Ⅰ「お飾りの女帝」
イリデスケンティア様の「勇者の儀」は、まさに伝説の勇者を思わせるものでした。
勇者の再来、剣に愛された若き女帝など、イリデスケンティア様を形容する言葉が、その時多く誕生し、虹の大剣と女帝の誕生のエピソードと共に、グリドニフ帝国領のみならず、アニマガルド大陸中に瞬く間に広がったのです!!
それを暗澹たる時代を終わらせる希望と捉える民も多かったのですが……未婚の20歳の若き女帝の政策を心配する民も少なくはありませんでした。
グリドニフ帝国が建国して523年。勇者の剣が大剣に変化した事は、前例のない事。その奇跡を見聞きしても、勇者の存在を信じられないほど、帝国は不安定な状態だったのです。
そんな中、初めてイリデスケンティア様が、帝都の闇を成敗した日を、僕は昨日の事の様に思い出します。
虹の勇者の大剣を、悪しき者に向け、名乗り上げた陛下の、その勇ましく、力強いお言葉。
勇者とは、まさにイリデスケンティア様を形容する言葉だと、今も僕は信じて疑いません。
コーラルローズから帝都グリドニフにつながる街道沿い。一般的な宿屋の一階の大衆酒場では、その日の夜も帝都に行き来する商人や戦闘職の冒険者たちが、酒のツマミにイリデスケンティア様の噂話をしているのでした。
「すっげぇー、ぶっとい大剣を天に掲げたんだとよ」
「勇者の剣って長剣じゃねぇのかよ。流石に若い女帝だから、帝国政府が盛って発表したんだろ」
「いやいや、本当らしいんだよ」
「お前は誰から聞いたんだ?」
「……一ヶ月前の勇者の儀を見たっていう冒険者だが」
「ほらな、分家の若い姫様を女帝に担ぎ上げる為の嘘だって」
「そうだな。前帝様も幼子だったからな。嘘でも盛らなきゃ帝国は終わっちまうか」
「そうそう、イリデスなんちゃら女帝様なんて、お飾りの女帝様だって、ガハハ」
大声で笑いながら若い剣士と狩人が酒を飲み、噂話に花を咲かせていると、そこにぬっと近寄る人影があります。
「お前さん達よ。よくこの街道でそんな馬鹿な話が出来るなぁ、ああん?!」
2人の話に喧嘩腰で割り込む30代前半の商人の男。
その男の威圧的な態度に、酒も入っている剣士の怒りはすぐに沸点に到達するのです。
「なんだてめぇ」
ですが、その商人も引きません。
「お前こそ誰なんだよ。コーラルローズと帝都を結ぶこのコーラル街道で、陛下の悪口をよく言えたもんだぜ!!」
「なんだぁ?もう若い女帝の尻に敷かれたのか?」
「貴様!!イリデスケンティア様を侮辱する奴は、このコーラルローズの武器屋、ダグラス・ポートが許さねぇ!!表に出ろ!!!!」
商人と戦闘職の冒険者の喧嘩は、どちらが勝ったかは、言わずとも分かるかと思います。
店の脇の暗がりで、ダグラスは殴られ顔を腫らし、大の字でのびています。見かねた宿屋の主人がダグラスに水をかけると、
「姫姉様に謝れ!!!!」
と叫びながら、目を覚ましました。
「誰だね、それは」
優しく話しかけたのが宿屋の主人だった事に気付き、ダグラスはキョロキョロと辺りを見渡し、冒険者達を探します。
「あの2人なら、別の酒場に行ったよ」
主人はダグラスにさらに水を勧め飲ませると、ダグラスは反省し、うなだれました。
「あぁ、すまねぇ……迷惑かけちまった」
「本当だよ、おかげで客が逃げちまったさね」
「本当にすまねぇ」
「……あんたコーラルローズの人間なんだろう?地元の領主が女帝様になったんだ。怒るのも分かるがね、悪い噂も多いさね、そんな事でいちいち喧嘩してたら、身体は持たんし、最悪殺されるぞ」
主人にそう諭されたダグラスは、うなだれたまま、こう話したのです。
「俺の息子はよ、前帝のアズール陛下とよく一緒に、かくれんぼしたりして遊んでてよ……前帝の頃から帝国の政府を応援していたんだぜ……それが、経済も治安も悪くなって、病気が蔓延して、あんな事になっちまって……俺は信じてる……コーラルローズを治めていた姫姉様なら帝国を救える。コーラルローズに住んでいる人間なら、誰だってそう思ってるはずだぜ」
うなだれ元気が無かったダグラスでしたが、イリデスケンティア陛下の話をするうちに、その目は希望に満ち溢れていきました。
「姫姉様って言うのは、女帝陛下のことかい?」
「あぁ、イリデスケンティア様の事をコーラルローズでは、みんなそう呼んでいたのさ」
「お前さんが言うような立派な人なら、確かに帝国を救って欲しいとは思うね。今の帝都近郊は小麦と米の物価も高くなって、商売上がったりなんだ」
「あぁ、姫姉様なら、やってくれる」
「なんでそんなに信じれるのやら……ほら、店の前でのびてないで、部屋で寝てくれ。明日は帝都に行くんだろ?」
【女帝初陣ノ章】
「狙われた米と麦。少女が見た帝都の闇」
この頃のイリデスケンティア様は、宮殿から一歩も出れず、謁見の間にて朝から晩まで帝国領内の領主の面会、各大臣との顔合わせなどに追われる毎日であり、コーラルローズで過ごされていた時とは、全ての環境が変わっていました。
帝都や周辺都市、帝国領の他の国の状況報告は各大臣から、その他の身の回りの事は、政府の帝国官僚組織から手配されている使用人に任され、民の声は直接、陛下に届かない状況であり、陛下の意志や声も、また民にも国にも直接伝わらない状況だったのです。
幼子であったアズール前皇帝陛下の体制がそのまま引き継がれている状態で、政治にも、自分自身の事も決定権を無理に行使はしませんでした。ただそれは陛下がお優しく、国政に皇帝の権力を行使する事を嫌っていたからなのですが、冒険者たちが言うように、お飾りの女帝という形容そのままの状況でした。




