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異界発掘機構ARK ~異世界の数だけ物語がある~  作者: Tomsug
第一編 墓守の少女

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第2話 残されたもの

 少女の足音が遠ざかり、墓地に静けさが戻った。


 オトキは色とりどりの花を踏まないように少年のそばへ膝をつくと、顔にかかった花びらをそっと取り除いた。近くで見ると腐敗はすでに進んでおり、花の香りに混じって死臭が漂っている。


「……まだ小さいのにね」


 少年の頭部には大きな傷があり、衣服には大量の血が染み込んでいた。乾いて黒ずんだ布とは対照的に、顔や手には血の跡がほとんど残っておらず、身体に付着していた汚れも丁寧に拭き取られている。


 フティは少し離れた位置から遺体の状態を確認し、記録を取っていたサミに声をかけた。


「少年、推定十歳前後。頭部に損傷あり。衣服に広範囲の血痕。死後数日が経過しているとみられる。身体表面には清拭の形跡」


「記録したわ」


 サミが書き終えたのを確かめると、フティは周囲の花にも目を向けた。種類も大きさもばらばらで、萎れかけたものに混じって、まだ瑞々しい花もある。


 オトキは調査を終えると少年の衣服を整え、脇へ寄せていた花を元の位置へ戻した。


「お邪魔したわね」


 立ち上がったオトキを待って、四人は墓地の調査へ移った。


 墓石の多くは倒れ、砕けた石片が地面に散乱している。古いものも新しいものも区別なく破損しており、墓地を囲んでいた石壁はところどころで根元から折れていた。


 エルティは崩れた壁の一つを覗き込み、石材の断面を指先でなぞった。


「ずいぶん派手にやられてるな。こっち側の墓石、ほとんど同じ方向に倒れてる」


 フティはその指摘を受けて反対側へ回ると、墓石の倒壊方向を確認した。こちらでは逆向きに倒れているものが多く、墓地に隣接する建物の残骸も、外側へ押し出されたように散らばっている。


「サミ、周辺の損壊方向を記録。エルティは外周を確認してくれ」


「了解」


「はいよ」


 エルティが墓地の外へ向かう間、フティは倒れた墓石の位置や地面に残る亀裂を調べていった。墓地から離れるにつれて破損の程度には差が出るものの、近くの建造物はいずれも激しく損壊している。


 しばらくして戻ってきたエルティは、通りの向こうに残っている建物を指さした。


「外側も似たようなもんだ。ただ、向こうへ行くほど壁が残ってる。反対側も同じ傾向だな」


 フティはサミの記録と照らし合わせながら、街の方角へ視線を巡らせた。


「破壊はこの墓地付近を中心に広がった可能性が高い」


「爆発かしら?」


 オトキの問いに、フティは首を横に振った。


「原因はまだ不明だ。ただ、中心はある程度絞れた」


 サミが調査結果を書き加えると、フティは周囲をもう一度見渡した。倒壊した建物の隙間からは今も細い煙が立ち上り、焼け残った木材の一部が赤く燻っている。


「次は生存者を探す。郊外へ向かおう」


 四人は墓地を後にした。


 街の中心部を抜けるまでは、瓦礫に道を塞がれ、何度も迂回を余儀なくされた。途中、行く手を阻む太い梁を見つけたエルティが、その上にひょいと飛び乗った。


「こっち、通れるぞ」


 続いてフティとオトキが難なく越えていくと、サミも梁の上を軽やかに歩き、危なげなく向こう側へ降り立った。


「ふっ。この程度の障害、我が前進を阻むには役不足ね!」


「はいはい。じゃあ、先へ進むぞ」


 エルティが笑いながら歩き出すと、サミも得意げにそのあとを追った。


 郊外に近づくにつれ瓦礫は減り、屋根や外壁の残った家が増えてきた。道沿いの木々も枝が折れている程度で、幹は残っている。フティは被害の変化を記録しながら進んだが、人の声はおろか、家畜の鳴き声さえ聞こえなかった。


「これだけ外まで被害が出てると、逃げられた連中も相当遠くへ行ってそうだな」


「まだ近くにいる可能性もある。街道沿いを当たろう」


 やがて住宅が途切れ、街道の先に畑や林が見え始めた。道の両脇には倒れた柵や折れた枝が散乱しているものの、街の中心部で見たような激しい破壊は及んでいない。


 そこで、先頭を歩いていたエルティが足を止めた。


「……おい、あそこ」


 少し先の街道脇に、一台の荷馬車が停まっていた。


 荷台には木箱や布で包まれた荷物が積まれており、その陰に人影が見える。四人が近づくと、荷馬車のそばに座り込んでいた男が顔を上げた。


 旅商人らしい身なりの男は、突然現れた見知らぬ四人を呆然と見つめていたが、やがて彼らの背後にある街の方へ視線を向けた。


「……あんたたち、あの街から来たのか?」


「ああ。崩壊の原因を調べている。話を聞かせてもらえるか」


 フティが答えると、男はしばらく四人の顔を見比べていたが、やがて荷馬車に背中を預け、長く息を吐いた。


「俺は商人だ。四日前、あの街で商売を終えて、次の町へ向かうところだった。いつもどおりだったんだよ。市場には客がいたし、店も開いていた。誰も騒いでなかったし、変わったことなんか何もなかった」


 男はそこで言葉を切り、遠くに見える街の方へ目を向けた。郊外からでも、建物が失われた部分だけ空が広く見えている。


「街を出て、しばらく走ったところだった。いきなり、ものすごい音がしたんだ。雷が落ちたのかと思って振り返ったら……建物が崩れてた」


「どの辺りだ?」


「街の奥だよ。遠くの屋根が落ちて、その隣も、そのまた隣も……何が起きてるのかわからなかった。見てる間にどんどんこっちへ来るんだ。塔が倒れて、家が潰れて、土煙が上がって……」


 話しているうちに男の声が震え始めた。膝の上で握り締めた手を見つめ、何度か息を整えてから続きを口にする。


「逃げなきゃと思ったんだが、馬も驚いちまってな。急に暴れ出して、馬車が道を外れた。車輪が何かにぶつかったと思ったら、ひっくり返りそうになって……俺は荷台から投げ出されたんだ」


 荷馬車の片側は大きく傾いており、車輪の軸が折れている。馬を繋いでいた革紐も途中で千切れていた。


「馬はそのまま逃げちまった。俺も起き上がろうとしたんだが、足が動かなくてな。這って荷馬車の陰まで戻ったところで、今度はすごい風が来た。砂やら石やらが飛んできて、しばらく顔も上げられなかった」


 フティは男の話を聞きながら、街道と都市の位置関係を確認していた。


「最初に建物が崩れたとき、炎や光は見えたか?」


「いや……どうだったかな。光った覚えはない。とにかく建物が次々に潰れて、土煙で何も見えなくなったんだ。火が出てるのに気づいたのは、少し経ってからだったと思う」


「地面の揺れは?」


「あったと思う。馬車が跳ねたような気もするが……何しろ、あの騒ぎだったからな」


 曖昧なところは曖昧なまま、フティはサミに記録させた。男は申し訳なさそうに眉を下げたものの、オトキが気にしなくていいと声をかけると、少しだけ表情を緩めた。


「それから、ずっとここに?」


「ああ。足がこんなだから、遠くまでは歩けそうになくてな。幸い、売れ残りの食い物と水があったから何とか生きてるが……誰も通らないんだよ、この道を」


 男は乾いた笑いを漏らした。


「最初のうちは、街から誰か逃げてくると思ってたんだ。そしたら一緒に次の町まで行けるだろうって。でも、誰も来やしない。夜になっても街の方は赤く光ってるし、何度か助けを呼んでみたんだが、返事もなくてな」


 オトキは男のそばにしゃがみ込み、投げ出された片足に目を向けた。ズボンの裾は破れ、乾いた血と泥がこびりついている。


「ちょっと足を見せてちょうだい」


 男が頷くのを確かめてから、オトキは慎重に裾をめくった。すねには擦り傷がいくつもあり、足首も腫れている。携行していた救急セットを取り出すと、傷口の汚れを落として清潔な布を当て、足首にはできるだけ負担がかからないよう固定を施した。


「骨まで傷めてるかもしれないわね。無理に歩いちゃ駄目よ」


「すまないな。助かる」


「いいのよ。四日もよく頑張ったわね」


 男は何か言おうとして口を開いたが、結局、小さく頭を下げるだけだった。


 手当てを終えたオトキが道具を片付けている間、フティは荷馬車の位置と男の状態を記録し、街道の先へ目を向けた。


「我々はこの先の郊外を調べる。道中で人を見つけたら、ここに負傷者がいることを伝えよう」


「ああ……頼む。できれば、馬車を直せる奴がいるとありがたいんだが」


「それも伝えておく」


 男は何度も礼を言い、四人が立ち去るときには、荷馬車の車輪に寄りかかりながら手を振っていた。


 街道を進み始めてしばらくすると、エルティが振り返った。


「四日前か。あれだけの被害で、よく生きてたな」


「郊外には、ほかにも生存者がいるかもしれないわね」


 オトキの言葉にフティは頷いた。墓地で確認した破壊の方向と商人の証言はおおむね一致しているものの、崩壊の原因については依然として何もわかっていない。


 街道は緩やかな丘の向こうへ続いており、その先には、都市の方角とは違って緑の残る風景が広がっていた。


 四人は次の生存者を求め、歩みを進めた。

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