Ⅱ「放火殺人」
そんなある日、私室の食堂のテーブルに並べられた豪華な夕食に、陛下は苦言を呈しました。
「私には豪華な夕食は不要です。もう少し量を少なくしていただけませんか?」
横に控える金髪のショートボブ、パンツルックの女性執事長クリスティーナ・ペニーワースに陛下はそうおっしゃいました。
「ご無礼をお許し下さい。我々も何度も申し上げていますが、我々は帝国官僚組織に決められた食事を、陛下にお出しする義務がございます」
「農務食料大臣から、帝都では主食である米や小麦の値段が高騰し、その結果、物価高になっていると聞いてます。その状況で私が、食べ切れもしない食事をする訳にはいきません」
「申し訳ございません。しかし我々の立場もご理解頂けますでしょうか?」
そう言われると、お優しいイリデスケンティア陛下は、何も言えなくなるのでした。
その日の夜
「参りました、陛下」
陛下の寝室の扉の前で、控えているモモが声をかけると
「どうぞ、入って下さい」
陛下は、少し寂しそうなお声で返答しました。
「はっ、失礼します」
入室したモモの目にとまった陛下は、寝室の窓から眼下に広がる街を見つめられており、今にも零れ落ちそうな涙で、瞳を潤ませておりました。
「…………」
「モモ、モモと出会って何年になりますか?」
「7年でございます」
「もう、そんなに経ちましたか」
「モモは、陛下に拾って頂き、この7年幸せでございます」
「姉のように接して欲しいと何度言っても、モモは変わりませんね」
「人買い商人から助けて下さった恩がありますゆえ」
今も脳裏に映る7年前のイリデスケンティア様の可憐で絢爛な剣さばき、その勇姿。モモはこのお方に命を捧げる事を決意した日の事を思い出していました。
「陛下は命の恩人です、姉と申し上げる事など出来はしません」
「頑固ですね。でもモモのおかげで今まで色々と助けてもらいました」
「もったいないお言葉」
陛下は、先程までの涙を潤ませていた目ではなく、真剣で力強い瞳をモモに向けます。
「モモ、このままでは帝都も帝国も衰退してしまうと私は考えます。モモの力を私に貸してもらえますか?」
「もちろんです。陛下の力になりたく、このモモは忍の職に就いたのです」
「ありがとう、モモ。では命令します、帝都にある東西南北全ての地区の役所に向かい、情報収集をお願いします、民の本当の声が知りたいのです」
「御意」
その日の夜はもう一つ、その後の陛下の行動を変える出来事が起こりました。
帝都南部の商家の屋敷を取り囲む兵隊達。帝都の治安を守るギルド「ポリシア」の紋章を付けた南部地区治安部隊、剣士ポルポ・マダンゴ率いる6人の小隊です。
小隊長である剣士ポルポと雇われ魔導使いゲニスは、就寝中だったこの商家の主カリス・ペアーを起こし、子供や使用人、倉庫番を一つの部屋に集め、詰め寄っていました。
「何かの間違いですよ。私たちが米を不正に……流通を止めているなんて、今日だってやっと米を入荷したところで、明日には店に出す予定なのですから」
剣を突きつけるポルポに対して、妻を庇いながらカリスはそう言います。
「おいおい、ポルポさんが嘘を言ってるって言うのか?調べはついてるんだよ」
寝間着姿のカリスの妻をイヤらしい目で見ながら、魔導使いゲニスは難癖をつけると、指輪の魔石に念を込め、炎を発現させ、
「屋敷に火を放たれたくなかったら、大人しく罪を認めるんだな」
ガハハと笑うゲニスと、剣を喉元に触れさせるポルポに、カリスは命の危険を感じるのでした。
「本当に不正など行っておりません。明日、南地区のギルドハウスに伺いますから、今日のところは、お引き取り下さい」
カリスが震えながら声を絞り出す様にそう言うと、ポルポは
「そんな事させるわけないだろ、バーカ」
剣先をゆっくりと、カリスの喉に突き刺し
「ハッシャー商会の商売の邪魔だとよ。せっかく儲けさせてもらってるのに、お前のせいで危うく俺達の努力はパーになるところだったぜ」
ポルポの剣はカリスの喉から首を貫通すると、横に振り払い、カリスを斬首してしまったのです。
妻はそれを見て絶叫し、泣き喚きましたが、すぐにポルポの剣の餌食となってしまいました。
「んだよ、ポルポさん、女は楽しんでからでイイだろ!?」
「早いとこ火をつけて逃げるぞ。見張らせているとはいえ、時間が掛かれば目撃者が出る」
「へいへい」
ゲニスは再び指輪の魔石に力を込め、炎を発現させ部屋に放ち、放火。みるみるうちに炎は屋敷を飲み込んでいくのです。
「ゲニス、外の奴らに「アンチファイア」が来る前に外に出る奴は全員殺せと命令しろ」
「あいよ〜」
そう言って2人は部屋から出て行ったそうです。
僕にこの話をしてくれた者が、それを見ていたのです。
その者は、声を殺し、恐怖と戦いながら、身を潜め、父と母が殺される姿を目の前にしても、必死に耐え忍んで、この残虐非道な出来事を、外に伝えた唯一の生存者でした。
部屋は燃え、煙が充満する中、今出ていっては殺されると思い、その者は身を潜めます。
しかし体を徐々に焼く様な熱が肌に伝わって、煙を吸わない様に吸う空気もまた熱され、鼻や喉を焼くようでした。
もう死んでしまうかもしれない、恐怖がその者を襲います。
すると外から木を焼く炎のパチパチという音ではなく、カンカンっと高い鐘の音が聞こえます。それは魔導消防部隊「アンチファイア」が鳴らす鐘の音。その者は希望の音に誘われる様に、ようやく外に這い出し、助けを呼んだのです。
救助されたのは、この商家の3女レティ・ペアー。まだ5歳の少女でございました。
ペアー邸は、オレンジ色の朝日が黒煙を照らし始めた頃には、元々は立派な屋敷と店舗であった真っ黒な柱と崩れた壁、焦げ臭い匂いを残し、ほぼ焼失してしまいました。
アンチファイアの消火活動が終わり、撤収が始まった頃、その黒焦げになってしまった建物の前で、牛車いっぱいに売り物のロングソードとダガーを乗せてポカンと立ち尽くしているのは、コーラルローズの武器屋ダグラスです。
「あの、ここはペアーさんの屋敷で間違いないですか?」
ダグラスは近くにいた魔導消防部隊の紋章のジャケットを着た魔導使いに声をかけました。
「そうだけど」
その魔導使いは、牛車にいっぱい積まれた武器を見て
「もしかして納品業者?」
「そうなんですよ」
「ペアーさんは、お亡くなりになりましたよ」
「なんだって!?」
ダグラスは呆然として、牛車を見ます。ダグラスは、この武器を納品して金を得る為に、はるばる帝都にやってきたのです。
「誰か生き残ってはいないのですか!?」
「あぁそうだ、子どもが救出されたって聞いてますよ」
「お子さんだけで?!」
「そう聞いてますね」
「……そんな」
ダグラスは他に帝都の商家にコネはありません。途方に暮れるダグラスは、燃え残った黒焦げの柱を、口を開けたまま、見ることしか出来ませんでした。




