それぞれの真実
「アールグレン家の皆様はこちらへどうぞ」
車掌に案内され、わたしとソーニャ、クリス叔父様は長距離夜行列車の一等寝台車へ向かった。
個室寝台に加え、隣に食堂・サロン車がある。
「わぁ~、(この世界で)列車に乗るのは、はじめてよ!」
「わたくしもよ。クリストフはあるの?」
「何回かあるよ」
「それは誰と?」
「仕事でだよ、もしかして疑ってる?」
「仕事なんてしてないくせに」
「当主見習いという大切な仕事があるじゃないか」
「そんなの仕事じゃないわ。クリスが当主になったら優秀な家令を雇った方がいいわね」
「酷いなぁ、レディーたち」
わたしとソーニャで一室、クリス叔父様とアールグレン家の従者で一室。
ラファエル様はヴィセンテ家の従者たちと一緒。
メリディアナ皇国に入ったら、アールグレン家の従者は侯爵家の従者と交代することになっている。お祖父様が申し出たのだ。
前世含めはじめての寝台列車だよ。寝苦しかった夜行バスとは段違いだね。
ビジネスホテルのようなコンパートメント寝台、豪華なコース料理。
ティーラウンジとバーも兼ねたサロン車。
何もかも至れり尽くせり。
アールグレン用コンパートメントで、クリス叔父様から両親の馴れ初めを聞いた。
母はメリディアナ皇国の侯爵家の次女だった。
皇国で開催された十八年前の戦勝記念パーティーで外交使節団の一員だった父と出会い、電撃結婚したらしい。
皇国侯爵家の令嬢だった母が、なぜ外国の、それも一度会っただけのフツメン父と結婚したの?
そして八か月後にわたしが産まれた。
父は『早産だった』と言い訳しまくっていたらしいけれど……。
――絶対違うと思う。
わたしが全然父に似ていないことは、みんな思っているはずよね。
それに『ヴィセンテ』とは?
「女にモテたことがない兄が、いきなり皇国から綺麗な女性を連れ帰ったから、みんな驚いたよ。しかも侯爵家の、陸軍大佐の令嬢だよ。それがどうして、あんなことになったのかなぁ……」
※
途中で従者が交代し、お祖父様の従者が来た。
四十代くらいのガタイのいい、日焼けして精悍な顔つきの男性。黒い眼帯をしている。
「セレーナお嬢様、ソアレス家の従者ホセでございます。ヴィセンテ公爵家での用事が済むまでよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「ところで、ブランカ夫人はいかがお過ごしでしょうか?」
「ブランカ夫人? えぇ、お元気ですわ。いつも母のお相手をしていただき、感謝しています」
「そうですか……ありがとうございます」
眼帯していない方の目が嬉しそうに細められた。もしかして……ブランカ夫人の息子さん?
「ねぇソーニャ、お祖父様の従者って、眼帯した伊達政宗みたい、カッコよかった!」
「ダテ……?」
「ううん、何でもない」
ラファエル様はいつも紳士的に接してくれた。率先してわたしをエスコートし、メリディアナ皇国について教えてくれた。 初対面の男性にどう話していいか分からないわたしを気遣ってくれていたんだと思う。
理知的で気遣いのできる男性だね。 気の弱そうなトーマス・ヘイデンとも、女性慣れしているミスター・ミハイロフとも違う。
ハイスペックイケメンとはこういう人のことを指すんだと思う。
招待された理由を知らされず、わたしたちはメリディアナ皇国へ向かった。
長距離列車はノルデン国を越え、隣国を越え、三日後の朝皇国の首都に到着した(※)。
そこから馬車に揺られてまる一日(※)。
とうとうわたしたちは広大な敷地を持つヴィセンテ屋敷に到着した。
規則正しく並ぶ出迎えの面々。アールグレン家とは使用人の制服も人数も作法も違う……髪の毛の色も。
黒髪のわたしを見た人たちは、少なからず驚いていたようだけど。
広大なエントランスにはいくつもの彫像があった。先祖の像だという。
格の違いを思い知らされる。
(う~ん、まるで異世界ね?)
「レディー・セレーナ、どうぞこちらへ」と、ラファエル様に手を差し伸べられる。すると使用人たちがわたしたちに向かって一斉にお辞儀をした。
「わたくしたち、お姫様になったみたいですわね」
「遊びに来たわけではないのよ、ソーニャ。きっと父から託された重要な任務があるのよ。シークレット・ミッション。わたしたち、陰謀に巻き込まれるの」
「陰謀って……また小説のネタにする気なんですの?」
「ま、まあね。だって公爵家よ。こんなすんごい屋敷、二度と来れないのよ」
「私語は慎みなさい、レディーたち」
はしゃぎすぎたようだ。
クリス叔父様に叱られてしまった。
※
公爵家到着の二日後、ラファエル様からヴィセンテ家と母との関係を知らされた。クリス叔父様の話とは少し違っていた。わたしにとっては衝撃の内容だった。
だって、前世のラノベやマンガやアニメそのものだったから。
ラファエル様の伯父、アウグスト・デ・ヴィセンテ公爵様は母の元婚約者だった。戦勝記念パーティーのとき婚約破棄された母は、たまたまその場に居合わせたわたしの父に助けられ、そのままノルデン国へ来たらしい。
しかも、母が産んだ子は公爵様との子だったのだ!
――それで母の心は壊れてしまったの?
ということは、わたしは母と公爵様の娘!?
『ヴィセンテ』はわたしの本当の父?
なるほど、早産だったというクリス叔父様の話と合わせれば辻褄が合う。
今までわたしが実父に会えなかったのは、お祖父様が公爵家との接触を物理的に阻止していたから。
母との婚約を破棄したあと公爵様が結婚した妻と子は、馬車の事故で数年後に亡くなってしまった。その後誰とも結婚せず、最近では重病を患ってベッドに臥せっているらしい。
母は、いわゆる『婚約破棄された令嬢』だったのだ! しかも実父はセルフ断罪してしまった?
小さいときからメリディアナ語を学ばされていたのは、祖父母との会話のためだけではなかったということね。いつかはメリディアナ皇国へ行かなければならなかったということ。
それがたまたま今だったということ。
※
「レディー・セレーナ、伯父に会って欲しいのです。伯父はずっとあなたに会いたいと願っていました」
「ええと……わたしの遺伝上の父ということですよね」
「まるで他人のような口ぶりですね……まぁ、そうなのでしょう。今まで会ったことがなかったのですから」
「存在を知りませんでした」
「伯父は長年の暴飲で身体を壊し、今はもう立ち上がれない状態なのです」
実父は母を裏切った人でしょう?
それが原因で母は精神を病んだのでしょう?
アールグレン父が助け舟を出さなければ今ごろどうなっていたか……わたしは私生児のまま侯爵家で表に出なかったかもしれないし、そもそも生まれていなかったかもしれない。
実父は婚約者だった母と既成事実を作ったあと短期間で浮気し、婚約破棄したのち浮気女性と結婚。
こんな父なら、いない方がいい。
いっそのこと生まれなかった方がよかった。
※蒸気機関車なので、長距離の場合は補給(石炭・水)や乗務員交代・夜間停止があるそうです(ネット調べ)。
※馬車で一日は東京駅から北鎌倉駅くらいだそうです(ネット調べ、地形によって変わるそうです)。




