人生最大の危機とやっちまったトーマス
セレーナ争奪戦に名乗りを上げたトーマス、失敗の予感。
アールグレン家との手紙自体は当主同士がやり取りしていた。
直接ぼくが手紙を書いたわけではなかったのだ。
『アールグレン? あぁ、隣の地味な、これといって特徴のないド田舎……丘と清流はあったかな? ワカサギ釣りが自慢だったかな、ハッハッハッ……当主は……覚えてないな。あそこに娘がいたかな?』などとつぶやきながら。
その結果、令嬢はわが家に三日間滞在することになったらしい。『らしい』というのは、グズなぼくはスケジュールをキチンと確認しなかったから。三日間というのも謎だった。
父はぼくの都合を聞かず、先方の要望にそのままOKを出してしまったのだろう。
しかも、見合いの日時が書かれた肝心の手紙を、父はぼくに渡すのを忘れていた――今季最後の狩猟準備に忙しく、届いた手紙をデスクの脇に埋もれさせ、猟場へ行ってしまったから。
父は狩猟となると、愛人を連れてしばらくの間別荘に滞在する。当分ここへは戻らない。
だからぼくは何も知らなかった――知らなかったで済まされることではないのだけれど。ただ、執事やメイド長には伝わっていたらしい。
「若旦那様、明日はアールグレン家のご令嬢がいらっしゃいます大切な日でございます。くれぐれも粗相のないようお願いいたします」
「エッ、そうだった? 困った、明日は地方庁舎に用事があるから出かけなければならないんだ――昼過ぎには戻るようにする。ご令嬢のおもてなしを頼む」
「それは……困りました……遅れることのないようお願いいたします」
実は翌日、地方政府視察団の会合があったのだ。
ぼくはそれを断れず屋敷を後にした。会合には顔だけ出してすぐに帰るつもりだったのだ。しかし視察内容の議論に巻き込まれ、帰るに帰れず、気がつくと夜中近くになっていた。
【やってしまった!!!】
「若旦那様、本日は早めにお帰りになるはずでしたが?」
「あぁ、すまない。それは分かっていたのだが……ご令嬢は……」
「はぁ……アールグレン家の当主様はお帰りになり、ご令嬢とその侍女はすでにお休みになられていらっしゃるとのことです。明朝ご挨拶をお願いいたします」
「(そ、そんなことって……ああぁぁぁ……)わ、分かった」
という残念すぎる理由で、その日ぼくは令嬢を迎えることはできなかった。
ぼくの第一の失敗だった。
※
次の早朝、ぼくはいつもより早く起きて身支度をした。このお見合いでドジを踏んだら、侯爵家令嬢との歓迎できないお見合いが待っている。
失敗は許されない。
「若旦那様、お見合い相手のセレーナ・アールグレン嬢にご挨拶をお願いいたします」
「分かった、すぐ行く」
身支度をするなり朝食もとらず、令嬢に挨拶しようと執事に滞在部屋を尋ねたら、微妙な面持ちで『メイド長に聞いてください』とだけ言われた。
「メイド長、お見合い相手のご令嬢に挨拶をしたい」
「挨拶でございますか……」
メイド長の表情が歪んだ。
何なんだよ。
この女は父が直接雇ったアラフォー未亡人だ。妖艶な熟女ともいう。伯爵家当主という後ろ盾があるからか、執事にたてつくことがある。
(父の愛人のひとりだから、どうにもできないんだ……ぼくが当主になったら即解雇してやる……その頃にはもう退職してるだろうけど)
チッ……。
メイド長によると、侍女と共にやって来たその令嬢は、通された部屋が気に食わないと文句を言い、出された食事も食べる気はないと断ったらしい。
まさかのわがまま令嬢?
侯爵家の令嬢の方がましだったのでは?
いや、会ってみなければ分からない。それに、ぼくから言いだしたお見合いなのだから。
「メイド長、ぼくはご令嬢に挨拶をしなければならない。案内してくれ」
「とんでもありません、あんな部屋へ案内することはできかねます」
「どういうことだ?」
「ですから、そういうことでございます。あの方は本当に伯爵家のご令嬢なんですか?」
「お見合い相手はアールグレン伯爵家のご令嬢のはずだけど……?」
メイド長に尋ねても、強情な令嬢なのでどうにもできないと澄まし顔で言われ、滞在している部屋は教えてもらえない。
くそう、今すぐこいつを解雇したい!
仕方ないので客間をひとつひとつ確かめてみたが、どこにもいない。
(本当にご令嬢はこの屋敷に滞在しているんだろうか? ぼくは、はずれくじを引いたのか?)
そう思ったのがぼくの第二の失敗だった。
※
あきらめて朝食をとり、『ご令嬢をランチに誘ってほしい』と執事に告げた。
しかしそれも叶わなかった。
(おかしいだろう? 一度も令嬢に出会えないなんて?)
「ご令嬢は、なぜランチに来ない?」
「お部屋に引きこもってございます」と、したり顔のメイド長。
お前が引きこもれよ!
「だから、どの部屋にいるんだ?」
「ご案内できかねます」
「解雇されたいのか?」
「若旦那様はわたくしを解雇できませんでしょう?」
「クッ……」
コイツ……!
(ああぁぁぁ……なぜ令嬢に出会えない?)
晩餐も共にできず、結局出会えないまま二日目も終わってしまった。
あり得ないだろう!
この屋敷はぼくとご令嬢が出会うのを阻止しているかのようだ。
耳を澄ましてみても、若い女性の声がしない。
食事はどうしているんだ?
令嬢がこの屋敷にやってきたとされてから三日目の朝。
気になり寝不足になっていたが、一応上等なスーツに着替えたぼくは、朝食をとるためにおぼつかない足取りで階下へ向かった。
(アールグレン家を敵に回したかもしれない。お隣なのに。最悪だよ、父から引っ叩かれる未来が見える……)
【キャァーーーーッ!!】
そのとき聞きなれない悲鳴が聞こえたかと思うと、見知らぬ女性が階段の下に倒れていた。
黒髪の少女!?
どこか見覚えのある……。
あわてて倒れていた少女を抱き起こそうとしたら――何とそれは、王宮の舞踏会で見かけた黒髪ストレートヘアの異国の姫だったのだ!
――姫!
(何ということだ! ぼくは何をしでかしてしまったんだ!?)
第三の失敗、痛恨のミス、人生最大の危機!
☞あり得ないことが起きたのでした。その理由は後ほど……。




