相まって、とても優しい味になっている。これはいくらでも飲めてしまうな。


 その調子で次々に手をつけていくと、あっという間に目の前の色鮮やかだった食卓が、空の皿で真っ白になっていた。


 控えめに言って幸せだ。

 食事を作った奴のことを忘れさせる程には。


「ほっほっほ。若いとはいいのぉ。もう平らげたのか」


 見るとジジィの食事は、まだほとんど手が付けられていなかった。


「今日もまた公園に行くんじゃろ?」

「あぁ。もう行く」

「もう行くのか」

「アイツがいつ来るか分からねえし、俺がいなかったらテンパるだろうからな」


 そう言って椅子を引き立ち上がる。


「それもそうじゃな。気をつけて行きなさい。それと悪いんじゃが、帰りは儂が迎えに行くまで公園で待っていてくれんかの」


 “ある事情”ってやつか。


「構わない。それと、俺がここに居る事はあいつに言ったらマズイよな?」

「そうじゃな。儂の名を伏せて話し、信用させる事が出来るのであれば話しても構わんぞ」


 名を伏せて信用させる。


 貴族街で知り合いの居るはずのない俺が、名前を言えない相手の家に居候しているが、問題ないから心配するな。

 と、言ってパルキアから信用を貰う。


 バカか。無理に決まってんだろ。


「やめておこう」

「懸命じゃな」


 ジジィは俺を試していたんだろう。人の悪い笑みで、そう言って食事を続けた。


「ふんっ。行ってくる」

「うむ」


 ジジィの家から公園まで歩いて10分ほどで着く。

 昨日の晩にジジィと二人で通った道をそのまま歩いて公園に向かうが、まるで昨日の晩とは違う道の様だった。

 人が賑わい、露店や商店の客引きで活気に満ちている。だが平民街とは違い、歩く人も店の人間も皆、どこか気品がある様に思える。実際そうなんだろうが、同じ人間なのに不思議に感じた。


 そんな風景を眺めながら公園に着き、いつもの芝生の定位置で座り込む。


 もうしばらくすれば、あの喧しいパルキアが来て、あのウザい授業とやらが始まる。

 そして俺がパルキアをいじめて、今日はまたミラが来て三人で飯を食う。


 いつもの一日だ。


 だが今日アイツらが帰った後、芝生で月を眺めているとジジィが迎えに来て、二人で帰る。


 ドラゴリア邸へ。


 なんでこうなったのか。

 後悔はしてないし、むしろ良かったのだが、自分の変化に自分で戸惑う今日この頃だ。


 昨日の晩の話は、にわかに信じられねぇが、どうにも否定はしきれなかった。それは最近見ることのなくなったあの夢のせいか。

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