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最後の結婚式――わたしたちが幸せになる方法なんてあるの?  作者: 赤城ハルナ/アサマ
第四部 過去の清算

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ミスター・ミハイロフの帰還と秘密の告白

セレーナの初恋の人が帰ってきました。一見自信家のようですが、家出同然の三男という立場からか、結婚については消極的です。

 二度目のお見合いのあと、アートギャラリーからわたし宛に『注文書』という形の手紙が来た。


 苦労してソーニャを撒き、単独でアートギャラリーへ。どうせあとで御者から報告が行くんだろうけど、まあいいわ。

 考えてみたらわたしはひとりで外出したことがなかった。いつでもソーニャが一緒だったし、ソーニャがアールグレン家に来る前は屋敷から外へ出ることさえできなかった。


 とんだ箱入り娘だったわね。





「お久しぶりです、ミスター・ミハイロフ。いつの間に戻っていたんですか?」

「やぁ、可愛いレディー」

 葉巻を持ちながら足を組み、ギャラリーのソファでくつろぐミスター・ミハイロフ。

 若いころのどこかの強盗紳士みたいだ。

 一緒に謎解きするけれど、結婚までは至らない。あくまでもパートナー。


 女性をとろけさせる微笑みを見たら、懐かしさが込み上げてきた。四ヶ月ほど会わなかっただけなのに。


(このところ色々ありすぎたから……以前の自分ではいられないというか……)


 いつものアートギャラリー、そこにいるミスター・ミハイロフ。

 ここでは『セレーナ・マリア・アールグレン』ではなく、ギフトブックの作者でいられる。

 一緒に無駄口を叩き、冗談を言い合い、素の自分でいられる。


「そこは……こう、僕の胸に飛び込んでほしいところだね」

「ご冗談を。そんな無作法なことはしませんわ」

 わたしは白い手袋を口に当て、ホホホ……とレディー・カリーナ風に微笑んだ。

「おや、まるで淑女のようなことを言うんだ」

「込み入った事情があったんです」

「気になるな。僕がいない間に恋人でもできたの?」


 相変わらずだよ。

 いつもの態度で何だかほっとする。

 わたしたちの関係は変わっていない。いつまでも変わらないでほしい。


 そんな冗談を言い合っている間に、ギャラリーの従業員がお茶とお菓子を持って来た。今日はイチゴジャム入りティーとリンゴゼリー。ミスター・ミハイロフの故郷のティーメニューらしい。


「あの……今まで内緒だったんですけど、わたし、ミスター・ミハイロフのことが少しだけ好きだったみたいなんです……突然の告白で驚きました?」


 何よりも自分が驚いている。平気でこんなことを言えるようになったなんて。でも、自分の想いを閉じ込めたままにはしたくなくて。

 当たって砕けろ、ダメ元さっ!


「偶然だね、僕もだよ。だけど、『少しだけ』?」

 普段通りに答えるミスター・ミハイロフ。言い慣れている感じ。

 どこまでが本当でどこまでが偽りなのか。


「え、えぇ、少しだけ」

「少しだけ両思いということかな、アハハハ……おかしいね、僕たち十歳以上年が離れているんだよ」


 わたしは全身がはじけるほど驚いた。あっ、そうだったんだと思ったとたん、笑い出した。前世の記憶が三十歳で止まっていたから、年齢的には変わらないと思っていた……わたしまだ十七歳だったんだっけ。

 なのに結婚なんて、早すぎるよね。


 ミスター・ミハイロフもつられて笑い出した。


「ミスター・ミハイロフはハンソン夫人が好きなんだと思っていました」

「夫人ねぇ……あの人は若作りしているけれど、もう四十歳なんだ。なんたってセレーナ嬢よりも年上の息子がいるくらいだから。僕の最愛はセレーナ嬢だよ、今でも」

「さ、最愛!? そんなことを言ってもいいんですか!?」

「信頼ないなぁ。夫人はあくまでもビジネスパートナーさ」


 そんな風には見えなかったけど。

 だって、あの演奏会パーティーの様子では……何か、ごまかしていない?


「最愛ということは、次に好きな人がいるということ?」

「愛には色々な形があるから」

「……実はわたし、結婚するかもしれなくて……」

「おや、それはおめでとう……かな?」

「疑問形なんですか?」

「う……ん……少し妬けるけれどね。セレーナ嬢を大切にしてくれる男性ならいいんじゃないかな」

「そう……ですか」


 期待した言葉とちょっと違っちゃった。


「だとしても、僕たちはずっとビジネスパートナーでいられるよね、公女様」

「知っていたんですか?」

「もちろん、アールグレン家の令嬢が皇国のヴィセンテ家へ行ったことは、首都の紳士淑女のあいだであれこれ噂されていたから」

「はぁ……」

 わたしが首都で噂されていたなんて。

 ということは、わたしがアールグレンの血を引いていないことも社交界でバレたよね。元々髪の色の違いから奇妙な目で見られていたみたいだから。

 社交界は恐ろしい。

 ミスター・ミハイロフはそんなことは気にしないと思うけど……。


「そ、それは別として、ずっと小説を書き続けるつもりです。挿絵だって描きたいから」

「それなら、よかった。来年はじめの舞踏会にハンソン子爵未亡人と参加する予定なんだ。そのとき公女様をダンスに誘っても?」

「もちろんです、ミスター・ミハイロフ! でも公女様はやめてください」


 ダンスの練習をしなくちゃ、だね。


「実は新作ができているんです」

「凄いね、もう?」

「何となく書けちゃったんです」

 私小説っぽくなっちゃったけど。


 真剣なまなざしでミスター・ミハイロフが原稿を読んだ。


「う~ん、内容が大人っぽくなった感じだよ」

「そうですか?」

「『永遠の結婚式』。ロマンチックなタイトルだ。ちょっと内容が分かりにくいかな。サブタイトルつけてみる?」

「そうですね、考えてみます。今回はなるべくみんなが幸せになってほしいと思って書いたんですけど……」


 犠牲になった人たちがいたのよね……。

 お墓参りに行かなければ……公爵家でのお披露目パーティーのときにでも。


「犠牲者がいた方が物語は面白くなるんだよ、残酷な犠牲ほど読者が喜ぶから」

「……」


 わたし、絵本作家に転向しようかな。





 その夜夢を見た。


『お帰りなさい、イリヤ!』

『ただいま、愛する奥様にプレゼントだよ』

『わあっ、たくさんの赤いバラ! 嬉しいわ!』

『明日から一週間、子爵未亡人と買付けのための旅に行くから、セレーナはたくさんのバラと一緒にお眠り』


 という風景が浮かんだ。


 そこには血だらけになりながらもバラの花束を抱いて、一人ぼっちで眠るわたしがいた。





 もうすぐ新年の舞踏会。

 ミスター・ミハイロフとダンスをして……わたしの初恋は終わり。

☞次回はこの小説のタイトル『最後の結婚式』です。正気を取り戻す母、結婚することを諦めていたセレーナに心境の変化が?

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