自分の機嫌は自分で取る
人間とは、感情の生き物である。
嬉しさや幸せな気持ちが長く続かなかったり、悲しさや悔しさを抱え続けたりすることも、生きていれば通る道だ。
苦痛の時間が大半を占めている人だって、この世にはたくさんいるだろう。
そんな中でも、敢えて私は宣言したい。
「自分の機嫌は自分で取る」。
これこそ、コミュニケーションの中でとても大切なことだと思う。
いつもイライラしていた時期も、もちろん私自身経験している。
余裕がなくて、周りにあたってしまうことも、恥ずかしながらあった。
今は、怒りや焦燥感、憂鬱な気分に惑わされることが少なくなった。
何が違うのだろう?
そう振り返ってみた。
そこで辿り着いたのが、
「他人は、自分の力では変えられない」と開き直ること。
そして、
「自分の力で変えられないものには、必要以上に関心を抱かない」ということ。
逆に言えば、
「自分というものを大切にする」ということだ。
イライラしていれば、その空気は周りにも伝わる。
そんな雰囲気では、人に優しくする余裕もなくなってしまう。
他人や、それぞれが抱えている事情は、私の力では変えられないこともある。
それを身をもって知ってから、私の中に一つの軸ができた。
それが、「自分を大切にすること」である。
そしてそれは、言い換えれば、
「自分を通して、周りの空気を変えることもある」
ということでもある。
では、「自分の機嫌の取り方は何だ?」と問われたら、私はこう答えたい。
自信がないのなら、毎日の小さな努力で自分を褒めちぎる。
失敗したのなら、
「先に失敗した。ならば次は成功する」
と、いい意味で開き直る。
イライラが止まらないのなら、
「なぜ私は、こんなにイライラしているのだろう?」
と、一歩引いて自分を眺めてみる。
綺麗事だけではやっていけない。
そんな気持ちも、私は痛いほどわかる。
だからこそ、必要であれば休息を取ればいい。
医療を頼ることだって、立派な一歩だ。
私は、もともと自信満々の人間ではない。
それでも、「自分は変わることができた」という実績が、今の私の毎日を支えてくれている。
だから、あなたもきっと、自分を好きになれる。
「こんな私なんて」と俯くその心は、もしかしたら自分で自分のことを痛めつけているのかもしれない。
そんな残酷なことは、もうしないであげてほしい。
髪の毛をとく。
少しお洒落をする。
テンションが上がる小物を持ち歩く。
鏡の前で、にっこり笑ってみる。
そんな小さなことでいい。
自分のために少しだけ手をかけることができたなら、それだけでも幸せへの道を一歩踏み出している。
大丈夫。大丈夫。
自分の人生の主人公は、自分なのだから。
イライラの波に飲まれる道から抜け出すには、自分自身が変わっていく必要がある。
でも、大袈裟な一歩でなくていい。
小さなことから、少しずつ続けてみる。
変わっていくあなたを見ている人は、きっといる。
もし今はいなくても、これから現れるかもしれない。
ご縁とは、そういうものだ。
だから――
人生というマラソンを走る、あなた自身を認めてあげませんか。
今日も自分の機嫌を、自分で取ってあげよう。
それはわがままではない。
長い人生を、自分らしく走り続けるための、小さな優しさなのだから。
猫「気楽にいこうにゃ。」




