Ⅲ「謁見」
謁見の間の扉の前で、執事長クリスティーナは、フィッシュテールドレスに身を包んだイリデスケンティア陛下を迎えました。
「陛下、すでに、帝国防衛省のバイズ大臣がいらっしゃっております。ギルドの相談だという事です」
「治安維持部隊のですか?」
「はい、事前にお伺いした話によると、帝国の最大の穀物地帯を有する聖騎士国アルバアロに続く街道で、山賊行為を行う冒険者が多発し、食料を強奪しているようです。その治安維持についての相談だという事です」
「食料問題につながる話のようですね」
その時、廊下の奥から慌てた様子で早足でやってきたメイドが、お二人に声をかけました。その表情は血の気の引いた真っ青な顔だったそうです。
「陛下、失礼致します。執事長にご連絡がございます」
私的な用件だと思ったクリスティーナは少しムッとし、言いました。
「陛下は、これから謁見です」
「あの……」
メイドは、陛下を少し気にする様子で、
「私に聞かれたくない内容でしょうか?」
「いえ、滅相にございません。執事長のご家族の事でしたので」
メイドがそう申し訳なさそうに言うと、クリスティーナは不思議そうな顔をして
「手短にお願いします」
「はい……今朝方、南地区で火事があり、執事長のお父様がお勤めになっているペアー邸が全焼し、お父様が病院へ運ばれたと先程、ポリシアから連絡がありました」
「えっ?」
クリスティーナは、その言葉の意味を、すぐには受け入れられずにいました。
その様子をみて察した陛下は
「クリスティーナ、今すぐにポリシアに連絡して、お父様のもとへ向かいなさい」
とクリスティーナに優しく声をかけたのです。
「しかし」
「以後のスケジュールは把握しております。不安はありましょうが、私の世話などは、別の者にやらせて構いません。お父様にとって、クリスティーナは、あなた一人なのですよ。すぐに行って差し上げて下さい」
陛下は肩にそっと手を置き、急ぐように声をかけます。
「申し訳ありません陛下」
深々とお辞儀をするクリスティーナ。
「謝らないで、さぁ行ってください」
メイドに連れられ、クリスティーナはもう一度お辞儀をし、その場を後にしたそうです。
陛下が謁見の間に入ると、玉座の前に、年齢は60代くらい、黒髪に絶妙に白髪が混じり銀髪の様にも見える、彫りの深い顔で、頭髪と同じ色合いの口髭を蓄えた厳格な騎士が、頭を下げ、跪き控えておられました。
「お初にお目にかかります。某は、先々代皇帝陛下に帝国防衛省大臣の任を承りました、バイズ・リンヘルと申します」
「面を上げなさい。本日の謁見は挨拶ではなく、相談がお有りだと聞き及びました。どの様な相談か?」
玉座についた陛下は、優しいお声で話を切り出すと、バイズ大臣は頭を下げ、跪いたまま話し始めました。
「はっ、恐れながら、まずは陛下のご認識からお伺いしたいのですが宜しいでしょうか?」
「無論です。即位してまだ一ヶ月、認識不足もありましょう、誤りがあればご教示をお願いしたい」
「はっ。某は全帝国領の防衛を任されておりますが、その任務をご存知でしょうか?」
「私の認識では、バイズ大臣が直接指示をするのは帝国軍であり、帝国軍は聖騎士国アルバアロに本営を置いていると記憶しております」
「その通りでございます。帝都にも軍を置いておりますが、某は平常時、アルバアロにおります。では現在、直接帝都の法務と治安は政府から認定されたギルドに任されていると、ご存知でしょうか?」
「法律、行政事務をギルド「ブギョウ」、防災、消防をギルド「アンチファイア」、見回りなど実動の治安維持部隊をギルド「ポリシア」が行っていると伺ってます。それぞれ管轄は法務省が「ブギョウ」、防衛省が「アンチファイア」「ポリシア」であっていますでしょうか?」
「陛下のご認識で間違いございません。帝都内の行政はギルドの活躍で保たれているのですが、各都市を繋ぐ街道での犯罪が多発しており、問題になっております」
「聞き及んでます。山賊行為が横行しているとか」
「3年ほど前から徐々に山賊が増え始め、最初の頃は希少な魔石や魔道具だったのですが、近年米の物価高を皮切りに、特に帝都南部からアルバアロを繋ぐ、ググタス街道で穀物を輸送する隊商の被害が多発しております」
ググタス街道、帝都とアルバアロを繋ぐ主要の街道で、2年前に先々代の皇帝陛下が落石で亡くなられた、あの街道でもあるのです。
「ググタス街道の見回りをする部隊がいないのですか?」
「帝都南部地区の部隊の担当となっているはずなのですが、信頼が無く、商人が自ら冒険者に護衛を頼んでいる状況です。帝都に駐留させている軍幹部に聞いた話によると、ポリシアはあまり機能していない様で……」
バイズ大臣は、そこまで話すと言葉に詰まり、話しにくそうにしたそうです。
頭を上げず、跪いたままのバイズ大臣。
陛下は玉座から立ち上がると、バイズ大臣の控えるそばまで歩み、隣にしゃがみました。
その間も頭は上げず、控えたままのバイズ大臣。なぜ陛下がその様にされたのか分からないバイズ大臣は、視界の隅に陛下を捕らえますが、目は合わせません。
すると、陛下は謁見の間にいる他の者に聞こえないほどの声量で話します。




