その8
さて、エリオの相手側のワルデスク艦隊である。
エリオの停船要求は意味をなさなかった。
それどころか、ワルデスク艦隊は加速した。
24vs4。
小艦隊に指図を受ける謂れはないとばかりに、加速していた。
ワルデスク侯は、エリオ艦隊が足の速い艦艇で構成されていると聞いていた。
こちらが圧倒的に数的有利なので、その足を利用しない手はないと思っていた。
なのに、のろのろと動いている。
これは、明らかに挑発だと受け取った。
「閣下、敵より再び信号が送られています」
スライスが、暗い表情で報告した。
「何か?」
ワルデスク侯は、ぶっきら棒に聞いてきた。
エリオの挑発に何とか貴族としての体面を保ってはいた。
が、限界を迎えていたのは言うまでもなかった。
息子のジル・ワルデスク伯の方は、最初の停船要求で切れてしまっていた。
それを父親に手で制されていたので、一応、黙ってはいた。
だが、信号という言葉でもう爆発しかけていた。
上層部がこんな感じだから艦隊には不穏な空気が流れていた。
とは言え、エリオの上から目線での指示には納得できよう筈もない。
なると、自ずとやってやるぞと言う雰囲気が強くなるのだった。
「『停船せよ、然らずば攻撃する』との事です」
スライスは、報告しない訳には行かないので、信号を読み、そのまま報告した。
「ち……」
と真っ先に反応したのはジル・ワルデスク伯であったが、
「全艦砲撃開始!
敵を逃すな!」
と息子の声を大きく上回る怒鳴り声で、ワルデスク侯は命令を下した。
ドッカーン!ドッカーン!
スライスが伝令係に指示を出す前に、あちらこちらから砲撃音が響いた。
水兵達も信号の意味は分かっていたので、命令が聞こえたと同時に、まず旗艦が砲撃。
続いて、周りの各艦が波打つように砲撃が広がっていった。
(くっ……)
スライスは、苦い表情になった。
ここは神域である。
当然、先に手を出したものが厳しい状況に追い込まれる。
エリオ艦隊を全て葬ってしまえば、後はどうにでもなるとワルデスク家は考えているようだ。
だが、それは話して適うのか、疑問だった。
彼らがこういった数的不利な戦いを何度も経験している事を知っていたからに他ならなかった。
(しかも、射程外からの砲撃。
何の効果ももたらさないだろう。
それどころか、付け込む隙を与えてしまった……)
スライスはそう悔やんでいたが、もう後の祭りだと思っていた。
砲撃は次々となされるが、エリオ艦隊は何事もなかったように、航行している。
それを見て、逆上している司令官達が、更に逆上した命令を下していた。
スライスは、地獄の光景を見ていた。
それにしても、流石に『漆黒の闇』である。
全てタイミング良く、相手を挑発し、漆黒の闇に引きずり込んでいく。
伊達にその2つ名が冠された訳ではなかった。
え、あ、ご存知かと思いますが、エリオは確かにそこまで計算して、ワルデスク艦隊に信号を送った訳ではない。
単なる煽り名人である。
しかも、無自覚な煽り名人である。
始末に負えない。
だが、本当に始末に負えないのはこれからであるのは言うまでもなかった。