第十一話 奇人の偽り
食後もパルキアをいじめ倒し、ミラがそれを見て大笑いしていると、日が落ち始めたので明日またここで三人集まる約束をして解散した。
最近では夕方になると辺りが暗くなるのが早いな。
そんな事を考える様な一人の時間が俺は好きだ。
無論アイツらといる時間も悪くないが、ゆったりと一人で考える時間はとても有意義だと言える。
だが俺には、この一人の時間が少ない気がする。
「今宵の月は照れ屋かの」
やはり来たか白髭ボケジジィ。
あれから毎晩欠かすことなく、この公園に来ては俺の側でわけの分からないことを言いながら月を眺めやがる。
「あぁ、雲に隠れてやがるな」
だが、俺もどうしてか、コイツを嫌いになれない。
悪意を持って俺に近づいているわけではないのは間違いないが、それだけではない気がする。
何か特別で複雑な感情が俺に向けられている。
そんな気がしてならない。
「ほっほっほ。君も照れ屋かな」
「は?」
「雲も宵空の賑わい。しからば偽りも人の賑わいかの」
いつも通りわけの分からないジジィだな。
毎度警戒するのも馬鹿馬鹿しい。
俺もこんな風にテキトーやって生きていけりゃどれだけ楽か。
まぁ、コイツと意味も実もない話をして空を眺めるのも悪くはねぇ。
そう考えながら暫く二人黙って、雲に隠れた照れ屋な月を眺めた。
「なぁ、聞けよ」
一時間程ゆっくりとした時間が流れ、不意に俺は話したくなった。
軽い気持ちでコイツなら何を話してもなんの問題も無いと判断したし、誰かに聞いてもらいたかったからだ。
「俺はよ。スラムの出身なんだ。ずっと親も友達もいなくて一人で生きてきた。そんなある時、やたら明るい同年代くらいのガキに絡まれてよ。いつもの俺なら適当にあしらって躱すんだが、なんでかそいつの事が気になったったんだ」
「…………」
ジジィは空を眺め続け、聞いてるんだかどうかも分からない。
それでも俺はジジィに話し続けた。
「そんで、ある事件が起きてな。まぁ、事件つっても小せぇ話だが、そのせいで俺がスラムに居にくくなってよ。そいつと話し合った結果、俺は今ここに居るんだ」
「…………」
ジジィは黙って俺の話を聞いてる。聞いてないかもしれないが、俺には関係なかった。話す事で俺は楽になりたかったんだと思う。
「世界が変わった。壁一枚超えただけだぜ?スラムからここへ来ただけでだ。でもな、違うんだ。アイツが居たから俺は今こうしていられるんだ。無茶苦茶な奴だけどすげぇいい奴なんだ。それでよ••••••俺はそいつを失いたくねぇんだ。絶対に」
「…………」
俺が言い切った後、ジジィは空から目を逸らし俺の目をしっかりと見ていた。
「……聞いてたのか?」
「お前さん、今日はよく喋るのぉ」
「!?」
一瞬思考が停止した。
だが、それと同時に俺はジジィから距離を取った。
コイツは俺の話をしっかりと聞いて、理解していた。ここ一ヶ月わけの分からない言葉しか喋らなかったジジィが突然理知的な返事をした。
演じてたのか?
ボケたふりをして俺から話を聞き出そうと。
俺がここの人間では無いことの証言をさせようと。
「そう構えるでない。今聞いた話を他言する気なんぞ毛頭無いわい」
嘘だ。
コイツは何がしたい?
何の目的で今までボケジジィを演じてやがったんだ。
「そうじゃのう。今のは相談であろう?さすれば答えねばなるまい」
「……」
「警戒されておるのう」
当たり前だ。
「何の為に俺に近づいた」
「そうじゃのう。でもまずはお前さんの相談に答えてからにしようかの。ふむ、お主は失いたくないと思っておる相手にそれを伝えておるのかな?」
「そんな事はいい。答えろ」
「そういうところじゃな。お前さん、人付き合い苦手じゃろ?」
「だったらなんだ」
「お前さんは本当の意味で人と向き合えておらんのじゃよ」
何を言ってるんだ。コイツの狙いが分からない。
時間稼ぎ?
俺の話に乗って時間を伸ばして騎士を呼ぶつもりなのか?
だとしたらこの一ヶ月その為だけに、こんな酔狂な真似をしてやがったのか?
「分からんだろうな。それはお主の生い立ちに起因しておる。それは仕方のない事じゃが、せっかくお前さんと向き合おうとしてくれる人に対して、余りにも礼を失しておるとは思わぬか?」
生い立ち、それはスラムの事か。
やはり俺を捕まえてスラムに戻す、もしくは牢にぶちこむつもりか。
「人から貰う感情にはたくさんの種類がある。それは必ずしも与える人間と貰う人間が同じ感情だと考えるとは限らぬ」
「……どういう事だ?」
何を聞いてるんだ俺は!
そんな事はどうでもいい。
疑え。
コイツが何を企んでいるのかを。
「今と同じじゃよ。儂はお主に好意を持って接しておるが、お主はそう思っておるまい?儂の感情を読めずに猜疑心に塗れとる」
当たり前だ。
こんな状況なら誰でも疑ってかかるだろ。
人が人を騙すことなんて日常茶飯事だ。
俺は今までそうゆう場所で生きてきた。
「それが悪いとは言わん。時としてそんな場合もある。だが、それは儂とお主とでの話。お前さんはその失いたくない相手の感情を正しく理解できておるかの?」
パルキアの、感情?
あいつは俺にどんな感情を向けている?
優しさか?同情か?
何をもってそれを理解出来るっつうんだよ。
いや、そんな事はどうでもいい。
惑わされるな。
口車に乗るな。
警戒しろ。
「そんな事考えたとて分かるわけあるまい」
なっ。
なんなんだコイツ。
「……テメェ喧嘩売ってんのかクソジジィ」
「ほっほっほ。じゃが、そんなこと初めて考えたのではないか?」
不思議だ。
全くもって悪意や敵意を感じない。
コイツ、本心で俺の相談に乗ってるっていうのか。
「お主は今ヒヨッコなんじゃよ。スラムでの暮らしで人に教えて貰えなかった分、これから学ばなければならない事がたくさんある。お前さんはこれからたくさんの出会いと繋がりを持つ事となろう。その中で学べばいい」
「お前は好意で俺に話をしていると言ったな?何故、見ず知らずの俺に好意を持って接する」
俺は何を聞いてんだ。
「ほっほっほ。それはな、お主が儂の古い友人に似ておるからじゃよ」
「それだけ、か」
「そんなもんじゃ。人に好意を持つ理由なんぞ」
やっぱり不思議だ。
今や『あぁ、そうなのか』って思ってる自分がいる。
その理由が、コイツが俺に対して偽りなく好意を持って接しているからなのかは分からない。
だが、悪りぃ気はしない。
「それでは話を戻すぞ?繋がりを失わない方法。それはな、”忘れぬ事”じゃ」
忘れない、事?
「どういう事だ」
「ほっほっほ。忘れぬ事。即ち、その人個人であり、その気持ちであり、感情」
ますます分からん。
「だからどういう事だ」
「今の気持ちを忘れずに居れば失う事はないということじゃよ。簡単な様で、これがなかなか難しい。人は忘れゆく生き物じゃからな」
人は忘れる生き物か。
確かに今既に、この生活に慣れてスラムの頃の燻ってた様な感情は薄まりつつあるのは事実だ。
かと言ってこの強い“失いたくない”という気持ちまで忘れてしまうもんなのか?
いや、なんにせよ絶対にこの気持ちは忘れない。毎日、月を見る度に自分に言い聞かそう。そうじゃないと必ず後悔する。
「どうじゃ。解決できそうかの?」
「参考にはなったな」
「それならば重畳じゃな」
「で?お前の狙いはなんだ」
「そう焦るでない。ほう。お主も月も、雲が晴れたのぉ」
気付けば辺りが月光に照らされ、ジジィの視線の先に目を移すと綺麗な満月が顔を出していた。
綺麗だ。
しばらく月に目を奪われ、いきり立っていた気持ちがスッと落ち着いた。
「俺はどうか知らねぇがな」
「お前さんの顔も今までで一番いい表情をしておるぞ」
「それで、俺になんかあるんだろ?そろそろ教えろよ。もうガタガタ言わねぇからよ」
改めて穏やかな心持ちで再び問う。
「うむ。実はな、聞きたいことがあったんじゃよ」
「なんだ?」
「お主、この世界の人間ではないな?」
は?
一陣の風が吹いた。
俺の心情を映し出すかの様に、また月に少し陰が差したのだった。




