その7
サラサに睨み付けられた本人は、艦上でのほほんとしていた。
いつもながら緊張感が感じられない。
(さてと、このまま推移してくれれば、何の問題もないな……)
エリオはお気楽にそう考えていた。
エリオ艦隊は既に所定の位置に到着していて、待機状態になっていた。
そして、この時、正にサラサはベロウの港を発していた。
サラサの艦が本隊と合流して、帰還する。
その時、エリオ艦隊の鼻先を通過する事になる。
そのバルディオン艦隊を追って、シーサク艦隊もエリオ艦隊の鼻先を通過する。
そうすれば、スワン島沖で海戦が起きる可能性はゼロになる。
と言った各国の艦隊配置だった。
(ルオーラ子爵がよくやってくれたな……)
エリオは、ボウッと地図を見ながらそう思った。
総司令官であるエリオは、既に指示を出し終わっていた。
その指示を、部下達が忠実に実行してくれていた。
なので、今は、いつも通りにしていられた。
そんなエリオを畏敬の念で見ている2人がいた。
ホンド・グリア商会のグラリッチとトピーズだった。
2人は、艦橋に上がる事は許されてはいなかったが、その他、邪魔さえしなければ、どこにいてもいい事になっていた。
なので、甲板上に出て、艦橋の下からエリオを見詰めていた。
「しかし、公爵閣下は全く動じていない」
トピーズが感心したように、グラリッチにそう話し掛けた。
「ああ、お若いのに、立派なものだ。
流石に、成人前に公爵家をお継ぎになり、発展させた事だけはあるな……」
グラリッチも、呼応するようにトピーズにそう言った。
(いっ?)
その会話が聞こえたしまったマイルスターは、艦橋に上がる前に固まってしまっていた。
所用を済ませてから、艦内から出てきたばかりで、ちょうど2人の後ろ側にいる格好になっていた。
確かにマニア受ける性格ではある、エリオの性格は。
だが、どう見ても、この2人は真っ当な人間にしか見えなかった。
(情報担当だからだろうか?)
マイルスターは、固まりながら理由を必死に探そうとした。
「流石に『漆黒の闇』という二つ名を持つ御方……」
トピーズは、更に感心度を上げていこうとしていた。
(あ、その2つ名は、大分誤解があるのですが……)
マイルスターは、いつもの和やかさを取り戻していた。
説明するまでもなく、『漆黒の闇』は内外共に知られていた。
だが、内と外では、使われる意味合いが大きく異なっていた。
「あ、これは総参謀長閣下」
グラリッチが、後ろにいるマイルスターに気が付いて、そう声を掛けて、一礼した。
それに続いて、トピーズも振り返って、一礼した。
「よろしいのですか?お2人共、艦に残られるようですが……」
マイルスターは、気持ちを切り替える意味で、2人に焦点を当てた。
「……」
「……」
グラリッチとトピーズが、マイルスターの思わぬ言葉に互いに顔を見合わせた。
引き続きの乗艦は、エリオから許可を得ていた。
なので、こういう反応になったのだった。
「戦闘になったら、命の保証はできませんから、退艦なさるのなら、今しかありませんよ」
マイルスターは一応心配そうに、和やかにそう言った。
覚悟が決まっているのなら、問題がないのだが、どうにも違う気がしてならなかった。
「公爵閣下は、本艦は戦闘に巻き込まれる恐れは少ないと仰っていましたが……」
グラリッチは、完全に当惑した表情を浮かべた。
「総参謀長閣下は、違う見解をお持ちなのですか?」
トピーズは、焦った表情で尋ねてきた。
エリオの考えだと、自分達が戦闘に巻き込まれる事は絶対にない。
戦闘する意味が、戦略的は皆無だからだ。
戦闘を仕掛けて、勝っても得るものはないし、負けたら悲惨である。
ノーリターン、ハイリスクな事をする人間など存在しないと考えているのだろう。
だが、マイルスターを始め、エリオ艦隊の面々は、緊張感を持って任務を粛々と進めていた。
いつもの事であるが、指揮官がエリオである以上、何があってもその時に慌てないように対応する為の準備を絶対に怠る事はしなかった。
マイルスターに言われて、2人は周りの緊張感に正直、ビビり始めていた。
「どうなんでしょうかね」
マイルスターは、完全に他人事の様にそう言った。
これは心の底から発した言葉である。
決して、誤魔化そうとした言葉ではなかった。
その真意が通じたのか、グラリッチとトピーズは固唾を呑んでいた。
「まあ、閣下は、『漆黒の闇』という二つ名をお持ちの方ですからね」
マイルスターは、和やかにそう言った。
因みに、エリオは、そういう二つ名がある事は一生知らないで過ごすのであった。




