フツメントーマスの痛いお見合い計画
『はじまりの物語』とは全く関係のないトーマスです。後々ヴィセンテ家とアールグレン家の事情に巻き込まれてしまいます。
* * * * * * * * * *
ぼくは失敗した。
大失敗。
もう、取り返しがつかない。
生きていくのが辛い。
ホントに辛い。
いっそのこと一回死んで、三日前から人生をやり直したい――。
* * * * * * * * * *
「お前はとうに二十歳を過ぎている。そろそろ結婚しなさい。婚約者さえいないではないか、情けない。ヘイデン家を潰す気なのか」
「はい? ですが、いきなりそのような話を振られても……」
今まで一度もそんなこと言わなかったくせに。
息子のことなんてどうでもいいくせに。
この日は、明日からはじまる北部地方への政府視察団に同行するため、旅装の準備をしていた。
大学を卒業したばかりの二十二歳のぼくは、現在『当主見習い』という名のニート。決まった仕事はない。
中央官吏の臨時助手として現地調査へ同行することがあるくらい。
それだって、父がコネを使って無理矢理ねじ込んだお飾り調査員。本物のあとに張り付いて、接待をするだけ。
『官吏にコネを作るのも大事だ』と父から言われて。
『お前は何も知らないのだな。税率や諸々の交渉のとき、政府とコネがあった方が有利なのだ。監査や訴訟にもな』
なるほど知らなかった。そんなこと大学では教えてくれなかったから。
(気の弱いぼくは当主には向いていない。でも……逃亡さえもできない。情けない)
「馬鹿者、いずれ領主になるのだから、当然結婚して子供を儲けなければならないだろうが。今年中に決着をつけろ、いつまでもゴロゴロ遊んでいるんじゃない」
「……はい、分かりました、父上」
「ちょうど知人の娘との話が来ている。家柄は釣り合う。結婚して子供ができれば好きにすればいい」
「はい?」
跡継ぎができれば愛人を持ってもいいのか、そうなのか。
父も内外に愛人がいるからな。
――愛人なんて面倒なだけなのに。地味なぼくには無理だ。
「お相手はどなたなのでしょうか」
「ここに身上書があるから見ておけ」
婚約者候補の身上書をみたとたん、絶望した。
父に連れられたパーティーで紹介された侯爵家の娘で、派手好きわがままという噂の令嬢だった。
勘弁してくれ。
地味なぼくに御せる訳ないじゃないか。
それに、令嬢の扱いに失敗したら侯爵家に何を言われるか……。
女性との付き合いに不慣れなぼくに、どうしろと?
しかし断れる雰囲気ではなさそうだ。
仕方ないので『考えている人がいるのでもう少し待ってほしい』と父に訴えた。
『それなら自分で断ってみろ』と言われ、断る理由を考えた。
――王宮主催の新年舞踏会のとき、気になった令嬢がいたのを思い出した。
ひときわ小柄で、この国では珍しい、癖のないストレートの黒髪が印象的だった。白く滑らかな肌、濃紺の瞳、真っ赤な唇。ツンとすました表情が『月』を思い起こす。
――異国の姫だったのかな。
※
それはそれとして。
現在の問題を解決しなければならない。
父からの縁談を断るために、独力で別のお見合いを用意しなければならない。どこかに家格的に釣り合いがとれて妙齢の女性はいないかと、数少ない知り合いに聞いてみた。
そいつによると、なんでもアールグレン伯爵家には隠された令嬢がいるともっぱらの噂があり、王宮主催以外の貴族のパーティーに現れたことがないという。
それなら婚約者はまだいないかもしれない。
偶然にもアールグレンの領地はここから近く、猫の額ほど接しているではないか。婚約までに至らなくても、今をしのげればそれでいいのだ。
ぼくはさっそくアールグレン家に手紙を出した。
『ご令嬢とのお見合いを望んでおりますので、数日ほどわが家に滞在していただけませんでしょうか』と。
ドキドキして返事を待ったら、幸運なことにOKだった。
※
ヘイデン伯爵家の嫡男のぼく――トーマス・ヘイデンは、一言で言うと『地味』だと思う。どこにでもいるような茶髪にヘーゼルアイ、中肉中背。没個性的。人見知り。
猫背っぽくなるのをいつも父から注意される。
「シャキッとしろ、シャキッと! お前は伯爵家の当主になるのだぞ!」
「……はい」
「まったく、どうしてこんな息子になったのやら」
五歳上の姉はだいぶ前に嫁いだので、今は父と領地で二人暮らし。姉がいたときはまだましだったのだが、二人暮らしになったとたん父の行動が勝手気ままになった。
ぼくを産んだあと母親が流行病で亡くなり、それ以来父は姉にもぼくにも構わずほったらかし。それでも姉の結婚はどうにか整えてはいた。
そこからが悪かった。複数の愛人通いがはじまったのだ。このままではいつ隠し子が現れるか分からないじゃないか。
そもそも父は自分以外に興味がないのだ。
「今やるべきことは、自分が用意したお見合いを無事乗り切ることだ。アールグレン家のご令嬢と気が合えば、そのまま婚約して結婚すればいい」と、地味なフツメンのぼくは安易に考えた。
実際にはそんな簡単なことではなかったのだ。




