婚約破棄の代償――母の瞳の向こう
メリディアナ皇国へ行く前に、わたしは一旦領地に戻り、お母様に面会した。
皇国のことは覚えていないかもしれないけれど、試しに聞いてみようと思う。
「おば様、お元気で過ごしていらっしゃいますか?」
――おば様――わたしを産んだ母のこと。
母はわたしを娘だとは思っていない。一度も触れ合ったことがない。月一回だけほんの少しお話をするだけ。
わたしは実家から一緒に来た『姪』ということにされている。
今さら寂しいとは思わない。
はるか昔に愛されることを諦めたから。
「いらっしゃい、セレーナ、ソーニャ。あなたたちも元気そうね。わたくしの王子様は一緒ではないのかしら?」
ソーニャとわたしは顔を見合わせた……いつも通りね、と思いながら。
『すまない、セレーナ』と、父は謝ってばかりだけれど、一度も理由を聞かされていない。何だか理不尽。
母はわたしを産んだことさえ忘れてしまった――今は王子様と婚約中――って、どんだけこの人の頭は壊れているの?
しかも『王子様』って父のことだよ。
アレが『王子様』?
どこにでもいそうなくせっ毛金髪の四十代オジサン。頭頂部が怪しいフツオジ。
アレがわたしの両親なんだよ。
母の目は父を見ているの?
父は母を愛しているの?
ただの茶番じゃないの?
紅茶じゃなくてほうじ茶飲みたい。
小ぶりながら母屋よりも豪華なアールグレン屋敷の離邸には、ガラスでおおわれたサンルームがある。そこには母の実家ソアレス家の温室にあった植物が移植されているとか。
母は何年か前の結婚式で着たウェディングドレス姿で、ブランカ夫人に紅茶をいれてもらっていた。
それだけ見ると侍女にお世話されている貴族の奥様という感じ――ウェディングドレスは別として。
「おじ様は会議のため議事堂へ行ってますわ。しばらく忙しいそうですの」と、ソーニャ。
今は会議期間なので、なかなか領地へ戻れない。かといって母を首都へ連れて行く訳にもいかない。
「そう……王子様だもの、いろいろおやりになることがありますのね。このところ会いに来てくださらないから、とても寂しいの……」
うわ~母、どんだけ父のことが好きなんだよ。
「おば様、メリディアナ皇国の公爵家を知ってる? ヴィセンテと言うそうよ」
「皇国……公爵……ヴィセンテ……」
そう言ったとたん母は呼吸を乱し、恐ろしいうめき声をあげた。
「ああ、あああぁぁ〜!」
どうしたの、お母様!?
うめきながら顔をおおい、肩を震わせて丸くなる母。こうなると、父かブランカ夫人でないと母をなだめられない。
「お嬢様、そのことは口にしてはいけません!」
ブランカ夫人に小声で注意された。
「あ……ご、ごめんなさい?」
聞いてはいけないことだった?
しばらく苦しそうに胸を押さえ、焦点が合わなかった母だが、夫人が見せたウェディングドレスのデザイン画を見ていきなり微笑んだ。
これも慣れちゃった。
わたしが母にできることは、話し相手になることくらいしかない。
スケッチブックいっぱいに描かれた何枚ものデザイン画の中の一枚。この感じだと、だいぶ完成に近づいているみたい。
「年末に王子様と結婚式をするの。一生の思い出だから、素敵な式にしたいわ。そろそろドレスメーカーを呼ばなくては、と思って。あなたたちも出席してくれるわよね」
「「……」」
「絶対出席してね、ブーケも用意しなくてはね。楽しみだわ、ウフフ」
幸せそうに、母は花壇の手入れをはじめた。
「「……」」
無言でわたしたちは離邸をあとにした。
「わたし、しばらく歩きたい。このまま屋敷に戻りたくない。池まで散歩してくる」
「付き合うわ。それで、どうしますの?」
気まずそうな顔をしたソーニャが尋ねた。
「う~ん、出席したくない――お母様のことが分からない――それに、どうせわたしたちに言ったことなんて覚えていないと思う」
「そう……かしら……?」
「ソーニャ、父と母のことなんだけど……あんな二人でごめんなさい」
「も~、分かっているわ。すでにわたくしがこの家の奥様代わりだもの」
「肝心の伯爵夫人がああだものね。ホント、ゴメンナサイ。老後の介護はわたしが責任を持つから」
「セレーナはお嫁に行ってください」
わたしは池に石を投げながら言った。
「嫌!」
だって、あんな父と母のいるわたしが結婚できると思う?
※
クリス叔父様とソーニャの結婚式の日取りが決まった。
来年の秋。
ソーニャは伯爵夫人見習いから次期伯爵夫人にジョブチェンジする。
そしてわたしたちは理由を知らされないままメリディアナ皇国へ向かう。
☞『ラリサ・アールグレン(デ・ソアレス)』のイメージ画像です。AI Geminiで生成しました。
・『真ヒロイン』はラリサです。
・『真ヒーロー』はユリウス・アールグレンです。
☞タイトルを『最後の結婚式――わたしたちが幸せになる方法なんてあるの?』に変更しました。
たびたび申し訳ございません。




