第228話 父と娘
スティーブは帰宅するとアーサーとイザベラを呼んだ。
そして、オーロラの狙いが何だったのかを伝える。
「後継者の座を狙う連中の掃除と、アレクサ嬢に足りないものを伝えるため、今回のことを仕組んだというわけだ」
そう締めくくった。
それを聞いてイザベラは爪を噛む。
「相変わらず狡猾だこと。ソーウェル家のお家事情に、アーチボルト製鉄を使わなくたっていいのに」
「まあ、彼女のお陰で国外に巨大な大砲が流出しなくてよかったとは思うけどね」
「パパはそれでいいの?」
「シリル教授が悲しまなくて済むのは収穫だったよ。アーチボルト財閥の看板に傷がついたのは残念だったけどね」
その返答にイザベラの不満が爆発する。
「あのおばさんに対しては?」
「ソーウェル卿に瑕疵はないよ。それなのに何をするというのかな?」
「パパは甘いのよ。先物と株式の裁定取引を使ったインサイダー取引逃れって糾弾すれば、印象は悪くなるじゃない」
「その先に何があるのかな?」
スティーブは珍しく、静かな怒りをにじませてイザベラを見た。
イザベラはスティーブの怒りに気づいて、それ以上なにも言えなくなる。
イザベラとアーサーはアーチボルト家の更なる発展を目指しており、それは、西部地域におけるアーチボルト家とソーウェル家の立場の逆転を意味していた。
スティーブとしてはそれを止めさせるつもりは無いのだが、それは民衆に被害が及ばなければという前提がつく。
だから、民衆の印象を悪くして、ソーウェル家とぶつかるようなことは許さないのだ。
今はそこまでの材料ではないが、着々とそうしたものを積み上げていけば、いつかは暴発してしまう。それをさせるつもりはなかった。
そのことで、ちょっと前にオーロラと二人きりで話したことを思い出す。
「ねえ、私が死んでもソーウェル家に何かを仕掛けるのは止めてもらえるかしら。出来れば貴方の子々孫々までそれを守ってもらいたいのだけれど」
そうオーロラに言われたのだ。
オーロラは自分亡き後のソーウェル家が、アーチボルト家に対抗できないのはわかっていた。だから、スティーブにそうしないようにとお願いをしたのである。
「自分にも寿命がありますので。だけど、生きているうちはそうさせないと約束しましょう」
そう答えるスティーブの頭には、オーロラの父親であるソーウェル辺境伯のことが浮かんでいた。
父親の辺境伯は女性であるオーロラが軽んじられることが無いかを見極めるため、体調不良ということにして一切表に出ず、部下や周辺貴族の動向を監視していた。
その心配は杞憂となり、スティーブと出会ったことでソーウェル家の勢力は一気に拡大した。そんな辺境伯が自らの死期を悟った時、スティーブを呼んだのである。
「娘を頼む」
そう頭を下げた。
「家ではなく、娘をですか?」
聞き返すスティーブに対し、辺境伯は頷いた。
ソーウェル家とはオーロラのことを指すようになっていたので、同じ意味に思えるのであるが、親としての心情がにじみ出た結果であった。
そして、今回はそのオーロラからソーウェル家の将来を頼まれた。
子や孫ですら、駒であると割り切れる彼女らしい言い方であった。
そして、その危惧はかなり現実味を帯びていた。イザベラとアーサー以外にも、スティーブの子供や孫には優秀な者が多い。誰についていけば、自分がもっとも多くの利益を享受できるのかという、利に聡い連中は、オーロラ亡きあとはアーチボルト家にすり寄っていくのが見えていた。
アレクサの現状維持では今よりも多くの利益は得られない。そして、その現状維持すらも出来ないような当主が出れば、情勢は一気に傾いてしまう。
しかし、それは先代の辺境伯のときにも片鱗が見えていた。にもかかわらず、娘を頼むと言った辺境伯。それに対し、オーロラは個人の人生より、家を優先した。
ふと、スティーブはオーロラに確認したくなり、先代聞いたのと同じことを訊いてみた。
「孫のアレクサ嬢ではなく、ソーウェル家をですか?」
オーロラは一寸の躊躇いもなくこたえる。
「そう。辺境伯を継ぐのであれば、それはソーウェル家のために生きるということ。その覚悟無くして継がせることは出来ないわ」
そう答えたものの、オーロラの心にとげが刺さる。
(もし、自分が家を捨てて自由に生きていたらどうなっていたかしら?)
目の前のスティーブを見ながら、そんな人生を考えたのであった。
ただし、このことはオーロラの頭の中の事であり、これを回想しているスティーブは知らないことであった。
「ソーウェル家のお家騒動の可能性が下がったのは良いことですね」
アーサーがそう言うと、スティーブは頷いた。




