第229話 シリルとスティーブ
シリルはベルの繋がれている牢屋を訪れていた。
ベルはシリルに気づくと頭を下げる。
「有能な弁護士の手配、ありがとうございます」
「君も大切な教え子のひとりだ。できる限りのことはするさ」
とシリルはこたえた。
現在、ベルには国内屈指の法律事務所の弁護士がついていた。これはシリルが手配して、金を払っているのである。
ベルは弁護士からそのことを告げられ、礼を言いたいと思っていたのだ。そうした中での、シリルの来訪である。
この面会には、当然監視の目は有るのだが、二人はそれを気にした様子はない。
「どうしてこのようなことを?」
「散々取り調べでも聞かれましたが、兎に角遠くに物を飛ばしたい欲求からですね」
「他にやりようはなかったのか?」
「軍事予算が一番金額が良いんですよ。研究には金がかかるし、金があるからこそ成功する。博士の偉業も予算がなければ出来なかったことの方が多いでしょう?」
ベルにそう言われると、シリルは黙って考え込んだ。
スティーブと一緒に色々なことを研究してきたが、それらは国家予算だったり、研究成果の見返りを求める貴族の出資だったりがあったおかげである。
それが世の常。科学が発達したから人類は月面に到達できるのではなく、予算があるから月面に到達できるのである。人類が初めて月面に着陸した1969年よりも、現在の方がはるかに科学は発展しており、コンピューターの性能も向上している。だが、日本が月面に着陸できていないのは予算がないからである。
シリルは月面着陸のことなどはしらないが、ベルの言わんとすることはわかった。
大砲で人工衛星を打ち上げる研究よりも、砲弾で遠くの敵国を攻撃するという方が、研究として予算がつきやすいのである。
「だからといって、このような犯罪にかかわるのは。命を落とす可能性だってあったのに」
「私は一刻も早く、この大砲を作り上げたいのです。そのためには何の恐れもない。私はこれと共に生き、これとともに死す。なんの躊躇いもない」
そう言い切ったベルの目には一切の迷いが無かった。
研究者として純粋、シリルはそう思った。
「もし、判決が下って刑期を終えたらどうしたい?」
「また研究がしたいですね。今でもですが。コンピューターは無理にしても、紙とペンは欲しい。昔みたいに、自分の手で計算をしたいですからね」
「わかった。その要求は叶えるように伝えておこう」
「よろしくお願いいたします」
そこまで会話をすると、シリルは牢屋を立ち去った。
外ではスティーブが待っていた。
「どうでした?」
「あれは変りませんね。さて、どうしたものか」
「宇宙開発の研究で予算がつけばですかね。人工衛星を打ち上げるのに、ロケットよりも安価な方法が確立できるなら、それに越したことはない」
「しかし、軍事転用の可能性が」
スティーブの楽観的な考えに、シリルは素直に同意できなかった。ベルの研究はどこまで行っても大砲というものなのである。
それにはスティーブも苦笑いだった。
「僕らの研究してきたことは、人によって平和利用か軍事利用かに分かれます。自動車や鉄道の技術も、軍事目的に使われていることもある。結局は人次第ですよ」
「閣下なら、世界を監視して、軍事利用させないことも可能なのではないでしょうか?」
シリルの問に、スティーブは首を横に振った。
「僕だって永遠に命があるわけじゃない。いや、ほぼ永遠の命を得ることも出来なくはないけど、何千年と正気を保っていられる自信はないですね」
スティーブの頭に浮かんだのは、フライス聖教会の教主であった。死霊魔法を使い、不死の肉体を得たが、彼が正気ではなかったのは明白。まして、死なない肉体を永遠にヒトクイグサに食べられるという結末。不死といっても、そんなものは願い下げである。
「不死は否定しないのですね」
シリルはあまり驚かず、淡々と述べた。スティーブならあるいはと思っていたからだ。
「ええ。でも、死は全ての苦しみからの解放だと思ってますので、死ぬまでは頑張りますが、死んだあとは楽になりたいと思ってます。いつまでも子供たちを心配するのも大変なので」
「実に閣下らしい考えですね。これを為政者たちが知ったら、そうは考えないでしょう。神になるようなものですからね」
「神なんてろくなもんじゃないですよ。全知全能、無謬の存在なら、今すぐにでも世の中の全ての苦しむ人を助けたらいいんだ。それもせず、全知全能を謳うのは詐欺師でしょう。出来ないんだから」
「宗教に厳しいのも変りませんね」
シリルは過去を懐かしんだ。スティーブは一貫して現実主義者であり、神などに頼ろうなどとは言わなかった。それが今でも変わらないのが、郷愁を誘ったのだ。
そして二人はベルが収監されている建物を後にした。




