その4
フランデブルグ伯と対峙していたオーマ艦隊の行動である。
「ワルデスク艦隊の援護に向かいましたね」
ヤーデンは、フランデブルグ艦隊が遠ざかっていくのを見ながらそう言った。
そして、オーマにしては反応が鈍いと感じていた。
一応、決断を促す為に、そう言ったのだが、意外にも何も返ってこなかった。
オーマ艦隊に入っている報告としては、サラサ艦隊とワルデスク艦隊が砲撃戦を始めたと言う事だった。
つまり、フランデブルグ艦隊より正確に状況を把握していた。
「閣下、して、どうなさいますか?」
ヤーデンは、いつまで待っても答えが返ってこないと感じたので、直接尋ねる事にした。
「う~ん、ちょっと意外な行動だったのでな。
罠があるのではないかと、観察していたのだよ」
オーマは、フランデブルグ艦隊をジッと見ながら、ようやく口を開いた。
「!!!」
ヤーデンは、「そう言われてみると」となった。
敵が急に行動を変えたとなると、確かに真っ先に警戒すべきは罠の存在だった。
罠だとしたら、戦いに引きずり込むというものだろう。
が、果たして、それは敵の利益になるのだろうかと言う事である。
その辺が、オーマには理解が出来ないでいた。
尤も、これはフランデブルグ艦隊も、オーマと同じ情報を持っているという前提で考えている。
だが、その前提自体がおかしいという事は、流石にオーマ達も気が付いてはいなかった。
そういう面もあり、判断が遅れてしまった。
要するに、難しく考えすぎたのだった。
「閣下、このままですと、敵艦隊は合流します。
そうなると、明らかにサラサ様が不利になるのでは?」
ヘンデリックは、現状を見たままに、報告するように言った。
ヘンデリックにして見れば、考えは至って単純だった。
罠があるにせよ、追撃せねば、事態は悪化するという考えだった。
「……」
「……」
オーマとヤーデンは、ヘンデリックの進言に顔を見合わせた。
成る程と思うと同時に、今回の件ではお互いに精彩を欠いているのを自覚した。
とは言うものの、その辺は流石の2人である。
「その通りだな」
オーマは、遅まきながらヘンデリックの意見に賛同した。
ヤーデンも隣で頷いていた。
「全艦、敵艦隊を追尾する。
ただし、罠の可能性もある。
慎重に追尾するぞ」
オーマは、賛同すると直ぐに命令を下した。
ヘンデリックは敬礼すると、各所に指示を出すように伝令係に伝えた。
オーマは艦隊は、フランデブルグ艦隊を追撃し始めた。
慎重さもあり、距離はフランデブルグ艦隊がオーマ艦隊を追尾していた時よりは離れていた。
付かず離れずといった感じだろう。
とは言え、追尾する側が完全に逆転したのは興味深い。
そして、また、これは違う神経戦の始まりでもあった。
……。
「閣下、第2艦隊より報告。
敵艦隊からの離脱に成功。
現在、ワタトラへの帰還ルートを航行中との事です」
ヘンデリックは、追撃戦の終わりを告げるかのように、報告した。
報告が入ったのは、オーマ艦隊が追尾を始めて、それ程時間が経っていない時だった。
「!!!」
「!!!」
オーマとヤーデンは、口には出さなかったが安堵の表情を浮かべていた。
信頼していたとは言え、こうしてちゃんと報告を受けるまでは心配で堪らなかったからだ。
「敵艦隊への追尾を中止。
以降は、支援艦艇での監視へと移れ」
オーマは、報告に対しての命令を下した。
「了解しました」
ヘンデリックは、そう言うと、伝令係に指示を飛ばしていた。
と同時に、艦隊にも安堵の空気が流れ始めていた。
「やれやれですな……」
ヤーデンの方も、作戦の終わりを確認したかのようにそう言った。
この言葉は、これまで如何に緊張を強いられていたかを物語っていた。
そして、意外にあっさりと終わった事と無事に終わった事に喜んでいた。
エリオのいつもの面倒くさがりとは全く違うやれやれだった。
「全くだな……」
オーマもヤーデンに賛同するかのように、苦笑いを浮かべながらそう言った。
「とは言え、これで敵は引き下がりますかね?」
ヤーデンは、安心したと同時に参謀長としての懸念を伝えた。
ようやく平常運転に戻ったという感じだった。
「何処までも追ってくる可能性がない訳ではない」
オーマは、ヤーデンの懸念点にそう答えた。
当然、この事は、ヤーデンだけではなく、艦隊に再び緊張を強いるものだった。
「だが、近くに格好の獲物がいるとなると、話は違ってくる」
オーマは、地図上の駒の一つを指差した。
その艦隊は、言うまでもないだろう。