Ⅹ「不審」
「なんだてめぇ、死にてぇのか?」
その怒号に荷馬車の商人たちが震えていますが、姫姉様は引きません。
「あなたが脅しているその馬車の御者さんも、お仲間なのでしょう?」
「なんだと!?」
姫姉様が短剣を抜き、黒ローブの剣士に向けます。
「おいおいおいおい、そんな短剣で俺とやろうってのか?」
そう言って剣を下ろした黒ローブ剣士と、立ち上がろうとする御者の動きを、姫姉様は見逃しません。
「モモ!!」
「はい!」
姫姉様の号令で、モモは疾風の様に一瞬で、迅雷の如く目の前の黒ローブの3人のみぞおちに一発ずつパンチを入れ、気絶させ、
一方、姫姉様は、黒ローブ剣士の大振りの袈裟斬りを、短剣で受け流し、まるでダンスをする様に優雅に体を回転させ、短剣の柄で黒ローブ剣士のアゴを叩き、脳震盪を起こさせ、気絶させます。そしてそのままの流れで、さらに回転しながら馬車の御者台に上がり、立ち上がり腰からダガーナイフを出そうとしていた御者の頬に短剣を当てました。
「ダガーを収めて下さいね」
気絶している4人の黒ローブの男達をロープで締め上げるミラン。商人達は泣いて姫姉様とモモに礼を言い、ボンドは無言でその状況を見ていました。
モモは、気絶している男達の覆面を剥いでいきます。
「姫姉様、この男、ポリシアの剣士です……ハッシャーマーケットで見た男です」
その男とは、ポリシアの部隊長、剣士ポルポだったのです。
「あんたら、凄いな、助かったよ」
ゲニスが姫姉様に礼を言いながら、無礼にも握手を求めてました……が、姫姉様は、サッとゲニスの腕を後ろに回し、縄で縛りました。
「ああん?何すんだよ」
「ゲニスさん、あなたも拘束します」
「なんでだ!?俺は被害者だろ!!」
「あなたのこの指輪ですが、2年前に輸送中に山賊に盗まれた物です。どういう経緯でそれをお持ちになっているのか、ブギョウに調べてもらわなくてはなりません」
「これは買ったんだよ!!正規のルートでな」
「盗品が正規のルートにのるわけないじゃないですか。この者達と共謀していた……魔道具で炎を出していたのは、仲間に自分の顔を見せる為だったのでは?」
「どこにそんな証拠があるんだよ、クソが!!」
叫び散らすゲニスをモモに預け、ボンドと今後の事について話す姫姉様。
「イーリスさん、あなたのおかげで被害を出さずに、賊を捉える事が出来ました。ありがとうございます」
「本当に良かったです。賊はどういたしましょう?」
「帝都に運ばなければなりませんが、賊を運ぶ馬車の確保も無いですし、ここに置いていく訳にもいかないですし」
「モモとボンドさんとミランさんと、ここで賊を見張ってもらい、私が隊商と共に帝都に戻り、ポリシアとブギョウに報告するというのはどうでしょうか?」
「お願いできますか?」
「もちろんです」
ボンドが姫姉様から離れると、姫姉様はモモに近づき、
「モモ、気づきましたか?山賊の仲間だった馬車は、ハッシャーマーケットの積み荷でした」
「やはり裏にハッシャーマーケットが?」
「そう見るべきですね。これから役所に報告します。山賊行為の現行犯は即日、遅くても3日以内には裁判が行われます。裁判でハッシャー商会と山賊行為をしていたポリシアの兵達が結託していたと証明されれば、ペアー家の放火殺人事件も解決へ向かうでしょう」
朝日が昇る頃、姫姉様が殿の御者を務め、隊商は帝都に向けて出発しました。
姫姉様は戻ったその足で南部の役所に駆け込み、事件を報告、現地にポリシアとブギョウの派遣を要請し、宮殿へと戻りました。
一晩中のお忍びの活動により、戻った陛下はお昼まで目を覚ましませんでした。もちろんクリスティーナがスケジュールの調整をしてくれたおかげで、安心して眠る事が出来たそうです。
この時、僕は姫姉様の言うように、賊を捉えた事で山賊事件は解決し、ポリシアの中に山賊行為をしていた者達がいたので、その男達がペアー邸の火災に関与していれば、ハッシャー商会の穀物の価格不正も暴かれると思っていました。
そうなのです。思っていた、と言う事は、そうはなりませんでした。
翌日の夕暮れ時、執事長室に集まったクリスティーナと陛下は、モモの報告を聞いておりました。
「そんなのおかしいじゃない!!何でレティちゃんの発言が許されなかったの!!??」
クリスティーナがそう声を上げるのも仕方がないと僕も思います。その段階では、僕も事件の全貌が見えていなかったのです。
「モモ、もう一度、話してもらっていいですか?考えを整理したいです」
「はい。ブギョウとポリシアが現場に訪れ、すぐに我々が捕らえた山賊は、南部ポリシアのポルポ小隊のメンバーである事が判明しました。しかし南部法務局に連行されたポルポ小隊は、裁判官に対し、山賊行為はやっていないと主張……ググタス街道の治安を守る為に出動しており、今回は勘違いされる行動をとってしまったと証言しました」
「……ゲニスの指輪の件は?」
「南部裁判官は、今回の事案とは無関係とし、不問としました」
「……では山賊行為の証明は無いと?」
「勘違いで拘束されたと主張なので、我々や商人の意見は通らず……僕はハッシャー商会で、ポルポを見たと証言もしました。穀物価格不正の疑いも主張しました……しかし妄言だ、そもそもこの件にハッシャー商会は関係ないと一蹴されたのです。モモの無力をお許し下さい」
「いいえ、よく言って下さいました」
しかしクリスティーナの怒りと悲しみは収まりません。
「レティちゃんがそのポルポとかゲニスってやつの顔を見ればすぐに判明出来るじゃない!!なぜブギョウはそれもしないの!?」
「クリスティーナ、あなたの気持ちはよく分かります。お父様の無念を晴らしたい気持ちは痛いほど分かります。しかしレティちゃんが直接証言するという事は、あのポルポ一味と顔を合わせるという事、レティちゃんに精神的に大きな負担を強いる事になります」
「分かります、分かります……しかし」
クリスティーナは泣き崩れてしまいました。
そんなクリスティーナを抱き寄せながら、
「……モモ、他に気付いた事はありませんか?」
「申し訳ありません。モモには、分かりません。現行犯逮捕の即日裁きは、通例事項だと分かってます、しかし証拠不十分と言うのなら、裁きが早すぎるとしか」
この時、モモも混乱しておりました。なぜこの様な結果になったのか、皆目見当がつかなかったのです。
「…………」
しかしイリデスケンティア陛下だけが、何かを確信した目をされていました。
その日の深夜、日をまたぐ頃でした。




