↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異界発掘機構ARK ~異世界の数だけ物語がある~  作者: Tomsug
第一編 墓守の少女

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/8

第1話 崩壊した都市の調査

 白の部屋に入った四人は、真っ白な床にぽっかりと開いた穴を見下ろしていた。


 前回は古びた木製の扉だった。それが今回は、蜘蛛の巣のようなひび割れに囲まれた底なしの穴である。覗き込んでも奥は真っ暗で、何も見えない。


「うへぇ……。なによ、これ。落ちるやつじゃん……」


 サミが嫌そうに顔をしかめた。長い黒髪を二つに結び、左耳の横だけに鮮やかな青い髪が混ざった、小柄な少女である。グレーと紺の迷彩服には本人が追加した金具がいくつも付いており、身をかがめるたびにちゃらちゃらと音を立てていた。


 その横では、フティが穴の縁を調べ終えていた。白いマッシュヘアを揺らしながら立ち上がると、


「先に行くぞ」


 それだけ告げて、ためらいなく飛び込んだ。


「あっ、ちょっと!」


 サミが声を上げたときには、もう姿が消えていた。


「おやおや。どうした、サミ? まさか怖いのか?」


 背後から楽しそうな声がした。


 エルティだった。後ろで一つに結んだ明るい茶色の髪を揺らし、緑色の目を愉快そうに細めている。


「はぁ!? 怖くないし! 我が漆黒の魂に恐怖など存在しない!」


「じゃあ、どうして飛び込まないんだ?」


「……落ちるのは、ちょっと」


 エルティが吹き出した。


 その横で、オトキがやれやれと肩をすくめる。百八十センチの長身に、迷彩服の上からでも分かるほど逞しい身体。短く刈り込んだ焦茶色の髪をした彼は、サミの隣にしゃがむと、大きな手を差し出した。


「ほら、サミちゃん。アタシと一緒に行きましょ」


「……別に、一人でも行けるし」


「そうねぇ。でもアタシ、一緒に行きたいのよ。いいかしら?」


 サミは少し迷ってから、その手を握った。


「仕方ないなぁ。特別だからね」


「はいはい、ありがと♡」


 二人が手を繋いで飛び込むと、間もなく闇の奥から悲鳴が響いた。


「いやあああああああっ!!」


「ははっ、本当に落ちるのか!」


 エルティは楽しそうに笑い、そのあとを追った。


 足元の感覚が消え、身体が一気に下へ引っ張られる。風が耳元を唸り、目を開けていても何も見えない。しばらくすると身体がふわりと浮くような感覚があり、やがて不意に落下が終わった。


「いやー、今回は当たりだったな!」


 着地したエルティが満足そうに笑う。


 少し離れたところでは、サミがオトキの腕にしがみついていた。


「うぅ……もうやだ……」


「あらあら、よく頑張ったわねぇ」


「こ、怖くなかったって……」


「うんうん、そうよね♡」


 エルティがもう一度からかおうと口を開きかけた、そのときだった。


 鼻の奥に、嫌な臭いが入り込んできた。


 何かが焼け焦げたような臭い。それに混じって、腐った肉を思わせる重苦しい臭気が漂っている。


 エルティの笑みが消えた。


「……なんだ、これ」


 すでに周囲を確認していたフティが、短く指示を出した。


「全員、マスクをしろ」


 四人はそれぞれ装備からマスクを取り出し、素早く装着した。


 そして改めて、周囲を見渡した。


 そこには、崩壊した都市が広がっていた。


 建物は無残に崩れ、通りには大量の瓦礫が散乱している。壁が吹き飛ばされ、内部を剥き出しにした建物もあれば、屋根だけを残して押し潰された家もあった。


 焦げた柱が折り重なる場所からは、今も細い煙が立ち上っている。


 かつては人々が行き交っていたであろう大通りにも、人の気配はなかった。


 ただ、焼け焦げた臭いと腐敗臭だけが、街の至るところに漂っている。


 フティはしばらく周囲を見渡してから、崩れた建物の一つへ目を向けた。


「状況を確認する。まずは、残っている建物からだ」


 その声を合図に、四人は瓦礫を避けながら、比較的原形を留めている建物へ向かった。


 通りに面した壁は大きく崩れていたものの、奥の部分はまだ残っている。入口の扉は傾き、その取っ手には『休業中』と書かれた札がぶら下がっていた。


「休業中だったみたいだな」


 エルティが札を指で裏返すと、反対側には『営業中』と書かれていた。


 フティは崩れた壁や天井を確認すると、三人を連れて店内へ入った。


 店内には倒れた棚や割れた陶器が散乱していた。奥には大きな焼き窯があり、調理器具や作業台も残っている。


「パン屋か」


 エルティが棚の一つを起こすと、床に散らばっていた小さな木箱が転がった。


「建物の壊れ方を見ておいてくれ。何か記録があれば回収する」


 フティの指示を受け、四人は手分けして調べ始めた。


 外壁は通りの反対側へ倒れ、棚や家具も同じ方向へ押し流されている。周囲の建物にも似たような損傷が見られたことから、何らかの強い力が一定の方向から加わった可能性があった。


 その頃、奥の作業場を調べていたオトキが、壁に掛かったカレンダーを見つけた。


「あら、これ使えそうね」


 日付の横には買い出しや仕込みの予定が書き込まれている。店の営業記録としても使っていたらしく、細かな数字が並ぶ日もあった。


 その中に、何度か『墓参り』という文字があった。


 オトキが声をかけると、フティが確認に来た。


「回収しておこう」


「はーい! 我が虚空の宝物庫に、新たなる記録を封印せん!」


 サミが得意げに片手を掲げる。


 オトキがカレンダーの状態と発見場所を記録し、壁から慎重に取り外すと、サミはそれを収納した。


「記録、確保!」


「助かった。次へ行くぞ」


「えっ、もう終わり?」


 サミが少し拍子抜けしたように尋ねる。


「ここで分かることは限られている。街全体を確認する方が先だ」


 フティはそう答えて出口へ向かった。


 エルティも最後に店内を見渡した。倒れた棚、割れた食器、使われなくなった焼き窯。少し前まで人が暮らしていたはずの場所が、今は静まり返っている。


 四人はパン屋を後にした。


 街の奥へ進むにつれ、被害の大きさがはっきりしてきた。


 通りには倒壊した建物の瓦礫が積み重なり、押し潰された荷車や、折れた街灯のようなものが散乱している。その合間には、買い物籠を手にしたまま倒れている人の姿もあった。


 オトキが一人の傍らに膝をつき、状態を確認する。


 しばらくして、静かに首を振った。


「……駄目ね」


 フティは周囲を見渡し、まだ原形を留めている建物へ目を向けた。


「生存者がいる可能性もある。周囲を確認しながら進むぞ」


 四人は倒れた人々の状態や建物の損傷を記録しながら、慎重に通りを進んだ。


 途中、崩れた家の軒先には、瓦礫を人の手でどけたような跡が残っていた。近くには水差しと毛布が置かれ、地面にはいくつもの足跡が重なっている。


「誰か、ここにいたみたいね」


 オトキが毛布を持ち上げると、下にはまだ乾ききっていない土が付着していた。


「助かった人もいるってことかな」


 サミが周囲を見回すものの、返事をする者はいない。


 エルティは建物の崩れ方を調べながら、通りの先へ視線を向けた。


「こっちへ行くほど、壊れ方がひどくなってるな」


 倒れた柱や壁の向きを確認すると、いずれも街の奥から強い力を受けたように見える。


 フティも周囲の損傷を確かめ、先へ進むよう促した。


 やがて通りの建物が途切れ、低い石塀に囲まれた場所が見えてきた。崩れた門柱の向こうには、大小さまざまな墓石が並んでいる。


「……墓地か」


 エルティが呟き、門の数歩手前で足を止めた。


「……ん?」


 灰と土埃の積もった地面に、何かを引きずったような筋が残っている。近くには小さな足跡もあり、筋を挟むように不規則に続いていた。


「フティ、ちょっと来てくれ」


 三人が集まると、エルティは地面を指さした。


「これ、倒壊でできた跡じゃないよな」


 フティはしゃがみ込み、筋の周囲を確認した。


「足跡もあるわね。それも随分小さい」


 オトキが指摘すると、サミも身をかがめた。


「子供の足跡?」


「可能性はあるな」


 フティは立ち上がり、跡の続く先を見た。


「辿ってみよう」


 四人は足跡を踏まないように気をつけながら門をくぐった。


 引きずった跡は墓地の奥へと続いていた。


「ねえ、フィン。覚えてる? 初めて一緒にクッキーを食べた日のこと」


「あのときね、クッキーって、一人で食べるより二人で食べた方がおいしいんだって、初めて知ったの」


「けんかもしたよね。あのときは、もう来てくれないかと思った。でも、次の日も来てくれたでしょう」


「……嬉しかったな」


 四人は足を止めた。声は崩れた墓石の向こうから聞こえてくる。


 フティを先頭に墓石の間を進むと、少し開けた場所に一人の少女が座っていた。年の頃は十歳ほどだろうか。


 少女の前には色とりどりの花が並べられ、その中央に一人の少年が横たわっている。少女の身体と花に隠れ、少年の様子はよく見えなかった。


「それでね、フィンが――」


 そこまで話したところで、少女が四人に気づいて振り返った。


「あ……こんにちは」


 突然現れた見知らぬ大人たちに少し驚いた様子だったが、少女はすぐに挨拶をした。


「わたし、リラっていうの。フィンがつけてくれたの。いい名前でしょう?」


 最後の言葉には、少しだけ嬉しそうな響きがあった。


 四人は互いに顔を見合わせた。


 最初に口を開いたのはオトキだった。少女と目線を合わせるようにしゃがみ、できるだけ穏やかな声で尋ねる。


「……ねえ、リラちゃん。そこにいる子は?」


「フィンだよ。ばあやと同じなの。亡くなったの」


 リラは花に囲まれた少年へ目を向けた。


 オトキはその言葉を聞いて、しばらく黙っていた。


「……そう。つらかったわね」


「……うん。でも、まだフィンに話したいことがたくさんあるから、毎日ここに来てるの」


 その返事に、オトキは小さく頷いた。


 フティは周囲を見渡した。墓石のいくつかは倒れ、地面には亀裂が走っている。街で見てきた被害はここにも及んでおり、少年もあの災害に巻き込まれたのかもしれない。


 エルティは墓地の入口から続く跡を振り返り、再び少女へ目を向けた。サミも口を挟まず、オトキの隣で二人の様子を見守っている。


「あ、そろそろ帰らなきゃ。お腹すいちゃった」


 リラはそう言って立ち上がった。


「お家は近いのかしら?」


「うん。あっちにあるの」


 リラが指さした先には、墓地の向こうに小さな家が見えていた。周囲の建物が大きく損壊している中で、その家はまだ原形を留めているようだった。


「一人で暮らしているの?」


「うん。ばあやが亡くなってから、ずっと一人だよ」


 オトキは何か言いかけたものの、そのまま口を閉じた。


 リラは膝についた土を払うと、花に囲まれた少年へ向き直った。


「フィン、また明日」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。