再会のシュラバ・パーティー
「わたし、少し疲れてしまったみたいなんです。ガーデンベンチで休んでも?」
「気を付けるんだよ、セレーナ嬢。ガーデンの奥へ行ってはいけない。不埒な輩がいるかもしれないから。人目に付く窓辺のベンチにいるといい」
「もちろん、気を付けます」
「落ち着ける飲み物を取って来るから待っていて」
ダンスは苦手なので、わたしはヒールでパンパンになった足を休めようとガーデンのベンチに座った。
「ふぅ~、パーティーって思ったよりも疲れる。いっそのこと裸足になりたい。このままベンチで寝転びたい……けれど、小説の題材は見つけたいし……」
足を投げ出してベンチで休憩していたら、吊り目をした金髪令嬢が目の前に現れた。
うわっ、縦ロール! こ、これはお約束の!?
で? 鮮やかなグリーンのドレスだけど……まさか、今話題の『死のドレス』じゃないよね?
ヒ素をまとったエメラルドグリーンは死を呼ぶから危険なのだ。
「あなたみたいな人がどうしてミハイロフ様と一緒なんですの?」
「えっ?」
「ミハイロフ様に近づかないでくださる?」
で、出た~!
これはもしかしなくても悪役令嬢!?
はじめて見た、感動で全身が震える!
ラノベかマンガかアニメみたいな人が本当に存在するとは!
この人の言葉を一字一句聞き逃さないようメモしなければ!
「ミスター・ミハイロフのお知り合いでしょうか?」
「『ミスター・ミハイロフ』ですって? あなた何様なの? 恋人候補のわたくしに向かって何を!」
「あの、ちょっといいですか? その発言、メモさせていただいていいですか?」
「いいわけないでしょう!」
許可を求めたので(得てはいない)この女の言ったことを速記しよう。メモ用紙はどこだっけ。
だけどちょっと待って。ミスター・ミハイロフの恋人候補? 候補ってなんだ?
面倒事しか見えないので、ミスター・ミハイロフを待たずに退場しよう。
「恋人候補様、ご健闘をお祈りします。ではごきげんよう」
こういう頭のおかしい人には関わらないが吉。これで『悪役令嬢』モノが(少しだけ)書けるかも!
ところがそうはいかなかったのだ。
そうだった、悪役令嬢って諦めが悪いんだった。
「気に入らないですわ、あの方のことを気安く呼ぶなんて!」
「え、ええぇっ? ちゃんと敬称を付けていますけど?」
その女はわたしの頭部目がけ、扇子で横スライディング叩きしてきたのだった!
バシィン!!!
「キャァッ!」
狂暴、横暴! 暴力反対!
強情で負けず嫌いなわたしは、ただちにお手製の二倍金属骨大型デコレーションハリセンで令嬢の頭部を上から叩きのめしたのだった!
「し・か・え・し!」
パシシシィッ! と、二倍の威力を持つ連続音がした。
フフンッ、どうよ。
令嬢の髪飾りが折れ曲がり、髪が乱れた。
すごいよ、この二倍金属骨大型デコレーションハリセン!
「何するんですの、この暴力女!」
フンッ、あなたが先に手を出したの。セレーナをなめてもらっちゃ困る。前世では痴漢を退治して警察に引き渡したこともあるんだから!
間髪入れず襲ってきた令嬢の扇子。
何とわたしの頬めがけてひときわ殺傷力の高い、回しスライディング攻撃してきたではないか!
とっさに横を向いたので頬を守ることはできたものの、一瞬息ができず、頭が真っ白になって足がもつれ、肘からガーン! と倒れてしまったのだった。
鋭い肘の痛み。
流れる血。
これは……マズイ……。
非常にマズイ。
「誰か、助けてー!」
会場いっぱいに響き渡るほどの渾身の叫び声をあげたら……。
「セレーナ嬢! どうしたのですか!?」
聞いたことのない男性の声がした。
「あ……あ……この方が、わたしを……」と、儚げなアニメ声で訴えるわたし。
決して嘘は言っていない。
ここでは見かけ上わたしが悲劇のヒロイン。しかも今は……肘が痛いです。血が出ています。足もねじったかもしれないです。誰か助けてください。
「違う、違うわ、この女がわたくしを……」と、言い訳する悪役令嬢(仮)。
コルセットのせいか、胸が苦しい。あぁ、意識が遠のきそう……。
「セレーナ嬢!」
やっと来てくれたのね、遅いわ、ミスター・ミハイロフ……。
ミスター・ミハイロフがわたしを助け起こすと、知らない男性がムッとした顔で『セレーナ嬢はぼくが介抱します』と言い、無理やりわたしを奪った。
(だから、誰?)
「へえ? あなたはセレーナ嬢とどのような関係が?」
ミスター・ミハイロフが男性に挑戦的な眼を向けた。
「先ほども言いましたが、セレーナ嬢はぼくが介抱しますので、お構いなく」
そして男性は悪役令嬢(仮)に『こんなことをするなんて、最低だな』と言い放った。
(みんな知り合いなの?)
そこからは何が起きたのか分からない。わたしの意識は本当になくなったから。
※
気づいたら見知らぬ部屋だった。たぶんハンソン屋敷の客室。内部は混沌としていた。
「さて、ご令嬢。どういうことなのか説明してもらえるかな?」
ミスター・ミハイロフに連行され、頬を真っ赤に染めながら泣いている悪役令嬢(仮)がいた。
「セレーナ嬢、今すぐ腕の手当てをしてもらいますね、あなたに傷がついたらぼくは……」と、見知らぬ男性がうつ向きながら言う。
茶髪で鼻の周りに薄っすらソバカス。
誰だっけ?
「あなたはセレーナ嬢の知り合いなんですか?」と、男性がミスター・ミハイロフに話しかけた。
「僕? 彼女の……何なんだろうね。そういう君は何なんだい?」
「ふざけているんですか?」
こんなところで争わないでほしい。わたし怪我人なんですけど。
「自己紹介もなしに僕に話しかけてくるなんて、失礼だと思いませんか?」と、ミスター・ミハイロフ。
「大変失礼しました。ぼくはヘイデン伯爵家のトーマスと申します」
トーマス?
ヘイデン伯爵家のトーマスって言ったよね?
もしかして、アレ?
現れなかったわたしのお見合い相手。
グワァァァ~~〜!
ドゲザしろや、ドゲザァ〜!
「なるほど、ヘイデン家のご子息でしたか。僕はセーヴェラ国のイリヤ・ミハイロフ。君こそセレーナ嬢とはどういう関係なんですか?」
「ぼくはセレーナ嬢の婚約者候補です!」
違〜う!!
激しく違ぁ〜……わなかった。
そういえば婚約者候補様だった。
まずは謝罪だろうが、地面まで頭を下げてから出直しなさい!
しばらく言い争ったあとのミスター・ミハイロフが謎の行動をとった。
「僕はこれで失礼します、ヘイデン家のご令息」と言いつつ彼の腕にくっついていた令嬢に向き合うと、「あなたはエスト子爵家のご令嬢、ルシィ嬢ではありませんか?」と、改めて彼女の手を取った。
(あっ、このお嬢様知っていたんだ)
「あの、ミハイロフ様、わたくし……」
「パーティーで二、三度拝見しましたが……」
エスト子爵家のご令嬢らしき悪役令嬢(仮)はひたすらミスター・ミハイロフを見つめていた。
そりゃそうですよね、彼の色気というか美貌は飛びぬけているから。
「お嬢様はいつの間にか僕の恋人候補になっていたのですね、存じませんでした。それならしばらくお付き合い願えませんでしょうか、レディー」
ミスター・ミハイロフに迫られた悪役令嬢(仮)は、皮肉に気づきもせず「はい」とうなずいた。
「セレーナ嬢、この男性があなたを気にしているようだけど気を付けてね、騙されちゃだめだよ」
ミスター・ミハイロフはわたしにそっと耳打ちし、令嬢と一緒に消えて行った。
耳の奥がこそばゆい。
「ずいぶん軽い男なんだな」
同感よ、わたしを無視しやがったヘイデン家のトーマス様。
そんな男なんだけど、結婚したら不倫しそうだし破滅しそうなんだけど、憧れるの。素敵な大人の男性だから。隣にいるとドキドキするの。
わたし破滅願望でもあるのかな?
ミスター・ミハイロフは麻薬。
ヤク中になりそう。
オーバードーズで死にそう。
「セレーナ、どうしたんだ!?」
やっと現れたソーニャとクリス叔父様。
「あぁっ大変、セレーナが!」
二人とも遅いのよ。
これっていわゆる『修羅場』ってやつだったの?




