その4
一行が馬車に乗り込むと、馬車は直ぐに出発した。
……。
しばらく、妙な沈黙が流れていた。
(婚約の話はめでたい話だよな?)
ローグ伯は沈黙の中、不安を隠せないでいた。
一応、側近であるマイルスターやシャルスの表情を伺った。
取りあえずは、いつも通りにしているようだった。
まあ、伺った所で、よく分からないというのが伯爵の本音かも知れない。
「さて、ローグ伯、貴公が自ら出向いた理由をお聞かせ願いませんか?」
エリオは、馬車がある程度港から離れた地点で、真面目な表情で質問してきた。
もう敵の目は届かないという判断なのだろう。
「!!!」
ローグ伯は、エリオが真面目な表情になったのでビクッとした。
咎められているのでは?と感じたからだ。
でも、まあ、直ぐにそうではないと感じた。
(照れているだけだろうか……?)
ローグ伯はそう思ったが、今はそんな場合ではないと感じた。
「お察しかと思いますが、猊下からの要請です」
ローグ伯も、エリオに倣って真面目な表情でそう答えた。
「まあ、そうでしょうな……」
エリオは、いつものやれやれ感満載でそう言った。
「全て穏便に済ませてほしいとの事です」
ローグ伯は、端的にそう言った。
「ふぅ……」
エリオは当然の反応のように、溜息をついた。
騒動を起こしたのは自分ではないという意思表示である。
それを見たマイルスターは、和やかな表情で呆れていた。
「具体的にはどういった事を要請されたのでしょうか?」
エリオは、更に質問を重ねた。
「まあ、全てを水に流して、争いなく、軟禁状態の人々に自由を与えろという事ですな」
ローグ伯は、そう言うと苦笑いをした。
伯爵も伯爵で、無茶苦茶な事を言っているという自覚があるのだろう。
そして、実現が可能かというと、どうなんだろうか?という疑問を持たざるを得ないのだろう。
「……」
エリオは溜息さえつけずに、絶句していた。
口には出さなかったが、何勝手な事をと思っているのは確実だった。
……。
エリオがしばらく何も言わなかったので、沈黙が流れてしまった。
なので、マイルスターは仕方なく、口出しをすることにした。
「閣下、今回の戦い方はそう言う事も考慮しての戦いだったのですね」
これは、総参謀長として、話を続ける切っ掛けを作ろうとしたのだった。
いつもの和やかな表情で、そう言っていたが、本心からそう言っている訳ではなかった。
何で、ああいった戦いになったかは総参謀長だからよく分かっていた。
とは言え、結果的にこれを使えるのではないかと思っていた。
「ああ、そうかも知れないな」
エリオは、直ぐに同意した。
考えていなかった訳ではなかったからだ。
今回は、シーサク側の感じ方はともかくとして、形としてはリーラン側が情けを掛けた形で海戦は終結している。
貸しを押しつけた形ではあるが、外交上、借りは返さなくてはならないだろう。
そう言ったロジックからは、この後開かれるであろうシーサク王国との会談はスムーズに進むように思えた。
(しかし、面倒な事ではある……)
エリオは口には出さなかったが、表情から周りの人間に伝わっていた。
無論、本人はそれを感じてはいないのだが……。
「成る程、流石に、閣下は深慮遠謀ですな」
ローグ伯は、感心したようにそう言った。
(あ、ああ……)
ローグ伯以外の3人は、微妙な空気になったのは言うまでもない。
とは言え、伯爵の意見を積極的に否定する者はいなかった。
説明が面倒になるからだ。
そして、その面倒さが必ずしも報われるとは思えなかったからだ。
ならば、放っておくのが無難だろう。
取りあえずは、現状を利用できるのであれば、それを大いに利用すればいい。
こうなってしまった以上、課程などどうでも良く、結果をどう利用するかである。
とは言え、3人の反応の薄さにローグ伯は気が付かない訳がなかった。
勿論、伯にはその理由は分からないのだが……。