婚約破棄の代償――わたしのお母様
十七歳になったセレーナの立場を明確にするため、『ep.12 婚約破棄の代償――繰り返される結婚式』を二つに分けて、前半を『ep.3 婚約破棄の代償――わたしのお母様』として挿入しました。
小さい頃は母に会わせてもらえなかった。
わたしが五歳になったときのことだった。
『おいで、セレーナ。お母様に会いに行こう』
物心ついたわたしは、はじめて母に会えるからと喜び勇んで離邸へ行った。アクセサリーやリボンを付けておしゃれして、父に連れられて、飛び跳ねながら。小高い丘を駆け上った。
『おとうさま、はやく、はやく!』
離邸のリビングのソファに座っていたのは、長くて赤みがかった髪を緩やかに流した、絵本から飛び出したお姫様のように綺麗な人だった。
白くてキラキラしたドレスをまとった、緑色の大きな目をしたお姫様。
上品な女性に守られ、見たこともないような豪華なアクセサリーに包まれた。
――この人が、わたしのお母様なの?
素敵!
『お母様!』
興奮したわたしは母の前へ走り出した。
――そのとき。
わたしを見た母が、『黒い髪……黒い……あぁっ……!』と叫びながらパニックを起こし、焦った父が抱きかかえるようにして母を連れ去ってしまった。
『黒い髪はいけないの? どうして?』と、取り残されたわたしの心は大いに傷ついた。
わたしは何を期待していたんだろう。
そのあと――メリディアナ皇国から祖父母が訪ねて来たあたりから、母はわたしを娘ではなく姪と認識したのよね。祖父の髪の毛が白髪の混じった黒だったから?
そのときの祖父と父の短い会話が頭に引っ掛かっている。
『もうヴィセンテにはあとがないようだ』
『そうですか……』
ヴィセンテ。
そうして自分が産んだ子供の存在は母の頭から消えてしまった。母は不都合な物事を頭から消し去る特技を持っているらしい。
成長したわたしには、母に愛されたいとかそういう気持ちはない。元々メソメソするような性格じゃないし。
少女みたいな母と友だちになれればいいや。
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「わたしはラリサとセレーナが幸せになってくれればそれでいい。もし二人が不幸になるようなことがあったら……分かっているな、アールグレン」
「もちろん、心得ております」
何年かぶりにノルデン国を訪れた白髪気味の侯爵が、頭頂部の怪しい伯爵と短い会話を終えた。
斜め後ろには片目の退役軍人が控えていた。
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