その13
そして、眼前にエリオ艦隊が見えたサラサである。
「何で、ここにいるのよ!」
サラサは、視認したと同時に、叫んでいた。
「……」
流石のバンデリックも口をあんぐりと開けて、呆然する他なかった。
(報告通りでしょうが……)
バンデリックは、あんぐりしていながら心の声は口には出さなかった。
面倒になるからだ。
とは言え、宿敵の艦隊は遠くから見ても直ぐに分かるらしい。
それには、バンデリックも感心せざるを得なかった。
しかし、だ。
そんな事に構っている場合ではない。
サラサはエリオと関わると、引きずられるのか、途端にポンコツになる。
「閣下、予測通り、敵シーサク艦隊との距離は離れています」
バンデリックは付き合っても仕方がないので、サラサをこちらに引き戻す事にした。
「うん、分かった」
サラサは、それでもエリオ艦隊から視線を外す事はなかった。
バンデリックはその様子を見て、やれやれと感じた。
「とは言え……」
とバンデリックは更にこちらに引き戻そうと、話を続けようとしたが、
「こちらはこれから南下しなくてはならないからね。
どうしても、敵と接触する事になるわね」
とサラサは、バンデリックの言いたい事を先んじて述べてしまった。
- 艦隊の位置関係 -
EC
SR
C1
ワタトラ方面
EC:エリオ艦隊、SR:サラサ艦隊、C1:ワルデスク艦隊
「はい、辛うじて、我が艦隊が先んじる事はできると思いますが、アメット海に入った所で、艦隊戦になると思われます」
バンデリックは、呆れながらも更に話を続けた。
話を続けながら、呆れから流石という気持ちに変わっていった。
兎にも角にも、サラサは戦いの匂いには敏感である。
「まあ、現状、それが精一杯ね。
まともに戦っても、まあ、悪くはないけどね」
サラサは、ニヤリとした。
この顔はストレス発散に材料を見付けたと言った感じだった。
「かっ……」
と直ぐに、バンデリックは注意をしようとしたが、
「分かってるわよ、やりません」
とサラサは、バンデリックの注意を遮った。
「……」
バンデリックは、それでも不安そうにサラサを見詰めるのだった。
「御父様の方は?」
サラサは、バンデリックの態度が疎ましく感じられたので、話題を変える事にした。
とは言え、これは通常の質問である。
こんな流れになっていなければの話ではあるが。
「侯爵閣下は、現在別働隊と対峙中です。
しかしながら、交戦の報告は受けておりません」
バンデリックは誤魔化されたと感じながらも、変な質問ではなかったので、それに答えた。
「不思議よね……」
サラサは、バンデリックの報告に戸惑っているようだった。
「どういう事です?」
バンデリックの方は、サラサ以上に戸惑っていた。
「別働隊を指揮しているのは、確か、フランデブルグ伯よね。
この前、ワタトラを襲撃した艦隊の指揮官よね」
サラサは、バンデリックの疑問にそう答えた。
「そうですが、何か?」
バンデリックの方は、質問に答えて貰ったはずなのに、更に戸惑いの表情を浮かべた。
「前の戦いでは、上手く戦っていたわよね」
サラサは、エリオの時とは真逆の反応をしていた。
「はぁ……」
バンデリックは、何が言いたいのか分からなかったので、適当に相槌を打つ他なかった。
「それを変えてくるなんて、余っ程の事よね」
サラサは、ちょっと考え込むようにそう言った。
「……」
バンデリックは、その態度にちょっと戸惑った。
(あれ?でも、本当に考え込んでいる?)
バンデリックは、サラサの様子を見て、更に戸惑った。
「閣下、恐らく、ワルデスク侯の方が、爵位が上だからではないでしょうか?」
バンデリックは、少し遠慮勝ちにそう言った。
「はぁ?」
サラサは、目が点になっていた。
とは言え、納得し難いという訳ではなかった。
「あ、まあ、それだけではないでしょうが、前回の戦い振りに、シーサク側としては不満だったのでしょう」
バンデリックは、サラサの態度にちょっとおかしく感じたが、真面目にそう答えた。
「う~ん、正しく戦果が評価されていないという事か……」
サラサは、何だか身につまされる様な感じだった。
バルディオン王国での、貴族のしがらみはあり、面子もある。
ただ、こんな不当な評価を受ける事はまずなかった。
(そう考えると、我が国は、まだマシという事なのね……)
サラサは、しみじみとそう思うのだった。
上には上もいるのだが、下にも下がいるものだ。
「……」
バンデリックは、いつになくサラサが謙虚なので、どうしたものかと感じていて、黙っていた。
「ワルデスク侯って、確か、13貴族だったけ?
シーサク王国建国の立役者の?」
サラサは、またいきなり話題を変えた。
「はい、仰る通りです」
バンデリックは、話しについて行こうと必死だった。
流石に、名将である、いや、迷将。
どちらともに当て嵌まる人間は、度々話題がとっ散らかる。
一般人から見ると、ぐちゃぐちゃである。
本人は理路整然のつもりである。
困ったものだ。
「成る程、そう言う事で、並々ならぬ意欲で、あたし達を追ってきているという事ね」
サラサは、現状の分析が終わったようだった。
「……」
バンデリックの方は、それに対して沈黙した。
納得できなかった訳ではなかった。
ワルデスク艦隊の士気が高いのも、フランデブルグ艦隊が自制が効いているのも、これが原因だと思ったからだ。
「ふん、本当にあれはムカつくわね!」
サラサは、怒気に満ちた口調でそう吐き捨てた。
その視線の先は、やはり、エリオ艦隊だった。
サラサ艦隊は、今まさに、その鼻先を通過していた。
当然、目がいい人間同士、互いを認識していた。
エリオ艦隊にしても、サラサ艦隊にしても、互いに遺恨ありまくりである。
前年、と言ってもまだ1年も経っていないサキュス沖海戦でやり合った仲である。
暴発してもおかしくはないが、互いに理性が効く者同士である。
そんな素振りも見せずに、サラサ艦隊は何事もないように、エリオ艦隊の前を通り過ぎていった。
とは言え、鼻先を掠めるのは、どう見ても意趣返しである。
と同時に、それに応じるかのように、微動だしないのも立派な意趣返しである。