【第106話】宗一郎物語・その1【外伝】
「はぁ・・・、はあ・・・。」
鉄と血の匂いがあたりに広がり、そこらかしこで腸をぶちまけたり首を落とされたりした死体が転がる中、俺の体からも徐々に血が流れ命が消えゆこうとしていた。
「ぐう!ここまでか・・・。」
自身の負っている傷は明らかに致命傷だ。
幾度の戦に身を投じたからこそわかる結果だった。
「惜しむらくは大将の首を取りそこねたことだがが仕方ない。ここらが潮時だな。」
俺はゴロンと地面に力なく大の字になると一気に体から血が流れる。
眠い。
疲れた。
そしてゆっくりと目を閉じる。
「見つけましたよ。我が剣となるものよ。」
そんな声が聞こえた瞬間俺は全く知らない空間に飛ばされていた。
「な!?ここはどこだ!?俺は死んだはずでは!!」
眼の前に立つ見たこともない出で立ちの女にそう聞かずにはいられなかった。
「ええ。貴方は確かに命を、大戦により落としました。ですが私がそれを拾い、ここに呼んだ次第です。」
俺は勝手なことを言う女を斬り伏せようと抜刀してみるが刀が鞘から抜けることはなかった。
「ぬ、抜けぬ!?」
「ええ、その力は一時的に封じさせてもらいました。貴方の力は強大すぎるが故、仕方のないことだと思ってくださいませ。」
「好き勝手抜かしよって!!お主は何なんだ!?」
俺が力の限りそう叫ぶとその女は一言だけ言った。
「私は神です。そして貴方に新たな世界の勇者として降臨してもらいます。」
「か、神だと・・・!?」
何を言っているんだこの女は!
だが、全く力が入らぬ。
「無駄ですよ。私を、使命を受け入れるのです。」
そう言い自称神と名乗る女の手が迫ってっくるが俺は今度は体そのものが動かなくなる。
「ぐぅ!」
そしてその女の手が俺に触れた瞬間頭の中に直接俺が知らない世界の知識や言語、更には俺がすべき事までを強制的に植え付けられた。
「があぁ!!」
俺はその反動で大きく体を仰け反らせるが、女はそんな事構っている様子はない。
「さて、ではこれで準備が整いました。いてらっしゃい。そして貴方の使命を果たすのです。『勇者宗一郎』よ。」
女が一方的に会話を終えると俺は再びどこかに飛ばされるのを感じる。
そして気がつくと俺は見知らぬ建物の中にいた。
それは見知らぬはずだった・・・。
だが俺の頭の中に強制的に植え付けられた知識により状況が瞬時に理解できた。
「おおお!!本当に女神ルミナリア様がお告げの通り、『勇者』お遣いになさった・・・!!これでこの世界は救われる!!」
一人の男が俺を見、感動の涙を流している。
周りも同じ様に破顔しながら喜び合っていたが一人、少女がなんとも言えぬ表情で俺を見ている。
その少女は明らかに日の本の人間ではないことが明白な顔立ちをしていたが、とても整っており、心から美しいと思える少女だった。
「ようこそおいで下さいました。勇者様。」
そう言いその少女は俺の前で跪き頭を垂れた。
「よせ。俺はそんなものではない。そして名は宗一郎と申す。」
「ソーイチロー様ですね。失礼致しました。しかし貴方様の使命は・・・。」
少女がそう言いかけたところで激しい頭痛が走る。
強制的に植え付けられた知識が呼び起こされ、『勇者』としての役割、使命で思考が一杯になる。
「ぐぅ・・・!」
俺が頭を抑えその場でよろめくとその少女が駆け寄り俺を支える。
「御加減がよろしくないのですか?」
俺はその少女の手をバッと払う。
「・・・気にするな。」
「そう・・・ですか・・・。」
明らかに少女の気分が下がっているようだが今は構ってやっている余裕がない。
あの自称神を名乗る女に植え付けられた思考で他のことまで考える事ができないのだ。
「この場の最高責任者は誰だ?話がある。」
俺は半ば強制的にその思考に従うような形で話を進めることになる。
「はっ、私がこの『ルシウス国』の王、ヘンリーと申します、女神ルミナリア様の使徒様。いや、『勇者』様。」
『勇者』と聞く度に頭に頭痛が走り否定したくなるが、それを植え付けられた思考が許さない。
「ぐ・・・、御託は良い。俺にはやらなくてはいかぬ事がある。」
それを聞いたこの国の為政者たちは頭を下げる。
「はっ!よろしくお願い致します。」
「早速明日より、俺は旅に出る。」
「わかりました。では本日は最高のおもてなしをさせていただきます。」
「いらぬ!それよりもお主達は俺が旅をする上で最低限の物資を用意しておけ。それと馬もだ。」
「ははっ。」
俺は早々に部屋を出て今日の一夜を過ごす部屋に通される。
その部屋はなにやらごちゃごちゃと飾り付けをしていてとても落ち着かない部屋だったが、俺専用に用意した部屋だという事で代えの部屋もない。
俺は仕方なくその部屋の隅に腰を落とし、愛刀を支えに寝ることにした。
だが、寝ようと思っても色々な考えが押し寄せては、それを塗り替えるかのようにこちらの世界の話で押しつぶされる。
それはまるで高熱にうなされた時に見る悪夢のようだった。
「ぐ、うぅ・・・!」
「・・・ロー様・・・。ソーイチロー様・・・!」
俺はその声にとっさに抜刀し声をかけてきた者の首筋に刃を立てる。
そこには恐怖で声を発せなくなっているあの少女がいた。
「はっ!すまぬ・・・。」
「はぁ、はぁ・・・。いえ、失礼致しました・・・。私がいけないのです。余りに苦しそうなお声を上げているソーイチロー様の様子を見てしまったが故の行動でした。どうかご容赦を。」
そういい、その少女は地面に頭を擦り付ける生き多いで謝罪の意を示してきた。
「よい。所でお主は・・・。」
「自己紹介が遅れました。私はルシウス国、第一王女兼巫女のミューラと申します。」
「巫女?お主は神に仕えるものか?」
「はい。女神ルミナリア様にお仕えし、時に依代としてこの体をお貸しし、女神ルミナリア様のお言葉をいただいております。ソーイチロー様の
件も女神ルミナリア様からお言葉があり、あのような場を設けさせて頂きました。」
「左様であったか・・・。」
依代、巫女、ルミナリア、そして『勇者』。
これらの単語を聞く度に頭がドンドン痛くなるのを感じる。
意識も朦朧とし始め次第に今が夢なのか現なのかがわからなくなってくる。
俺は頭を抑え思わず呻く。
「ぐぅう・・・!!!」
その様子に慌てたミューラが俺に声を掛けるがそれは逆効果となる。
「大丈夫ですか!?『勇者』様!!いえ、ソーイチロー様!!」
俺は再び発せられた『勇者』という単語で完全に意識が飛び、無意識の内にミューラを押し倒していた。
ミューラはそれを予見していたかのごとく、何も言わずに俺を受け入れる。
気が付くと数刻が経っていたようだ。
頭の痛みは引き、意識も覚醒している。
だが、俺を混乱させたのは俺の隣で寝ているミューラの姿だった。
「俺は・・・、なんてことを・・・。」
その声にミューラが目を覚ましこちらに向き直り俺の目を見て話し出す。
「収まりましたか、ソーイチロー様。お加減は如何でしょうか?」
そう聞いてきたミューラの手が小刻みに震えている。
自身はなんとでもないとでも言う素振りをしていたが、内心では恐怖があるのだろう。
「・・・。ああ。問題ない。」
「そうですか。それは良かった。」
「済まなかった。」
俺の咄嗟の言葉にミューラは困惑した様子を浮かべる。
「え?」
「この責任はきちんと自分の役目を果たすことで返すことを誓おう。」
「そう・・・ですか・・・。」
そうして朝日が昇り始め、出発の時を迎える。




