敬意を払って
敬意を持つこと。
それは人間相手でも自然相手でも、何に対しても言える、とても素敵なこと。
私は営業職の時には、少し尖った思考を持っていた。
個人ノルマがある会社で、常に受注金額がリアルタイムで更新され、支給されたパソコンからソフトにログインすると1番最初の頁で順位がずらっと並ぶ。
毎月毎日と、仲間内で切磋琢磨させる狙いだと思っていたが、はっきり言ってしまうとかなり営業成績により処遇や給与も変わるので、みな競い合ってピリピリとしていた。
365日、働いていた。
睡眠不足で帰路に着く時に寄ったコンビニ弁当を抱えたまま玄関先で寝たことも。
そんな中で先輩や店長を敬うことは出来なかった。
「この人よりも受注を取らなきゃ」、「同期に負けないようにしなきゃ」。
切迫した気持ちで日々を生きていたら、ゆとりがなくなる。
有難い事に受注ノルマを達成出来なかった事はなかった。
逆にいえば、個人競技の得意分野は伸ばせても、仲間たちを「敵」と見なす癖がついてしまっていたのかもしれない。
今考えると、浅はかで醜い感情だ。
紆余曲折あり、今はアパレル業界で働いている。
そこでは個人ノルマはなく、1日あたり早番・遅番と2人体制での業務である。
持ち前の営業スキルで、出勤した日には売り上げという爪痕を残すことが出来ている。
だが、アパレル業界はチームプレーでもある。
売り上げ以外でも、そっとレジのフォローに回ってくれたり、お客様がお買い求め頂いた商品の新品を持ってきて頂いたり、店頭の在庫が少なくなったらマネキンを変えたりと、「誰かがやってくれるから、先頭に立ってお客様対応が出来る」という良い循環がまわっている。
売り上げは私自身だけではない。
仲間と作った売上だ。
その根本に、恥ずかしながら気づいたのは営業マン時代から10年たった今だ。
少しでものびのびと出来るようになった仕事というものを通して、周りへの敬意を忘れないようにしている。
「誰かがやってくれていることへ敬意を払う」。
人として当たり前のようで中々出来なかったことだ。
その循環が「居心地の良さ」にも繋がってくるのだと、ようやく気づくことができた。
採用してくれた店長へ感謝。
フォローしてくれる先輩へ感謝。
はたまた奥様や旦那様に対しても同じことが言える。
外食先のレストラン、コンビニ、本屋さん、ガソリンスタンド…。
他人の仕事で世界は成り立っている。
「人間はひとりでは生きていけない」。
必ず誰かの優しさに包まれている。
一言だけでいい。
「ありがとう」を添えてにっこり笑う。
それだけ少し始めてみませんかにゃ?




