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第7話 火は、一撃で終わらない

# 第7話 火は、一撃で終わらない


 白い火が、地区予選のアリーナへ落ちた。


 ブレイズリリー。


 ヒナのギアは、外周レーンへ向かって走る。


 高い位置にある外周。


 その先に、四つのアクセルスロープ。


 一つ目のスロープで全部を使い切らない。


 二つ目へつなぐ。


 決まらなくても、次に当たりに行ける形を残す。


 何度も練習した言葉が、頭の中を駆け抜ける。


 それでも、本番のアリーナは練習とは違った。


 観客の声。


 審判の目。


 相手のギアが落ちる音。


 そして、モニターに表示された自分の名前。


 橘ヒナ。


 公式戦。


 オープンクラス、一回戦。


 相手は、相馬リク。


 青灰色のギアが、アリーナ中央寄りに落ちた。


 グレイナイト。


 派手な突起のない、丸みを帯びた多面形のディフェンスブレード。


 その下で、イーグルドライブが低く安定した姿勢を作る。


 ヒナのブレイズリリーが外周へ走るのとは対照的に、相馬リクのギアは派手に動かない。


 中心に近いバトルリングへ静かに入り、低く構えるように回っていた。


 守る。


 受ける。


 そして、流す。


 それが、相手の主張だとヒナにも分かった。


 なら、崩す。


 ブレイズリリーは外周レーンに乗った。


 赤橙の軌道が、外周を走る。


 一つ目のアクセルスロープ。


 下る。


 白いギアが、一気に速度を得た。


 バトルリングへ切り込む。


 相馬リクのグレイナイトは逃げなかった。


 中央寄りで待っている。


 ヒナは息を吸った。


 ここで全部行きたい。


 一撃で崩したい。


 公式戦の初手。


 自分の火を、見せたい。


 その気持ちが、指先まで熱くなる。


 だが、シオンの言葉が頭をよぎった。


 決まらなかった時に消えないこと。


「っ……!」


 ヒナは、ギリギリで角度を抑えた。


 全部は乗せない。


 でも弱くもしない。


 ブレイズリリーが、グレイナイトへぶつかる。


 カンッ!


 硬い音が響いた。


 受けられた。


 グレイナイトは大きく飛ばない。


 ブレイズリリーの一撃を、真正面ではなく、わずかに斜めで受けていた。


 丸みを帯びた外周の受け面が、ブレイズリリーの火力を横へ逃がす。


 青灰色のギアが少しだけ外へ流れる。


 だが、イーグルドライブの低い姿勢がすぐに踏みとどまらせる。


 グレイナイトは中央へ戻ろうとする。


「受けた……!」


 ヒナは目を見開いた。


 一撃は入った。


 でも、崩れていない。


 相手のギアは、まるで低く根を張っているみたいだった。


 リクは表情を変えない。


「まだ軽い」


 小さく言った。


 その言葉が、ヒナの胸に刺さる。


 軽い。


 ブレイズリリーの一撃が。


「軽くない!」


 ヒナは思わず言い返した。


 ブレイズリリーは外へ流れる。


 だが、ヒナは一撃目で全部を使わなかった。


 外周へ逃がす。


 二つ目のアクセルスロープへつなぐ。


 白いギアが外周レーンへ戻る。


 リクのグレイナイトは中央寄りに残ったまま、静かに回っている。


 ヒナは二つ目のアクセルスロープへ入った。


 今度は、少し強く。


 下り坂で速度を乗せる。


 ブレイズリリーが再びバトルリングへ切り込む。


 リクのギアは逃げない。


 むしろ、受ける位置を少しだけ変えてきた。


 正面ではない。


 ブレイズリリーの刃が入る直前、グレイナイトがわずかに角度をずらす。


 カンッ!


 二度目の接触。


 また受けられた。


 だが、今度は違う。


 ブレイズリリーの勢いが、横へ逃がされる。


 白いギアが外周へ流れる。


 外壁が近い。


 全方向オーバー。


 ヒナは息を呑んだ。


 ブレイズリリーが外壁に触れる。


 透明な壁の内側を滑る。


 落ちない。


 だが、戻る角度が悪い。


 二撃目で強く行きすぎた。


 次へ戻る形が細くなっている。


 シオンがアリーナ脇で、何も言わずに見ていた。


 ヒナは歯を食いしばる。


 まだ。


 まだ終わってない。


 ブレイズリリーはかろうじて外周へ戻る。


 しかし、回転は削られていた。


 グレイナイトは中央で粘っている。


 派手な攻撃はない。


 だが、確実にヒナの火を受け止め、外へ逃がしている。


 これがディフェンス。


 相手の主張。


 受けて、流して、残る。


 ヒナは三つ目のアクセルスロープへ向かう。


 ここで決めたい。


 いや、決めなければ苦しくなる。


 その焦りが、角度に出た。


 ブレイズリリーが三つ目のスロープへ入る。


 下る。


 強く。


 速く。


 白い火が、バトルリングへ突っ込む。


 グレイナイトは、今度も動かない。


 受ける。


 青灰色のブレードが低く構える。


 カンッ!


 強い接触。


 今度こそ、リクのギアが大きく揺れた。


 だが、飛ばない。


 外へ流れたのは、ブレイズリリーの方だった。


「えっ」


 ヒナの声が漏れる。


 勢いを乗せたぶん、自分が弾かれた。


 外壁が迫る。


 ブレイズリリーが透明な壁にぶつかる。


 跳ねる。


 外へ出る。


 そう見えた。


 だが、ギリギリで縁に残った。


 白いギアが外壁の内側を擦るように回り、なんとかアリーナ内へ戻る。


 しかし、姿勢が崩れている。


 回転も残り少ない。


 グレイナイトは中央で傾きながらも、まだ回っている。


 終盤。


 ブレイズリリーが先に倒れた。


 グレイナイトは、その直後まで回り続けた。


「スピンフィニッシュ。相馬リク選手、一ポイント」


 モニターにスコアが表示される。


 橘ヒナ、ゼロ。


 相馬リク、一。


 ヒナはブレイズリリーを拾い上げた。


 指先が少し震えている。


 初戦。


 最初のセット。


 負けた。


 一撃で崩せなかった。


 二撃目も受けられた。


 三撃目は、自分の勢いで崩れた。


「……強い」


 思わず呟いた。


 リクはグレイナイトを拾い、静かに言った。


「君の一撃は強い。でも、分かりやすい」


 ヒナは顔を上げる。


「分かりやすい?」


「外周に出る。スロープで加速する。真っ直ぐ来る。強いけど、受ける場所は見える」


 言い方は淡々としていた。


 馬鹿にしているわけではない。


 だからこそ、余計に刺さった。


 ヒナは唇を噛む。


 真っ直ぐ。


 分かりやすい。


 それは、自分の良さだと思っていた。


 でも、相手に読まれれば弱点になる。


 シオンが近づいてきた。


「ヒナちゃん」


「分かってる」


 ヒナは先に言った。


「三つ目、全部行きすぎた」


「うん」


「一撃目も、二撃目も、当てることばっかり考えてた」


「うん」


「次に当たりに行ける形、残せてなかった」


 シオンは少しだけ笑った。


「自分で言えたなら大丈夫」


「大丈夫じゃないよ。負けてる」


「まだ一ポイント取られただけ」


 シオンはモニターを見る。


「四ポイント制。ここから」


 ヒナはブレイズリリーを握る。


 ここから。


 そうだ。


 まだ終わっていない。


 一セット取られただけ。


 次で取り返せる。


 でも、同じことをすればまた受けられる。


 相手は守る。


 受けて流す。


 中央に残る。


 なら、ヒナは何を通す。


 前へ出る。


 燃やす。


 でも、一撃で終わらない。


 ヒナは目を閉じ、練習のアリーナを思い出した。


 レンとの四ポイント制。


 一つ目で全部行かず、二つ目へつないだ。


 さらに三つ目で強くした。


 でも、今の相手は中央で待っている。


 スロープから真っ直ぐ行けば、受けられる。


 なら、真っ直ぐ行かなければいい。


 ヒナは目を開けた。


「二つ目で、角度を変える」


 シオンが小さく頷く。


「いいね」


「一つ目で押すんじゃなくて、動かす」


「うん」


「二つ目で、芯を外す」


 シオンの目が少しだけ細くなった。


「それができたら、かなり良い」


 ヒナはブレイズリリーをランチャーにセットする。


「やる」


 シオンは一歩下がった。


「セカンドバトル」


 審判の声。


 ヒナは構えた。


 相馬リクも構える。


 グレイナイトは、きっとまた中央へ残る。


 受ける。


 流す。


 耐える。


 それが相手の主張。


 なら、最初から飛ばすのではなく、受ける場所をずらす。


「スリー」


 ヒナは外周レーンを見る。


「ツー」


 一つ目のアクセルスロープ。


 そこでは全部使わない。


「ワン」


 二つ目で角度を変える。


「リリース!」


 ブレイズリリーが落ちた。


 外周へ走る。


 リクのグレイナイトは、予想通り中央寄りへ入った。


 一つ目のアクセルスロープ。


 ヒナは下る。


 だが、今度はぶつけに行かない。


 バトルリングへ切り込む直前、わずかに角度を外す。


 ブレイズリリーはグレイナイトの正面をかすめる。


 カンッ。


 軽く触れた。


 押し込まない。


 崩そうとしない。


 ただ、位置をずらす。


 グレイナイトがほんの少し中央から外れる。


 リクの眉がわずかに動いた。


 ヒナは外周へ戻る。


 ブレイズリリーはまだ回転を残している。


 二つ目のアクセルスロープ。


 今度は、グレイナイトが中央へ戻ろうとするタイミング。


 そこへ入る。


 下る。


 白いギアが加速する。


 リクは受けようとする。


 だが、さっきと位置が違う。


 中央に戻りきる前。


 姿勢が少しだけ斜めになっている。


「ここ!」


 ヒナが叫ぶ。


 ブレイズリリーが横から入った。


 カンッ!


 グレイナイトが大きく揺れる。


 初めて、青灰色のギアが中央から外れた。


 外周へ流れる。


 ヒナの目が燃える。


 追う。


 でも、全部は使わない。


 ブレイズリリーは外へ逃げるグレイナイトを追いすぎず、バトルリングへ残った。


 次へ戻る形を残す。


 三つ目のアクセルスロープへは行かない。


 今度は内側に残る。


 グレイナイトが外周から戻ろうとする。


 その戻り際に、ブレイズリリーが触れた。


 ドッ!


 重い音。


 グレイナイトが外壁へ弾かれる。


 オーバーゾーンが近い。


 だが、グレイナイトは外壁に当たり、ギリギリで戻る。


 イーグルドライブが低く粘り、倒れかけた姿勢を立て直す。


 簡単には落ちない。


 ヒナは歯を食いしばる。


 でも、今度はブレイズリリーも崩れていない。


 内側に残っている。


 もう一度、当たりに行ける。


 これが、火を残すこと。


「まだ!」


 ブレイズリリーが最後にもう一度前へ出る。


 グレイナイトは戻りきれていない。


 青灰色のギアの横腹に、白い火が入った。


 カンッ!


 グレイナイトが外壁へ押し出される。


 縁を越えた。


「オーバーフィニッシュ! 橘ヒナ選手、二ポイント!」


 会場の音が、一瞬だけ大きくなった。


 モニターのスコアが変わる。


 橘ヒナ、二。


 相馬リク、一。


 ヒナはブレイズリリーを拾い上げた。


 息が上がっている。


 でも、目は輝いていた。


「取った……!」


 初めての公式戦。


 初めてのポイント。


 しかも、オーバーフィニッシュ。


 ただし、一撃で押し切ったわけではない。


 一つ目でずらした。


 二つ目で崩した。


 内側に残って、最後に押し出した。


 次に当たりに行ける形を残して取ったポイント。


 シオンが小さく拍手した。


「今のは良かった」


「ほんと?」


「うん。火が残ってた」


 ヒナはブレイズリリーを見る。


「一撃で全部行かなかった」


「そう。ちゃんと次へ残した」


 ヒナは小さく笑った。


「やっぱり、できると楽しい」


 その言葉に、シオンも笑う。


 だが、相馬リクは静かにギアを拾っていた。


 表情は崩れていない。


「次は、そこを受ける」


 ヒナの笑みが止まる。


 リクは淡々と言った。


「一つ目でずらして、二つ目で崩す。分かった」


 ヒナは息を呑む。


 そうだ。


 相手も対応してくる。


 一度通った形が、次も通るとは限らない。


 四ポイント制。


 ここからが試合。


「サードバトル」


 審判が告げる。


 スコアはヒナ二、リク一。


 ヒナがリード。


 だが、次にリクがスピンを取れば二対二。


 リクがオーバーを取れば逆転。


 ヒナはランチャーを握り直した。


 今の形は見られた。


 なら、同じではだめ。


 でも、難しく考えすぎると火が消える。


 自分の主張は何か。


 前へ出る。


 燃やす。


 次へつなぐ。


 ヒナはブレイズリリーを構える。


「スリー」


 グレイナイトは、また中央に来るはず。


「ツー」


 でも今度は、ずらしを受ける。


「ワン」


 なら、一つ目でずらすと見せて、二つ目ではなく三つ目。


「リリース!」


 二つのギアが落ちた。


 ブレイズリリーは外周へ。


 グレイナイトは中央へ。


 一つ目のアクセルスロープ。


 ヒナは下る。


 さっきと同じように、正面をかすめる。


 グレイナイトがそれを読んで、位置を変える。


 受けるための角度。


 ヒナはそれを見た。


 読まれてる。


 でも、それでいい。


 ブレイズリリーは触れる直前、ほんの少しだけ外へ逃げた。


 接触がずれる。


 グレイナイトは受ける構えのまま、空振りに近い形になる。


 二つ目のアクセルスロープ。


 ヒナは行かない。


 あえて外周に残る。


 グレイナイトが中央へ戻ろうとする。


 その動きが少し乱れる。


 ヒナは三つ目を見る。


 ここ。


 ブレイズリリーが三つ目のアクセルスロープへ入った。


 下る。


 ただし、全力ではない。


 速度を乗せる。


 でも、外れた時に戻れる角度を残す。


 グレイナイトは中央で待ち直す。


 受ける位置。


 だが、ヒナの角度は一つ目とも二つ目とも違う。


 外から見せて、内側へ入る。


 白いギアが、青灰色のギアの横をえぐるように触れた。


 カンッ!


 グレイナイトが傾く。


 しかし、落ちない。


 中央へ戻る力が強い。


 ヒナは追う。


 だが、追いすぎない。


 今度はブレイズリリーをバトルリングに残す。


 グレイナイトが中央へ戻る。


 その戻り際に、ブレイズリリーがもう一度触れる。


 カンッ!


 リクの姿勢がまた崩れる。


 だが、ヒナの回転も削れている。


 攻め続ければ、自分も止まる。


 終盤。


 二つのギアが低く回る。


 ブレイズリリーは火を残している。


 でも、グレイナイトはしぶとい。


 中央に戻ろうとするたび、少しずつブレイズリリーの回転を吸っているようだった。


 ヒナは息を止める。


 押し切るか。


 残すか。


 迷った一瞬、ブレイズリリーの角度が乱れた。


 グレイナイトが小さく触れる。


 カン。


 軽い音。


 その一撃で、ブレイズリリーがわずかに傾いた。


 先に止まったのは、ブレイズリリー。


「スピンフィニッシュ。相馬リク選手、一ポイント」


 スコアが変わる。


 橘ヒナ、二。


 相馬リク、二。


 同点。


 ヒナはブレイズリリーを拾い上げた。


「今の……」


 リクが静かに言う。


「迷った」


 ヒナは顔を上げる。


「分かるの?」


「分かる。押し切るか、残すか。そこで半端になった」


 ヒナは言い返せなかった。


 その通りだった。


 押し切ればよかったのか。


 残せばよかったのか。


 どちらも考えて、どちらにもなれなかった。


 レンみたいだ。


 そう思って、ヒナは少しだけ目を開いた。


 見えるものが増えると、迷う。


 レンがいつも抱えているもの。


 ヒナは初めて、少しだけそれに近いものを感じた。


 シオンが近づく。


「ヒナちゃん」


「今の、迷った」


「うん」


「押すのか、残すのか、分からなくなった」


「それは成長でもあるよ」


「負けたのに?」


「今までなら、迷わず押して自滅してた。でも今は、残す選択肢が見えた」


 ヒナはブレイズリリーを見る。


「見えたから、迷った?」


「そう」


 シオンは少しだけ優しく言った。


「だから次は、選ぶ」


 ヒナは顔を上げる。


 選ぶ。


 押し切るのか。


 残すのか。


 どちらが正しいかではない。


 今、自分が何を通すか。


 ヒナは深く息を吸った。


 スコアは二対二。


 次が大事。


 オーバーを取れば勝ち。


 スピンを取れば三点。


 リクも同じ。


 四ポイント制の重さが、ここで初めて分かる。


 ただ燃やせば勝てるわけじゃない。


 ただ残せば勝てるわけでもない。


 選ばなければいけない。


「フォースバトル」


 審判の声。


 ヒナは構えた。


 リクも構える。


 グレイナイトは、また中央へ来るだろう。


 受けて、流して、残る。


 さっきと同じなら、ヒナはまた迷う。


 なら、今回は最初から決める。


 残す。


 押し切るために、残す。


 矛盾しているようで、違う。


 一撃で全部使うのではなく、最後の一撃に火を集める。


「スリー」


 ヒナは外周レーンを見る。


「ツー」


 一つ目は触るだけ。


「ワン」


 二つ目で動かす。


 三つ目で決める。


「リリース!」


 ブレイズリリーが走る。


 グレイナイトは中央へ入る。


 一つ目のアクセルスロープ。


 ヒナは下る。


 軽く触れる。


 カンッ。


 グレイナイトは受ける。


 ヒナは押さない。


 外へ逃がす。


 二つ目のアクセルスロープ。


 今度は少し深く入る。


 グレイナイトが受ける角度を変える。


 ヒナは、その受けを見てから外へ逃がした。


 青灰色のギアが中央から半歩ずれる。


 追わない。


 ここで全部行かない。


 三つ目。


 ブレイズリリーが外周レーンを走る。


 ヒナは呼吸を止めた。


 グレイナイトは中央に戻ろうとしている。


 戻り切る前。


 姿勢が一番不安定になる瞬間。


 ここで決める。


 ブレイズリリーが三つ目のアクセルスロープへ入った。


 下る。


 速度が乗る。


 白い火が、まっすぐではなく、斜めに切り込む。


 リクが受ける。


 だが、間に合わない。


 受ける面が、ほんの少し遅れた。


 ヒナは叫んだ。


「ここで、燃やす!」


 ブレイズリリーがグレイナイトを横から叩いた。


 ドッ!


 重い音。


 グレイナイトが外へ飛ぶ。


 外壁に当たる。


 戻ろうとする。


 ヒナは追いすぎない。


 でも、離れない。


 ブレイズリリーはバトルリングに残っている。


 次に当たりに行ける形がある。


 外壁から戻ったグレイナイトへ、白い火がもう一度触れた。


 カンッ!


 青灰色のギアが縁を越えた。


「オーバーフィニッシュ! 橘ヒナ選手、二ポイント!」


 モニターが更新される。


 橘ヒナ、四。


 相馬リク、二。


「勝者、橘ヒナ選手!」


 審判の声が響いた。


 一瞬、ヒナは動けなかった。


 勝った。


 公式戦。


 地区予選。


 オープンクラス一回戦。


 勝った。


 胸の奥が、熱くなる。


 それは一撃で燃え尽きる熱ではなかった。


 じわじわと、体の中に残る熱だった。


 ヒナはブレイズリリーを拾い上げた。


「勝った……」


 小さく呟く。


 シオンが近づいてくる。


「初勝利、おめでとう」


 ヒナは顔を上げる。


「勝った!」


「うん。勝った」


「一撃じゃなかった」


「そうだね」


「でも、勝った!」


 ヒナは笑った。


 負けたセットもあった。


 迷ったセットもあった。


 受けられて、流されて、分かりやすいと言われた。


 でも、最後は選べた。


 火を残して、最後に燃やした。


 相馬リクが向かい側から歩いてきた。


「ありがとうございました」


 ヒナは慌てて頭を下げる。


「ありがとうございました!」


 リクは少しだけブレイズリリーを見た。


「最後のは、受けきれなかった」


「ほんと?」


「うん。最初より、分かりにくかった」


 その言葉に、ヒナの表情がぱっと明るくなる。


「分かりにくかった!」


「そこ喜ぶんだ」


 リクは少しだけ笑った。


「次も頑張って」


「うん!」


 ヒナは力強く頷いた。


 リクが去っていく。


 ヒナはブレイズリリーをケースに戻した。


 その手は、まだ熱かった。


 シオンが言う。


「今の試合、忘れない方がいいよ」


「うん」


「一撃で勝った試合じゃない。考えて、迷って、選んで勝った試合」


 ヒナは頷いた。


「分かった」


 そして、ふと思い出したように、認定クラスのアリーナの方を見る。


「レンは?」


 シオンもそちらを見る。


 認定クラスのモニターに、次の試合予定が映っていた。


 九条レン。


 一回戦。


 対戦相手は、まだ表示されていない。


 だが、その別の列に、真堂ハヤトの名前が見えた。


 ヒナはブレイズリリーのケースを抱きしめる。


「レンも、勝つよね」


 シオンは少しだけ笑った。


「勝つって言ってたからね」


 ヒナは頷く。


「うん。言ったなら、始まる」


 その頃。


 認定クラスの待機エリアで、レンはモニターを見上げていた。


 オープンクラス、一回戦結果。


 橘ヒナ、勝利。


 レンはその文字を見て、少しだけ目を細める。


 ヒナが勝った。


 公式戦で。


 初めての地区予選で。


 レンはブラックミラージュのケースを握る。


 胸の奥にあった重さが、少しだけ形を変えた。


 ヒナは、もう一歩進んだ。


 なら、自分も。


 アナウンスが流れる。


『認定クラス、一回戦。第三アリーナ。九条レン選手、準備をお願いします』


 レンは顔を上げた。


 いよいよ、自分の番だ。


 ブラックミラージュを取り出す。


 黒いギアが、会場の光を吸うように静かに輝いた。


 勝てる線は、きっと見える。


 その隣に、負ける線も見える。


 それでも。


 レンは小さく息を吐いた。


「触れる」


 そして、第三アリーナへ向かった。

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