最後の結婚式
タイトル回収エピソードです。
メリディアナ皇国から帰国してすぐ、亡き公爵様から預かった結婚指輪を父に見せたら、『今さら……何だって言うんだ、あの男は! もう一回死ね!』と憤慨された。
ちょっと待って、『あの男』って、わたしの実父なんですけど。
『形見として受け取ってほしいそうです』と言ったら黙った。
指輪は父から母に渡してもらうことにした。
※
二度目のお見合いが無事に済んで(猫かぶりヤバい)、ミスター・ミハイロフもノルデン国に帰って来た。でも、何もかも元通り……とはいきそうにない。
社交シーズンが終わったので領地に戻った次の日、父に連れだって丘の上の離邸へ行った。あれから一カ月以上メリディアナ皇国にいたから、久しぶりの母だ。
「まぁっ、わたくしの王子様! どうして長い間来てくれなかったんですの?」
相変わらずだね。
これはこれで幸せといえるのかな?
元婚約者……わたしの実父はボロボロになって死んじゃったよ。
少なくとも母は生きている。
「受け取ってほしいものがあるんだ。アウグストという男からラリサへの形見だそうだ」と言って、父は小箱を開けた。
「黒い……ブラックダイヤモンド……ア、アウグスト様……?」
「覚えているのかい、あの男を……つい先日死んだよ」
真実を告げたとたん母は呼吸を乱し、恐ろしいうめき声をあげた。
「ああああ、あああぁぁぁ~~〜!!」
【これはヴィセンテの家宝、ブラックダイヤモンドの指輪だ。いずれあなたにと】
「アウグスト……アウグスト……どこ?」
【あなたの細くて華奢な指によく似合うだろう】
【嬉しい。こんなに素晴らしい指輪を頂けるんですの?】
【もちろんだ。結婚式のときに渡そう。ラリサは私の宝物なのだから】
「アウグスト様……」
少女のように泣く母。見慣れているはずなのに、見たくない光景だ。
「もう、いないよ」
《これからあなたはラリサ・アールグレンだ。愛してる、ラリサ……》
「わたくしの……わたくしの……王子様は?」
「私だよ」
《覚えてほしい、私の名前はユリウスだ。私は絶対ラリサを裏切らない。ずっとずっとそばにいるよ》
「……わたくしの、王子様?」
「そうだ、あなたの……覚えていないのかい? ずっとそばにいただろう? 私の名はユリウスと言うんだ。ラリサの夫だよ」
「わたくしの……夫……ユリウス!」
「やっと名前で呼んでくれたんだね」
「……わたくしの子は?」
「いるだろう、目の前に」
「わたくしが産んだ子は……どこ? どこへ行ってしまったの!? どこなの!?」
母が泣き叫びながら立ちあがった。
(いつもの発作ね)と思ったけれど、今回は違った。緑色の目が真っすぐわたしを見たから。
「いるだろう、目の前に」
「わたくしの……黒い髪の……子……?」
黒髪のわたしに気づいた母が、よたよたとソファから立ち上がった。
お母様、わたしが分かるの?
あなたの娘よ、あなたが産んだ子よ、あなたが頭から消した……!
「私たちの娘だよ。セレーナという名前なんだ。分かるかい、ラリサ?」
「えぇ、えぇ、分かるわ。わたくしとあなたの愛しい子……!」
はじめてお母様に抱き寄せられた。
「お母様!」
――あぁ、お母さんってこんなに暖かくていい匂いがするんだ……。
※
紅葉が終わりを告げた晩秋の今日は、お父様とお母様の十八回目の結婚式だ。はじめて参列する。場所は領地の神殿で。
結婚式といってもごく簡素なもので、参列者はわたしとクリス叔父様とソーニャ――ただこの日はお祖父様とお祖母様も招かれていた。
意外なことにラファエル様も。
彼はメリディアナ皇国からの使節として再びノルデン国に滞在していた。
豪華なブーケを用意したのはラファエル様だ。
「ずっとお会いしたいと思っていました、レディー・ラリサ。お元気そうで何よりです」
「どなたなのかしら? あなたはご存じなの、ユリウス?」
「セレーナの従兄だよ。ラファエル・デ・ヴィセンテというんだ」
「ラファエル……ヴィセンテ……」
「メリディアナ皇国から参りましたラファエルと申します。お会いできて光栄です」
「ラファエル……」
「思い出していただけましたか。ずっと昔、僕がまだ子供のころ、何度かお会いしました」
「そうだったかしら……」
いつもは物静かで決して前には出ないお祖母様が、お母様のヴェールを直しながら言った。
「色々思い出したのかしら、ラリサ?」
「お母様?」
「そうよ、あなたの母よ。今までどこにいたの、心配したんだから」
「わたくし……どこに……」
「分からなければ無理に思い出さなくてもいいわ、もう何も心配することはないのですよ。幸せになってくださいね」
「はい……」
メリディアナ皇国北西部出身の祖母は、黒髪の皇国民とは違って赤みがかった髪の毛に緑色の目をしている。こんなに綺麗な色なのに、どうして実父は拒否したのかな?
みんな次々とお母様とお父様に挨拶をしている。
みんな幸せそう。
これが本当の結婚式なんだ。
毎年のことなので、神殿長様はすでに事情を知っているし、全て心得ているみたい。
何の思惑もない、何の遠慮もない、内輪だけの心地よい空間。
こんなに幸せそうな母の顔を見たことがない。
父も。
父は同情で母と結婚したわけではないのね。それが分かっただけでも参列した意味はあったかも。
結婚式も悪くない。生涯に一度くらいはしてみたいと思う。
「セレーナ、幸せになるんだよ。もう私たちがノルデン国に来ることはないだろう。ラリサを頼んだよ」
「分かりましたわ、お祖父様、お祖母様」
「まさかラリサが正気に戻るとは思っていませんでしたわ、こんなこともあるのですね」
「わたしたちはもう年であまり動けないが、セレーナは夫になる人と侯爵家へ来るといい」
夫となる人――トーマス・ヘイデン? ミスター・ミハイロフ? それとも……。
「ただし、ヴィセンテはだめだ」
「え、えぇ……」
「お言葉ですが侯爵様、僕は伯父とは違います。婚約者を裏切るようなことなどは決してしません」
「どうだかな」
「僕はヴィセンテ家に起きた事は決して漏らさないと誓います」
「……脅す気なのか?」
「さぁ……」
お祖父様とラファエル様の間に黒いもやがかかってるようだけど。
結婚式のあと数日アールグレン屋敷に滞在し、祖父母はメリディアナ皇国へ帰って行った。
夫になる人(?)と祖父母を訪れることがあるんだろうか。
来年はクリス叔父様とソーニャの結婚式が控えている。
再来年は……わたし?
心から信頼できる人がいれば結婚してもいいのかもしれない。
※
あれから一ヶ月後。
わが家にラファエル様からの手紙が届いた。
『来年の五月に、僕の爵位継承とヴィセンテ家セレーナ嬢お披露目のための舞踏会開催が正式に決まりました。社交シーズン到来とともにメリディアナ皇国にいらていただけると嬉しいです。詳しくはまたのちほど連絡いたします』
公爵家の舞踏会……しかも主役……緊張する。
両親の肖像画を手掛けたのは、ミスター・ミハイロフお勧めの画家だった。
☞『幸せになる方法』を届けたのはアウグストでした。
☞次回、セレーナは舞踏会で今後の事を改めて考えます。




