その5
「……」
ライヒ子爵は、呟くようにそう言ってから黙ってしまった。
突拍子もない事を言われて、次の言葉が続かなかったからである。
頭を整理しているのは明白である。
副司令官代理である子爵が黙って考え込んだ事で、皆が次の言葉を待った。
と言っても、それ程長い時間ではなかった。
「興味深い話ではありますな……」
ライヒ子爵は、慎重な口調でそう言った。
こう言った場合、理由を付けて否定するのだが、そういう雰囲気ではなかった。
まあ、直ぐに結論が出る話ではないからである。
「貴官もそう思いますか?」
エリオの方は、言葉を額面通り受け取り、子爵が興味を持ったと判断した。
前のめりになったエリオをさぞ残念にマイルスターは思っただろう。
だが、和やかな表情は崩さなかった。
「少なくとも、一考の余地はあると思われますな……」
ライヒ子爵は否定はしなかったが、含みのある言い方であった。
子爵は子爵なりの考えがあった。
いや、懸念というか、何と言うか、残念な感じが先立っていたのだった。
(殿下はお分かりになっているのだろうか?
この話を進めると、殿下の仕事が増えるという事を……)
ライヒ子爵の懸念は、残念そのものだった。
兵学校の有効性は説明されなくても分かる。
ただ、それを有効なものとする為には、準備が必要である。
それって、トップの判断が非常に重要となる。
丸投げで済む問題ではない事は、明らかだった。
そこまで、思考が行き着いていたので、ライヒ子爵は迷っていた。
これを指摘していいのかどうかを……。
なので、助けを求めるように、マイルスターを見た。
(あっ、そこに気が付きましたか……。
流石です)
マイルスターはライヒ子爵と目が合った瞬間、悟ってしまった。
と同時に、総参謀長の仕事をしなくてはならないと感じた。
マイルスターの場合は、予備調査の段階でこうなる事は予想していた。
とは言え、エリオの本気度を確認する必要はあった。
「子爵閣下も仰っているとおり、まずは、本格的な調査が必要だと思われます。
兵学校を設置せよでは、済まない話だと思いますよ」
マイルスターは、和やかな表情を一層和やかにしてそう言った。
ライヒ子爵は、そこまで言っていないという表情をしていたのは言うまでもなかった。
だが、特に口を挟む事をしなかった。
話が進むと思ったのだろう。
「うーん……」
エリオは、考え込むようにそう言った。
(察しましたかねぇ……)
マイルスターは、笑いを堪えるので精一杯だった。
どういう訳か、エリオの周りにいる人間は、こう言った駆け引きが好きなようだ。
と言うか、どう騙して、エリオを有効活用するかを考えている。
そうしないと、直ぐにサボるからである。
「そうだな、先ずは調査委員会を設置し、本格的に調査する必要があるな」
エリオは毅然とした態度で、そう決断した。
格好いい台詞の筈なのに、周りはそうは思っていなかった。
(あくまでも、丸投げを狙っていますね……)
マイルスターは、呆れてそう思った。
だが、表情は和やかな表情を更に和やかにしていた。
明らかに、進めてしまえば、こちらのもんだと言うばかりに……。
「では、調査委員会を設置するという事で、よろしいでしょうか?」
マイルスターは、確認を取った。
「殿下の意見に賛同いたします」
ライヒ子爵もマイルスターの意図を察して、間髪入れずに同意した。
「うむ、では、マイルスター、そのように取り計らってくれ」
エリオは、嵌められているとは知らずにそう言った。
とは言え、形としては、総司令官の面目躍如と言った感じである。
威厳ある態度で、命令を下す。
それで、自分は楽が出来る。
流石に、『漆黒の闇』である。
だが、残念な事に、報告を受け、それを検討し、指示を出すという仕事が増える事が分かっていないようだった。
いつも通り、稀代の策略家はそんな程度なのであり、自分で仕事を増やし、その仕事に追われるのだった。
「委員会の人選は如何様に致しましょうか?」
マイルスターは、和やかにそう尋ねた。
「貴公に、任せる」
エリオは、ある意味勝ち誇っていた。
「畏まりました」
マイルスターは、和やかな表情で真意を隠していたのは言うまでもなかった。




