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最後の結婚式――わたしたちが幸せになる方法なんてあるの?  作者: 赤城ハルナ/アサマ
第三部 ヴィセンテ公爵家

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婚約破棄の代償――若気の至りユリウス・アールグレンが陥った罠

ユリウス・アールグレンの、誰にも言えなかった独白です。

 ――十八年前。


 メリディアナ語を話せる私は、皇国の戦勝記念パーティーに赴く使節団に編入された。

『ユリウス、これは大変名誉ある大役だ。うだつの上がらなかったお前もようやく一人前になれるだろう。先方の戦勝会で嫁を見つけられるかもしれないぞ、ハハッ』と父に言われ、今までになく虚勢を張って赴いた。


 南の大国である皇国の戦勝記念パーティーは、大した産業もないノルデン国とは比べ物にならないほど大規模で贅を尽くしていた。

 そこで目撃したのが、傲慢な男に婚約を破棄され、震えながらくず折れる哀れな令嬢だった。

 それを見た私は場当たり的にプロポーズしてしまった。


『ソアレス卿、私のお願いを聞いていただけませんでしょうか』

『いきなり何だね、君は?』

『私はノルデン国より参りましたアールグレン家の者です。ぜひ、お美しいレディーにプロポーズさせてはいただけませんでしょうか。一生大事にいたしますので』

『君は……私の娘に対して不躾にもほどがある!』


 なぜそんな大それたことをしでかしてしまったのか、今でも分からない。


 あまりにも令嬢が哀れだったから?

 あまりにも令嬢が美しかったから?


 たぶんその両方だったのだと思う。

 私は女性の涙に弱いのだ。

 そのせいで騙されたことが何回もあった。

 だからなのか、二十代後半になっても結婚できなかった。


 そのすぐあとで、女性が皇国陸軍大佐の令嬢だと知り、本気で卒倒しそうになった。


 何という大物に当たってしまったのか!

 大丈夫か、自分!?

 いきなり首を刎ねられたりしないのか!?


 自分の浅慮をちょっぴり後悔した。


 首がつながるように、『一生大切にします、誓います、どうかお許しください!』と誠心誠意頭を下げて大佐を説得した結果、『娘を預けるだけだ。決して裏切るな!』と命令口調で言われ、彼女をノルデン国へ連れて行くことを許可された。


 私は柄にもなく舞い上がった。

 ノルデン国へ嫁を連れ帰ることができるのだ、それもとびきり美しい!


 それが罠だったとも知らず。


 私に突きつけられたのは、大佐からの『契約書』だったのだ。





 アールグレン屋敷へ連れ帰ると、美しい嫁を見た両親と弟はパニック寸前だった。

 何の準備もしていない私たちは形だけの婚姻届けを出した。そしてラリサの世話を焼きはじめたら、うるんだ目で『わたくしの王子様』と呼ばれてしまった。

 これといって特徴のない地味な自分が、侯爵家のプリンセスから『王子様』と言われたのだ。

 何という愛らしい女性なのか!

 こんな素晴らしい女性を突き放すなんて、何という馬鹿な男だったのか!


 それからは常にラリサの『王子様』でいるよう努力した。

 彼女を訪れる際には、最上のスーツを着、豪華な花束を持参し、プレゼントを贈った。そして優しく微笑むのだ、本物の王子様のように。


 同情はいつの間にか愛に変わっていた。


 ところがアールグレン屋敷に来て一カ月後、ラリサが体調を崩した。何も食べられず、ただただベッドに臥せって泣いているだけ。困惑して呼んだ侍医によると、彼女は妊娠しているという。


 何ということだ!


 あの男は婚約者に手を出していながら、違う女性に心変わりしたのか!

 怒った私は大佐に『アウグストを許せない』という趣旨の手紙を送った。

 子供についてはハネムーンベイビーなのだと家族に主張した。


 その頃からだったか――彼女の心が壊れはじめたのは。焦点の合わない目でしきりに何かを捜しているのだ。


 私はどうすればいいのか分からず、皇国の侯爵家から派遣されたブランカ夫人に相談した。

 ラリサに何かあると、必ずブランカ夫人に相談することになっている。時には夫人から直接、侯爵家へ知らせが行く。

『契約書』に縛られたこの結婚に私の自由はない。


 その結果、アールグレン屋敷の離邸を侯爵家の住まいに似せたようにリフォームすることになった。費用は侯爵家からだ。

 そこでは幸せそうに花に水をやったりデザイン画を描いたりする彼女がいた。


 私は婚約を破棄され、心が壊れたラリサを心から愛した。だが、いくら私が『王子様』を気取っても、この想いが彼女に届くことはない。

『ユリウス』と名前で呼んでもらえることさえない。


 離邸への道のりは軽く、下りは重かった。


(今日も名前を呼んでもらえなかった)



 アールグレン屋敷にラリサが来て八か月後、娘が産まれた。


『あぁ、わたくしの王子様、ご覧になって。わたくしとあなたの愛しい子』


 しかしその黒い髪を見た彼女は娘を抱こうともしなかった。


 父はその存在を知らず、母からは存在を消された哀れな娘。セレーナと名付けられた娘を私はどう扱えばいいのか悩んだ。


『お前の娘だ。そうだろう?』

『しかし、髪の色が……』

『ヴィセンテ家は関係ない。黒髪ならソアレス家の遺伝だ。普通の貴族令嬢として育てればいい』

『かしこまりました、大佐』

『わたしはラリサとセレーナが幸せになってくれればそれでいい。もし二人が不幸になるようなことがあったら……分かっているな、アールグレン』





 その後、精神の病にかかったラリサに耐えられず、母は領地の別荘へ行ってしまった。

 父は三年前に亡くなり、私はアールグレンを継ぐことになった。跡継ぎのいない私は年の離れた弟に将来を託し、婚約者のソーニャを屋敷に呼んだ。

 この二人ならアールグレン家を任せられるだろう。


 私はアウグスト・デ・ヴィセンテの妻子が亡くなった原因を知っているが、それは墓場まで持って行くつもりだ。

 ソアレス一族にはある種の『掟』があり、裏切り者を決して許さないのだ。


 だが、ここはノルデン国。


『私は次世代にまで遺恨を残したくはありません。ヴィセンテの若公爵には関係のないことかと存じます』

『フン、どうせ私はそんなに長くはない。アウグストが死んだら、あとは好きにすればいい』

『ありがとうございます、大佐』


 これからも私はラリサとセレーナの幸せを見守ることにしよう。もちろん、娘を裏切る者がいたら許すことはない。

☞若気の至りで一世一代のプロポーズをした結果が、怖い大佐からの『契約書』、婚約破棄した男とされた妻の望まれない子供、精神を病んだ妻。地味男ユリウス・アールグレンは美しい妻を得た代償として三重苦を強いられてしまいました。


☞これで『婚約破棄の代償』が語られた『第三部 ヴィセンテ公爵家』は終わりです。次回から最終章『第四部 過去の清算』がはじまります。今まで出会った人たちとの物語が再スタートします。両親の関係が(良い方に)変わり、結婚なんて考えられなかったセレーナに心境の変化が訪れます。

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